＃星色卒業式 〜きみは明日、あの星に行く〜

第３章

第11夜 彼女保管庫（３）

「せっ、せんぱぁい！」

　驚きと安堵が入り混じり、腰に力が入らない。先輩の姿は夢の中の幻のようで、周りを取り巻く光点が星座のように繋がり、彼女の輪郭を描き出していた。その光景は異質な美しさを湛えていた。

「蛍くん？」

　先輩は優しく微笑み、俺の顔をそっと両手で包んだ。その温もりが、俺の混乱した心を少しずつ落ち着かせていく。同時に、彼女の手から微かな電気的な振動を感じ、俺は思わず身震いした。

「蛍くん、大丈夫？」

　先輩の声には懐かしさと愛おしさが滲んでいた。俺は困惑しつつも安心感を覚えたが、同時に新たな疑問が湧いた。

「先輩……２人？　どうして？」

　俺は半透明のサヤを一瞬見た。そこにはもう一人の先輩がいた。先輩は俺の顔を強引に戻した。

「見ないでって！　もうっ、野蛮人！　私の尊厳！」

　先輩の声には照れが混じっていた。俺は慌てて目をそらしたが、頭の中は混乱していた。

「えっ、あっ。こここここれはその……誤解ですって」

　俺は言葉を詰まらせながら、状況を理解しようと必死だった。サヤの中には、明らかに全裸の先輩がいる。じゃあ、目の前にいるのは誰なのか？　ありえない――。考えれば考えるほど混乱した。

「あの星には……行かなかったんですか？」

　俺は混乱しながらも、核心に迫ろうと質問をした。先輩の表情が一瞬凍りついたように見えた。

「もういいわ――。気づいちゃった？」

　先輩は肩をすくめた。その仕草には大きな秘密を隠しているような雰囲気があった。俺の心臓が高鳴り、希望と恐れが胸を締め付けた。

「キミ、相当鈍いね」
「わけわかんないすよ」

　俺は正直に答えた。頭の中は疑問と驚きでいっぱいだった。
　先輩は大きなため息をついてから、ゆっくりと説明を始めた。

「実は私さ……地球の人間じゃないの」

　驚きよりも先に、何か腑に落ちるような感覚が胸の中に広がった。これまでの先輩の不思議な言動、時折見せる孤独な表情、そして彼女が抱えていた不眠症。全てが一つの答えに収束していくような感覚だった。

「ど、どういう意味ですか？」
「そのままの意味よ」

　真面目な顔の先輩にじっと見つめられ、俺の中で何かがごろっと動いた。これまでわざと曖昧なままに見て見ぬふりを続けてきた先輩の意味不明の言動の数々が、ひとつの系外惑星に収束した。先輩は異星人だ――系外惑星「永遠の眠り」から来た。

「信じられないよね……」

　先輩が俯き、肩が小刻みに震えた。

「ごめんね。失望した？　がっかりした？　気持ち悪って思った？」
「そんなこと、ないです」

　驚きよりも安心感があった。今まで感じていた彼女への違和感が、全て説明がついた気がした。

「ノート、見ましたから。先輩が、残してくれた」
「そっか」
「……先輩、本当は俺たちに、気づいてほしかったんですよね？」

　先輩はゆっくりとうなずき、俺の目をまっすぐ見つめた。その瞳には、異星の光が宿っているように感じた。

「ごめんね、今まで隠していて。でも、蛍くんには知っておいてほしくて」

　先輩との思い出が走馬灯のように駆け巡る。理科室での実験、屋上での星空観察、二人で過ごした夜。それらの記憶が、新たな意味を帯びて蘇った。

「地球がこんな大変な時に？　どうして……」

　俺が眉をひそめた。

「いいじゃない。減るもんじゃないし」

　胸を張って答える先輩。それが文明の進んだ異星人が言うことか、と俺は心のなかで悪態をついた。

「じゃあこういうことですか？　そもそも移住の話は先輩たちが起源だった？」
「そうね」
「ソーラーセイルで細菌を送り込んだのも？」
「私たちが開発した」

　俺の中で、これまでの疑問が次々と繋がっていく。

「まさか!!　じゃあ、あれ！　データから身体を印刷するというのは？」

　先輩は何も答えず、ふふふと八重歯を見せて微笑んだ。俺はその不敵な笑みの意味に気づいた。