ショートショート集

ルリコ

文字の大きさ
3 / 7
2023年度

沈降or隆起 前編 *

しおりを挟む
これは、2年以上前に書いたものなので今と作風が結構違います。校正はしてます。



「………なぁ別れようぜ」

 私の彼氏である珠樹たまきは開口一番にそう吐き出した。
 意味が分からずポカンとした。

 月が雲に隠れ彼の顔が闇に沈んだ。

「えっ? ちょっと待ってよ! どういうこと!?」
「惚けるな。俺への気持ちは全部嘘………なんだろ?」
「は、はぁ? そんなわけないじゃない!」
「はっきり言う。俺と付き合ってたのは金のためなんだろ?」
「………!?」
 
 少し違うけど………。

「俺知っちゃったんだ。
 紗弥加さやか俺と一緒にいるってこと」

 冷たい鋭い視線を感じる。

「なるほど。どこでどうやって知ったの?」

 私の勘が、恣意的だとして警鐘を鳴らしている。

「………とある知人から聞いた」

 真っ直ぐすぎるのは欠点だ。
 もう少し疑ってほしい。

「誤解を解くために全て説明するわ」
「誤解、だと?」

 珠樹には悪いことをした。
 怒っても仕方ない。
 どれだけ叩かれようとも悪口言われようとも受け止める。
 それに………口止めなんてされてないし。

「前も言ったけれど私の両親は八百屋をやっていた。大繁盛していたわ。
 でも近くにうちとは比べ物にならないくらい大きいスーパーができて来客数が激減した。
 それに比例するように売り上げも減っていったの」





ー10年前ー

「ただいまー」

 私は高校から帰り家の奥に呼びかけた。

「………」

 家の中は無音だった。
 応える声も物音さえ聞こえなかった。

 私はお茶にでも行ったのだろうとしか思わなかった。
 あんなことになっていたなんて微塵も思わなかった。
 自室に行って荷物を置くと電話が来た。画面を見ると父さんからだった。

「もしもし。父さん?」
『紗弥加。家に母さんいないか?』
「いないけど? お茶にでも行ったんじゃない?」
『………そうか』
「何。母さんに何かあるの?」
『いや別に………。紗弥加には関係ない』
「隠してないで言いなよ」
『………悪い連中に絡まれているんだ』

 悪い連中?

「………」
『紗弥加?どうした?』
「………母さん大丈夫なの?」
『分からない。でも大丈夫じゃないかもしれない。向こうから電話が来た』
「母さん、そんな悪い連中に絡まれるようなことしたっけ………」
『最近業績不振だろ? だから借金したんだ』
「………ヤミ金ってやつ? そこから雪だるま状に増えてって返せなくなったの?」
『そうだ。今返せ返せって怒鳴り散らされてるんだろう』
「父さん無責任! そんな………放っておいていいの………? いいわけないよね?」
『紗弥加の言う通りだ。だから今から警察に』
「警察? 父さんその借金してるところの場所知らないの?」
『知ってるさ』
「だったら私たちが行った方がいいんじゃないの」
『危険だ。相手を見くびっちゃならん』
「警察に頼る方が危険よ。借金は返せないんだから打開策を見出ださなきゃ」
『紗弥加、落ち着け。深呼吸だ』
「………もういい。私1人で行く」

 私は勢いよく電話を切った。
 血が上っていたのは確かだったけれど、今でも間違っていなかったと確信している。

 勉強机にもたれかかって足を組んだ。
 それから40分ほどスマホとにらめっこして、近くのヤミ金業者の場所を見つけ出した。
 スクショして父さんのLINEに送りつける。

