裏蠱毒戦争 身体に虫を飼う・倒錯の知的パラシートゥス

Ann Noraaile

文字の大きさ
20 / 67
第2章 パラシートゥス 虫たちの世界

20: 人犬、弱肉強食

しおりを挟む

 地下道入り口に突入しかけた時、地下道から上ってきた一人の若者に海はぶつかりそうになり、彼は慌ててその人物を避けた。
 その若者と顔と顔が合った時、海は酷い悪寒を覚えた。
 その悪寒は、すぐに恐怖に代わった。
 猛獣と出くわしてしまった、そんな感じがしたのだ。

 見かけはどちらかというと貧弱な体格の若者にしか過ぎないのにだ。
 眼球が飛び出しかけており、その目の焦点は、左右バラバラな方向を向いている。
 異様なのは白目の表面部分に畝があり、それが斑に動き、さらに様々な色合いを見せて変化している事だった。
 顎が落ち、開いた口からは、舌がそれこそ犬のようにだらしなく垂れていた。
 身体全体がフラフラと揺れ動いている。
 何かの薬物で意識が混濁しているのかと思えた程だ。

『そいつに気を付けろ!奴らの片割れだ!』
 煌紫の警報が、海の頭の中で鳴り響く。
 しかし海には、この若者に対して身構えている時間はなかった。
 地下道の奥で、激しく争う物音が聞こえたからだ。
 『自分の得物を横取りされる!』
 直感だった。
 海は若者を無視して、階段を文字通り飛び降りるように、一気に下り、日本平が通過するだろう地下道の通路に向かった。

 だが海は「その場面」に出会って、そこに飛び込むどころか、自分の身を隠さざるを得なかった。
 海は一旦、曲がり角から突き出した自分の顔を壁の影に戻した。
 そうさせたのは、純粋な恐怖心だった。
 日本平の腹は、今も人の形をした犬に食いちぎられつつあった。
 ゾブリ。
 ゴリゴリ。という音が、地下道に鳴り響く。
 空間に充満し、自分の側まで漂ってくる血の匂い。
 時々、日本平の腕が持ち上げられ、一部始終をのぞき見している海に、おいでおいでをしているように見えたが、それは、人犬のどう猛な喰いつきの影響の動きで、たまたま日本平の腕が動いているに過ぎなかった。

『奴を追い払う必要はない!日本平は既に息絶えている。それより今すぐ、逃げるんだ!こいつらは想像以上に危険だ!』
 煌紫に言われるまでもなかった。
 海は全速力で、その場から走り出した。
 これが最後と、横目で現場を見た時、日本平の頬肉に食らいついている人犬と目と目があった。
 その顔は、先ほど地下道の入り口で、ぶつかりかけた青年のそれと瓜二つだった。

 地下道から抜け出し、その出入り口から少し離れた所で、海は先ほど出会った青年の後ろ姿を確認した。
 物凄い勢いで、自分を抜き去って行く海に、なんの興味も湧かないのか、その青年の足取りは未だにゆっくり、フラフラしたままだった。

『振り返るな!今度こそ、奴に顔を覚えられるぞ!』
 煌紫の指示は、一瞬遅かった。
 海は全力で駆けながらも、その青年の顔を見るため振り返ってしまったのだ。
 それは、兄の比留間が思念によって、弟・健二に、「目撃者の抹殺」を命じた直後の事だった。

 海の視線の先で、その青年の顔の表情が、又、変化した。
 左右バラバラの動きを示していた眼球は、一点を見つめるようになったものの、鼻の頭が少し上を向き、口全体が盛り上がって来たように見えた。

『逃げろ!全速だ!』
 再び煌紫の声が、海の頭の中で響き渡る。
 勿論、海は従った。
 いや従ったのは煌紫の声にではなく、己の内にわき上がる恐怖に対してだ。
 青年が追いかけて来る。
 今までとはまったく違った動きだった。

 『コイツは痩せた見かけによらず、恐ろしくどう猛で強い。』
 草食獣が、肉食獣に感じる恐怖そのものを海は感じ取った。
 通常の人間なら、全速で走る海に追いつける人間はいない。
 だが健二は、通常の人間ではない。

 深夜の国道沿いを走る海と、健二の距離はどんどん詰まりつつあった。
 犬の息づかいが、絶え間なく後ろから追いかけてくる。
 足音も二足歩行のそれではなかった。
 足の爪が、アスファルトの表面を掻く音が聞こえる。
 追手はもう、人間の姿ですらないのかも知れない。

 海は自分の後ろに迫りつつある男との死闘を覚悟しつつあった。
 心臓と肺が潰れそうな気がした。
 肉体的には息も上がっていないのに、得体の知れない切迫感が海を襲う。
 煌紫の力によって改造がなされた身体ではあったが、金属の機械に取り替えたワケではないのだ。
 猛獣相手に、逃げ切れるのか?
 限界を超えての無理は出来ないし、何よりもその身体に接続されている海の意識は、野獣に恐怖を抱く、脆弱な人間のままだった。

 だが逃げ切れないのなら、戦うしかない。
 勝算はないが、豹に追い詰められたガゼルのように、このまま後ろから襲いかかられ、地面に引きずり倒され、食い殺されるよりは、ずっとましだった。。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

処理中です...