朝になるまでモフッてやるから覚悟しろ

せりもも

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キメラ

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 「七緒はどうした! 無事なんだろうな?」
スマホに向かい、溂は凄んだ。

 ものすごく腹が立っていた。
 敬介は、溂の友達ではないのか。
 それなら、七緒のことも大事にすべきではないか。
 自分の声で、スマホがびりびり震えるのがわかった。

 閉口したような敬介の声が聞こえた。
「心配するな。栄養だって、ちゃんと摂らせた。点滴を使ってな。夜も、しっかり眠れたはずだ。睡眠薬と鎮静剤を与えたから」

 点滴で栄養補給?
 それに、睡眠薬? 鎮静剤って!
 七緒は、相当暴れたのだ。

「下へもおかぬもてなしぶりだろ?」
「どこがだっ! 減らず口を叩くな! 今すぐ、七緒を返せ!」
「だって、お前は、あいつと番いじゃないって言ったじゃないか!」

 人の気も知らないで、呑気なことを……。
 落ち着くよう自分に言い聞かせ、溂は答えた。
「そうだ。番いなんかじゃないさ。まだね」

「まだ? まだ、って」
 敬介が一瞬、絶句した。
 すぐに声が溢れ出す。
「そうだよな。お前と引き離されても、別にあいつは、平気な顔してたもん。フロレツァールは、番いと引き離されたら死ぬ、っていうもんな」
「……そうか?」

 それはそれで、なんだか……。
 溂は憮然とした。

 敬介は、落ち着き払っていた。
「番いじゃないなら、引き離しても、そんなに騒ぐことはなかろう。とりあえず、焦がれ死にの恐れはないわけだから」

 自分の方が、消耗しそうだと、溂は思った。
 七緒がそばにいないと、寂しくてしようがない。心が休まらない……。

「とにかく、七緒は返してもらう。今からそっちへ向かうから、」
溂の言葉を、途中で敬介が遮った。
「あのフロレツァールは、そもそも、国立DNA研究所うちのものだったんだ」
「は? 何の言いがかりを、」

「溂。聞いてくれ。森のなかに捨てられていた卵、な。お前が孵化するところを見た」
「七緒の卵だ」
「うん。あれはな。国立DNA研究所うちから盗まれたものだったんだ」

溂は仰天した。
「なんだって! だってお前、今までそんなこと、ひとことも、」
「俺も今まで知らなかったんだ。フロレツァールの研究は、違う部署でやっていた。盗難事件のことは、部内の極秘事項だった」


 卵を盗んだのは、シニア研究員だった。
 盗まれた卵と、渋沢龍也という、その研究員の行方は、杳として知れないという。


「俺が、詳しい話を聞かされたのは、長良先輩の結婚式の後だよ。お前らが、帰ってからのことだ」


 敬介が巻き込まれたのは、例の、吊橋の落下事件が、きっかけだった。
 テレビで大きく報道されたそれを見た敬介は、職場で、あれは自分の親友だと口走った。白いフロレツァールは、森に落ちていた卵が孵ったものだということも。


 「それより以前に、渋沢研究員の姿が、その近くで目撃されていた。フロレツァールは、まだまだ珍しい生き物だ。研究所から盗まれた卵のひとつに間違いがないと判断された」
「卵の一つ? おい、盗まれたのは、七緒の卵だけじゃないのか?」

「それなんだよ」
困り果てた声を、敬介は出した。
「実験卵と、普通のフロレツァールの卵の、2つが盗まれたんだ。普通のフロレツァールの卵は、比較対象用だった」
「実験卵だって? 一体何の実験を……」


 だが、溂には、だいたい予想がついていた。
 研究所では、七緒が、盗まれた卵から孵ったものらしいと判断した。だが、自分たちで取り戻しには来なかった。所員である敬介を通して、説明することもしなかった。
 代わりに、厚生労働省の役人を差し向けた。輸入届の未提出というのは、単なる口実だ。

 つまり。
 その実験は、相当に、やましいものであるということだ。公表されたら困る類の……。


 「遺伝子組み換えか?」
溂は言った。
「お前ら、フロレツァールの遺伝子に、人間の遺伝子を組み込んだな?」


 ヒトの遺伝子を操作し、思い通りの赤ちゃんを誕生させることは、技術的には可能だ。だが、倫理面で問題がある。
 この技術が、後世のヒトに与える影響が、計り知れないからだ。
 生殖の分野で、ヒトの遺伝子を、直接操作することは、タブーとされている。


「フロレツァールと人間のキメラ(同一個体内に違う遺伝子が存在すること)を作ろうとしてたんだろ! 一体、何を考えてるんだ!」
「……」
「答えろよ、敬介。実際に研究に携わってる連中から、何か、聞いてるんだろ?」
「……」

 答えはなかった。
 だがそれも、予想がついている。溂は、鼻で笑った。

「大方、人間も空を飛びたいとか、きれいな容姿がほしいとか、そういう理由だろ?」
「……そんな単純な話じゃないんだ」
「ふうん? いずれにせよ、研究所レベルでの実験じゃないな? 後ろにもっと、大きな力が働いている筈だ」


 さもなければ、管轄外の厚労省を動かせるわけがない。


 「堪忍してくれ」
泣きそうな声が、聞こえた。
「これ以上しゃべったら、俺はどうなることか……」

 敬介の泣き言を、溂は聞き流した。
 それより、もっと気になることがある。
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