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第三章 すずかけ
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しおりを挟む「誰?」
小声で亜由美ちゃんに聞くと、その答えを聞くまでもなく直ぐにわかった。
なぜなら少し遅れて那奈が現れたから。
「アタシのお兄ちゃんだよ」
那奈は私にそう言うと、自転車から降りて私の前に立った。
「あんた、ちょっと玉様を知ってるからって生意気なのよ」
生意気っていうほど何もしてないけど。
「だからさ、あんたどっか行ってよ」
行けと言われても行くとこなんかないし。
心の中で返事をして溜飲を下げる。
声に出してしまえば、火を見るのは明らかだった。
「なんか言えば!」
「悪いけど、低レベルな絡みに関わる程、暇じゃないから。行こう、亜由美ちゃん」
「う、うん……」
「逃げるの!?」
「帰るだけだけど。子供じゃあるまいし、そんな安い挑発には乗らない」
私は亜由美ちゃんの手を引き、自転車で道を塞ぐ二人を思い切り睨んで下がらせた。
舐めんなよ!
「那奈、止めとけ。お前、比和子って言ったっけ?」
那奈のお兄ちゃんが、私を下から上へと何度も見る。
いがぐり頭で野球でもやってそうないかにもお兄ちゃんって感じだ。
「やっぱりお前だ。この前、正武家様の石段から下りてきただろ」
「あ」
思い出した。
帰りに一度だけ、学生の集団に出くわしたことがある。
全力疾走で逃げたけど。
「オレは別に妹に頼まれて来たんじゃないが、この辺でうろちょろするなら仁義を通してもらう」
「はぁぁあ? 仁義? 何それ、今どきヤクザでもそんなこと言わないよ!」
思わず、声に出てしまった。
だって、仁義って。
中学生のいう仁義って何よ。
私の本音に、那奈のお兄ちゃんは顔を真っ赤にして、私を指差した。
「スズカケノ池でスズ石を見つけて持って帰って来い! それがないと仲間だなんて認めないからな!」
「私がいつ、仲間に入れてって言ったのよ! 認めてもらわなくても結構だわ!」
「なんだと、このブ……、生意気女!」
何でそこを言い直したのか、とりあえず那奈のお兄ちゃんから見て私はブスではないらしい。
「石は持ってきてあげる! だから二度と私に関わらないで!」
そして今度こそ私は亜由美ちゃんの手を引き、その場を後にしたのだった。
「比和子ちゃん……。午後から玉様に呼ばれてなかった?」
「そんなのどうでもいいよ。とにかくスズカケノ池ってどこにあるの?」
家に帰る途中、亜由美ちゃんに詳しく聞いてみることにする。
だって池がどこにあるのか、スズ石とはどんな石なのか、私は知らないまま啖呵を切ってしまったのだから。
とんでもなく重くて大きい漬け物石みたいなのだったらどうしよう。
亜由美ちゃんは深い深い溜息をついて、道端の大きな石があるところへと座ろうと私を誘う。
どうやら長い話になるみたいだった。
「スズカケノ池はね、お化けが出るんよ」
「は?」
またお化け。九児や白い猿の次はどんなお化けよ。
「うんとね、女の子には男の人が見えて、男の子には女の人が見えてね、池に引きずり込まれちゃうんよ」
「どうして?」
「昔から言われていることなんだけど、池で心中したカップルが出てくるんだって。死んだあと相手とはぐれてしまって、寂しいから誰かを連れて行っちゃうんだって」
お化けというよりはどちらかといえば幽霊に近いのかな。
「それって昼間にも出るの?」
「うーん。どうかな……」
夜よりは昼の方が安全なような気がする。
だってほら、幽霊って透明っぽいから太陽の光が当たると見えにくそうじゃん。
「じゃあスズ石っていうのは?」
「あ、うん。スズ石っていうのはね、スズカケノ池にしかない石なんだけど、これくらいのね、鈴の形をした石。中に小石が入っていて、からから音がするん」
亜由美ちゃんは人差し指と親指を丸くして大きさを教えてくれる。
「そんな石があるの?」
「うん。自然に出来る石みたいで滅多に見つからないんよ。だから見つけた人は幸せになれるっていう話だけど、池にはお化けが出るんよ」
亜由美ちゃんは困ったように眉を下げて私を見る。
止めておいた方が良いとその目が言っていた。
でも私の夏休みライフを台無しにするかも知れない奴らに、負けたくない。
石の一つで大人しくなるなら、一日くらいそれに費やしても構わない。
玉彦には悪いけど。
「詳しい場所、教えて? お昼食べたら行ってみる」
そうして亜由美ちゃんが描いてくれた地図を見れば、私の記憶が確かならばそこは到着初日にお祖父ちゃんに言われた入ってはいけないところの一つだった。
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