上 下
30 / 93
第3章 ザ・バットとパペッター

28: 衝撃の分析結果

しおりを挟む

 あの夜、俺は電話の主の言う通りヨス・トラゴンのヘルメットを被って奴を待っていたが、やって来たのは、男の代理人だという白い口マスクを付けた二人組の男達だった。
 男達は引越し業者みたいな慣れた手つきで、ガタの死体を大きな樹脂製の密封タンクに封入すると、あっと言う間に居なくなった。
 ただ二人組は、去り際に「ここの後始末は我々の領分ではないから、あんたが自分の命を掛けるつもりで、証拠を残さず処理しろ。一応、捜査する側からのチェックリストを渡しておくが、あんたがやった事はあんたしか分からんのだ。一つ一つを丁寧に思い出して、確実に消せ。それと言わんでも判るだろうが、このリストは燃やせよ。」とだけ言い残して行った。

 もちろん、俺はそうした。
 よくドラマなどでは、犯人が迂闊にも現場に残した証拠が発見され逮捕につながるという展開があるが、俺の場合、それはあり得ないと言い切れる程、徹底的に処理をした。
 二人組の残したリストが、大いに役に立った。
 それはまるで捜査に当たる刑事からの贈り物のようだった。
 模範解答付きの問題用紙を配られたようなものだ。
 全てが終わった頃には、長かった夜が明け始めていた。

 そして、それから俺は大人しくしていた。
 相変わらず、しけた残業代を稼ぐために事務所に居残る毎日だ。
 ニュースの何処を見ても、不審な死体が見つかったなどというものは流れてこない。
 ガタの方も単なる行方不明、鈴木モーターの方もそれ程騒ぎ立てる様子はないようだった。
 やはり元暴走族のリーダーという肩書は、こんな時に効いてくるものなのだ。
 ダニは、結局ダニなんだと俺は思った。
 しかし問題は、外にはなく、俺の方にあった。

 又、やりたくなって、しかたがないのだ。
 族どもを狩りたい。
 遠征するか?しかし土地勘が全く効かない場所では、トラブルが起こりやすいだろうし、族の規模もある。
 それでも、奴らを叩き潰す快感が忘れられなかった。
 そんなある夜、事務所に電話が掛かってきた。

「俺だよ。アンタのファンだ。いいことを教えてやろうか。アイツラがまだ走り始めている。」
「あいつらって?」
「奴らだよ、あんたが目を潰した奴だ。」
「でも目が見えないのに」
「だからだよ。奴の仲間が、それを不憫に思って、友情だの根性だのなんなのだと言って、奴を背中に括り付けて暴走行為をしまくってるのさ。ヤッパリ、馬鹿は死なんと治らないってことだ。どうだ?もう一度、やってヤラないか?あんたも疼いている頃なんだろう?」
「馬鹿を言え。俺は人を一人やったんだ。今度捕まったら、」
「ほほう。今だに、その警察に捕まっていないのは何故だ?次も、俺が何とかしてやるよ。」
「ちょっと待て、あんたの声、何処かで、聞いた覚えがあるんだが、、、」
「へえ、そうかい。で、それを思い出したら、何かあんたに、いい事が、あるのかい?」
 俺は背筋が寒くなった。
「いや。何でもない。死体を片付けてくれた事は感謝してる、それだけだ。」
「それでいい。俺もあんたのファンでいられれば、十分なんだ。だから、もう一度スカッとさせてくれよ。社会のゴミムシどもを捻り潰して見せてくれ。」



 丑寅巡査部長は、死体の始末屋達が残したというチェックリストの下りで、複雑な思いに陥っていたようだ。
 彼、いや警察が指尻ゑ梨花女史に提供した資料の中には、その存在を示すようなものはなかった。
 つまりそれは、指尻ゑ梨花女史が、この事件の背後に潜んでいる組織には、警察や司法の関係者、あるいはそのOBが絡んでいる可能性があると想定している事を意味しているからだ。
 もちろん、私にはそれは驚きでもなんでもない。
 むしろ私の驚きは、壇に電話を掛けてきたという相手が漏らした「ヨス・トラゴン」の単語だった。