〈一番上のところからあたるから〉

 外に飛び出し自転車に乗ると勢いよく漕ぎ出した。
 雲ひとつない快晴だった。暑い日光の隙間に気持ちの良い風が吹きつけていた。
 
 信号待ちのときにスマホ見ると父さんからメールが来ていた。

〈正解は一番下だ。父さんもそっちに向かう〉

 気が変わったようだ。
 私は自転車の向きを変え真っ直ぐ突っ走っていった。





〈父side〉

 俺がそこにたどり着いたとき、もう紗弥加はシャッターの前に立ってこちらに手を振っていた。
 いつの間にこんなにたくましくなったのだ。
 もう高校も卒業する年だな。

「父さん、入るよ?」
「あぁ」

 娘の肩に手を置く。肩がビクッと跳ねた。

「びっくりするじゃん」

 彼女は不満気な顔を向ける。
 俺はその顔を前に向けさせるとシャッターの隙間から中に入った。
 中に入るとすぐジメジメした暑さが俺たちの身体を包んだ。

「早く行くぞ」
「分かってるってば」

ーまだやる気!?
 そのとき、聞き覚えのある声が聞こえた。

「聞こえたか?」
「あれは母さんの声よね………」
「あぁそうだろう」

 切羽詰まっている。
 彼女は大丈夫だろうか。
 殴られたり蹴られたりされているのは確かだろうな。

「もう後には退けないぞ?覚悟はあるか?」
「………もちろん」





〈母side〉

 私は傷だらけになっていた。
 だが、まだ眼から凛とした光が失われていなかった。
 鋭い視線で、目の前に仁王立ちで立っている男を見上げる。

「お前まだ条件を飲まないのか?」
「ええ。私の勝手な決断で、娘の人生を滅茶苦茶にしたくない」
「俺は諦めない。
 一撃一撃は小さいが、出血しているし疲労するのは確かだ。人間としてのパフォーマンスには影響する。
 お前死ぬぞ」
「何気に頭いいこと言うんだ」
「俺高卒だから」
「嫌だわそんな人生」
「うっせえババア」

 気を取り直し、交渉を再開する。

「………あなただってお金が欲しいでしょう?
 だったら私を殺さない方が利口だとは思わないの? 夫も娘もここに辿り着かないわよ?」
「………相変わらず口が減らねえ女だな」
「諦めなさい。これは職業柄よ」
「は? お前八百屋だろ」
「結婚する前の話よ。私は元ジャーナリストなの。
 生きて戻れたら同僚に頼んでこのことを記事にしてもらうわ」
「じゃあ………ちゃんと息の根を止めないとな」

 男はニヤリと笑い銃を取り出した。

「………持ってたのね」
「あったり前だろうが。俺だってサツになんか捕まりたくねえんだ」

 男は私の心臓に銃口を定める。

「俺は弾を当てるのだけは得意なんだ」

 そう言って銃の取っ手に指をかけた。

「止めろ!」

 あり得ない………。ここに彼が来るわけがない。
 でもこの声は明らかに………


         私の夫、 昂平 こうへい


千春ちはる大丈夫か?」
 心配そうな顔で昂平が訊ねる。
「な、何故ここにあなたが………?」
「君も分かってるだろ? 君が僕の愛する妻だからさ」

 彼も怖いはずなのに少し口角を上げて微笑む。

「ふーん、囚われの妻に夫が会いに行く。ロマンが感じられるね」
 
 笑いが弾けた男が銃の取っ手を振り回す。
 そのとき、夫の背後からニョキっともう1つ顔が見えた。

「………あんた、私の母さんに何したのよ?」
「紗弥加………何故ここに来たの!」

 娘は強気の顔で男を睨む。

「おぉ望みの品が自分から来てくれたか」
「望みの品? 私をどうする気?」

 顔を顰めて汚物を見るかのような態度で問う。

「お前が俺の指示に律儀に従えば借金は帳消しにする」
「………いいわ。従うから教えなさい」
「紗弥加! ダメよ!」
「何故? 私、母さんがこんなに傷だらけになっているのに見て見ぬふりなんてできない」

 紗弥加は自分の人生を犠牲にしてまで………?

「さっさと条件を教えなさい。暴行犯」

 娘は高圧的に言った。
 暴行犯の男は眉を上げて面白そうに娘を見た。

「条件は………」





ー現在ー

「………その条件が俺と付き合うこと………だったのか?」
「それもそうだけど。月2万送れって言われたわ。たまに指示が送られてくるのよ」
「後悔していないのか?」
「してない。私たち家族の命は助かったから」
「そうか」
「それにしても。珠樹に誤った情報を吹き込んだのはどこの誰?」

 居心地がいい関係を破綻させたがる人は許さない。

「申し訳なかった!」

 珠樹が頭を下げた。

「どうしたの!?」
「俺の父が………それに関わっている」
「犯人の一味ってこと?」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...