悪魔を惑わす喪女の甘言

南野うり

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 彼女は目を白黒させしばし固まった後のち、立ち上がり部屋の電気をつけた。
 明るい光の元で見るその姿は、暗がりで見るほど恐ろしくは感じない。むしろ獲物の心の声を読み間違えた上に倒れるなど、間抜けにも程がある。
 黒髪だと思っていた髪の毛は濃い紫色で、季節は秋にも関わらず上半身は裸、下半身には黒い布を一枚巻いているだけだ。布から伸びる長い脚は髪と同じく紫の体毛で覆われている。黒光りする足の爪は鋭く尖っているが、手の爪は人間と同じ形をしていた。
 直に見た事で確信を深めた。これはコスプレなどでは断じて無い。角も爪も体毛も、作り物にしては生々し過ぎるのだ。
 ソレはよく見ると額には薄く汗をかき、恐ろしく整った美しい顔は苦しげに歪み、浅い呼吸を繰り返している。血色の悪い真っ白な肌色は元々では無く、体調の悪さ故なのだろうか。

「こんなとこで死なれちゃ困るんだけど……」

 人で無い者の死体の始末はどうすれば良いのかと真剣に悩んでいると、グルルルルゥ……と猛獣の唸り声のような音が聞こえて来た。
 その音は人ならざるものの腹から発せられたようだ。つまり腹の虫である。飢えて行き倒れてしまったのだろう。悪魔か妖怪か分からないが、何とも間抜けな人外だ。だが、まさか魂を食べさせてやる訳には行かない。
 彼女は倒れた人外の頬をペシペシ叩きながら呼び掛ける。

「もしもし~? 悪魔さーん、起きてくださーい。貴方が食べて栄養になる物は何ですかー?」
「………………」

 返事は無い。それどころか、ぴくりとも動かない。呼吸はしているのだから、生きているは間違い無いのだが。

「……おいコラー、起きろー! 答えんかーい! お前さんは何を食べるんじゃー!!」

 反応を示さないソレが面倒臭く、彼女は頬を叩く力と語気を強めた。

「……う、うぅ……たま、しぃ……と、せい……き…………」

 苦しげに唸りながら、か細く掠れた声で答えが返って来る。先程頭の中に響いた恐ろし気な声とは大違いだ。
 薄っすらと開いた瞼の隙間に琥珀の瞳が見えた気がしたが、直ぐに閉じられる。またゆっくりと意識が沈んで行く男に、彼女は腹を括った。

「魂は無理。せいき……精気か……しょうが無い、これも人助けだ。人じゃ無さそうだけど……」

 ごくりと喉を鳴らし、どこか自分に言い聞かせるように呟いた彼女は、意を決したように白いパーカーのチャックを一息に下ろす。その下の色気の欠片もない鼠色のブラトップも、躊躇なく脱ぎ捨てた。
 スウェット素材のハーフパンツを脱ぐのには戸惑いが強かったのか、手を掛けてから脱ぐまでに時間がかかった。
 最後の砦のショーツだけは穿いたまま、彼女は意識の無い人外生物に跨がる。そして、そのまま暫し固まった。
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