#星色卒業式 〜きみは明日、あの星に行く〜

嶌田あき

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第4章

第14夜 二人之星契(1)

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 列車のドアが開くと、冷たい朝の空気が俺たちを包み込んだ。先輩と俺は、人気のない終点駅のホームに降り立った。周りには古い建物が並んでいるけど、今はゴーストタウンみたいだ。

「先輩、あそこに灯台! 朝ですよ、朝ぁ!」

 子供みたいにはしゃぐ俺に、先輩が目を細めた。

「ねぇ、ほんとうに良かった?」
「もちろんですって。どんだけ心配性?」
「そうじゃなくて」
「?」
「私で、ほんとうに良かった?」

 妙に自信なさげな先輩。

「決まってるじゃないですか」
「本当の、ほんとう? 『俺の尊厳』は大丈夫?」

 先輩が不安な顔で繰り返すので、俺はこう返してやった。

「減るもんじゃないし」

 先輩は胸を抱えて笑ってくれた。俺は遠くに見える白い塔を指さした。先輩の目が輝きを増す。
 先輩は少し照れくさそうに俺の手を取り、駆け出した。俺たちは誰もいない街を抜けて、灯台へと向かう坂道を駆け上がる。息が切れて足が痛くなっても、先輩の背中を必死に追いかけた。

 坂を登りきったとき、目の前の景色に息を呑んだ。空と海が燃えるような朱色に染まり、その間から太陽が顔を出していた。生まれて初めて見る朝日に、言葉が出てこない。

「きれい……」

 先輩の囁きに、俺は無言で頷いた。その瞬間、俺たちの手が自然に重なり合う。ドキッとして顔を見合わせると、先輩の瞳に朝日が映り込んでいた。思わず笑顔になる。

「蛍くん、ありがとう。こんな景色、初めて見たよ」

 先輩の声は柔らかく、優しさに満ちていた。俺の胸がきゅっと締め付けられる。

「ううん、違うな。地球に行って、蛍くんと出会って、こうして一緒にいるから、朝日がこんなに特別なんだと思う」

 先輩の言葉に、俺は思わず口走った。

「俺こそ、先輩と一緒に見られて幸せです」

 言葉にした瞬間、顔が熱くなる。でも、後悔はなかった。先輩の手の温もりが、俺の気持ちを本物だと教えてくれた。
 俺たちはしばらくそこに立ち尽くし、朝日の魔法にかかったみたいに時間を忘れていた。風が吹いて、先輩の長い黒髪が俺の頬をくすぐる。その香りを忘れないように、深く息を吸い込んだ。

「ねえ、蛍くん」

 先輩が俺を見つめる。その瞳に映る自分を見て、ドキドキが止まらない。

「なんですか、先輩?」
「この瞬間を、絶対に忘れないよ」

 先輩の言葉に、俺は強くうなずいた。この景色も、この温かさも、先輩の笑顔も、全部心の奥深くに刻み込んだ。

 朝日で街全体が黄金色に染まっている。時間が止まったみたいな静けさの中で、2人分の長い影を見て、俺たちはお互いの存在を強く感じていた。
 先輩が俺の手を引く。俺たちは手を繋いだまま、ゆっくりと灯台に向かって歩き始めた。もう少しで着くけど、この時間がずっと続けばいいのにって思った。でも、それが無理だって分かってるから、一歩一歩を大切に歩いていく。

 灯台に向かう坂道を歩いてると、先輩が急に立ち止まった。振り返った先輩の瞳に、地球じゃ見たことのない不思議な色が輝いてる。

「ねえ、蛍くん」

 先輩の声に、懐かしさと何か悲しそうなものが混ざってる。

「なんですか、先輩?」
「最後の鬼ごっこ、しよう」

 その言葉に、戸惑いが胸を掠めた。こんな大事な時に、鬼ごっこ?でも、先輩の目は真剣そのものだった。

「え? 今ですか?」

 俺の困惑した顔を見て、先輩は星空みたいにきらきらと目を輝かせた。

「そう、今このとき。私の星じゃ、大切な人と別れる前に必ずこれをするんだ」

 先輩の言葉に、胸がギュッと締め付けられる。別れ。その言葉の重みが、現実になってきた。

「わかりました。やりましょう」

 俺の返事に、先輩の顔がパッと明るくなる。その笑顔を見てると、これまでの不安が少しずつ消えていくのを感じた。

「じゃあ、蛍くんが鬼ね。10数えるから、その間に逃げるわ」

 そう言うと、先輩はくるりと背を向け、坂道を駆け上がり始めた。

「1、2、3……」

 俺は目を閉じて数え始める。風の音、遠くで鳴く鳥の声、そして自分のドキドキする心臓の音。全部が混ざって、この瞬間を特別なものにしていく。

「……8、9、10!」

 目を開けると、先輩の姿はもう見えない。深呼吸をして、心の準備をしてから、俺は走り出した。
 坂を駆け上がりながら、なんか変な感じがした。体が軽くなったみたいで、フワフワする。これって、この星での感覚なのかな。

「先輩!どこですか?」

 大声で叫びながら走る。返事はないけど、風に乗って先輩の香りがする。
 坂の途中で、一瞬だけ先輩の姿が見えた。黒髪が風になびいて、まるで流星みたい。俺は思わず全力疾走した。

「待ってください!」

 心臓がバクバクする。息が切れて、足が痛い。でも、その痛みが今この瞬間が現実だって教えてくれる。
 先輩の笑い声が聞こえた。その声を聞いて、胸の中で何かが弾けた気がした。

「つかまえた!」

 やっと先輩に追いついて、その肩に手を置いた瞬間、二人して転んじゃった。フカフカの芝生の上で、俺たちは大の字になって空を見上げた。

「はぁ……はぁ……先輩、つかまえました」
「うん、しっかりつかまえたね。私の心も」

 先輩の言葉に、ドキッとして顔が熱くなる。

「蛍くん、楽しかった?」

 先輩の問いかけに、俺は思わず笑顔になっていた。

「うん、すごく。でも……」
「でも?」
「でも、こうして楽しめば楽しむほど、別れるのが辛くなる」

 言葉にした瞬間、目に涙がにじんできた。

「そうね。でも、それだけ大切な思い出ができたってことだよね」

 先輩の言葉に、ハッとして目が大きくなる。

「私ね、蛍くんと過ごした時間が、一番の宝物なんだ」

 その言葉を聞いて、胸がジーンとして、なんだか熱くなってきた。

「先輩……」

 言葉が出てこない。

「だから、辛くても大丈夫。この思い出が、私たちをずっと繋いでくれるよ」

 俺たちは見つめ合って、また笑顔になる。でも、その笑顔の中に、別れる寂しさと、いつかまた会えるかもって希望が混ざってた。

「さあ、行こう。灯台まであと少しだよ」

 先輩が立ち上がって、俺に手を差し出す。俺はその手を握って、ゆっくり立ち上がった。

 二人で肩を並べて歩き始める。指先に伝わる先輩の温かさが、今この瞬間が本当だって教えてくれる。これから先、どんなに遠く離れても、この温もりが俺たちをつないでくれる。そう信じられた瞬間だった。
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