『こいつか?!』
 私の頭の中で最後のピースが埋まった。
 壇伊玖磨にヘルメットを売りつけた怪しげなホビーショップの店主。
 ヘルメットのヨス・トラゴンの名前を知っているのは、壇伊玖磨本人を除いては、この男しかいない。
 6係では、すでにこの店主の再調査を開始している。
 この男が借金漬けになって店を売り払った所まで突き止めているが、その後、この男が行方不明になっているのが判明、そこで部下達には彼の追跡を一時中断させている。
 気にはなったが、6係の人員はそう多くない。
 ディスクワークが中心で、動いていないように見える丑寅巡査部長も、プロファイルの仕事を同時に3つ抱え、昼間は他の刑事達と捜査に出ているのだ。
 いくら重要性は高くても「裏の事案」で、これ以上、宛のない人物探査に人員は割けなかったのだ。

「繋がった見たいですね、真澄警部。」
 出来上がった分析結果を説明し終わった指尻ゑ梨花女史が、私の表情を見て、嬉しそうに言った。
「ありがとう御座います、指尻さん。これで裏で動いていた人間達の目星が付きましたよ。」
「達?、、でもホビーショップの店主ですよね?」
 指尻ゑ梨花女史は警察の裏事情までは判らない。
「ええ、名前は、狩野裕弥と言います。」
 そばで私達のやりとりを聞いていた丑寅巡査部長が、驚いたように私の顔をみた。
 彼が指尻女史に提出した資料では、狩野裕弥の実名は伏せてあった。
 指尻女史は、警察官ではなく外部の人間だからである。
 それを自分の上司が、こともなく実名を出している、、、彼が驚くのも無理はなかった。
 私は、この件で、もう少しシーメール指尻ゑ梨花の力を借りる気でいたのだ。

「当時の担当刑事達も、本腰だったとは言えませんが、一応この狩野裕弥に聴取を行っています。我々、6係が再調査を開始した時には、彼は行方不明になっていました。いえ失踪自体は、多額の負債を抱えた人間にはよくある事で、その事を不審には思っていませんでした。ただ引っかかっていたのは、我々の再調査で見えてくる狩野裕弥の人物像と、当時の刑事達が把握していた人物像がずれている感じがした事です。」
「ずれている?」
「時間的な部分から来るものですね。我々は、捜査が打ち切られた後の狩野裕弥の姿を、周りの証言などである程度掴んでいる。それが事件当時の彼の姿と一致しない。」
「まさか、他の誰かと入れ替わっていたと?それに当時の刑事さん達が事情を聴取した狩野は、殺人に関与してた方の狩野でしょ、そんな人物が、大胆にも刑事さんたちを欺いたと、、。」
「貴方が狩野にスポットを当ててくれた今だから、そう思えるのです。当時の捜査では、狩野は完全にノーマークだった。それに本物の方も、債権者から、そうとう追い込まれていた。言われることは何でもやらざるを得なかったでしょうね。1週間ほど黙って店を貸せと言われれば、為す術もなくそれに従ったでしょう。」
「えっ?ちょっと待って下さい。でも、どうしてそんな込み入った事を、、、。」

 指尻ゑ梨花女史は、丑寅巡査部長が提出した資料から真実を割り出しているのだが、それはあくまで6係が提供できる範囲の世界の事でしかない。
「我々が、この件の再分析を貴方にお願いすることになった大まかな経緯を覚えておられますね?」
「ええ、もちろん。壇伊玖磨に失明させられ最後には殺害された少年の父親、、、ある有名な代議士の圧力、、でしたよね。私は真澄警部が言葉を濁された以上、その事には意識して触れないようにして、ここまでやって来ましたが。」
 今度は、その言葉に驚いたというように丑寅巡査部長が指尻女史の顔を見た。
 プロファイリングを任されたのが自分なら、全てを聞きたがり、一つでも情報に明確な隠匿があればへそを曲げていた筈だ。

「鷹見浩三、、、巨大な派閥を形成する相当な実力者だ。そんな鷹見氏に、ある時、脅しが入った。彼の息子の不祥事を表沙汰にするというものだ。その相手が、交換条件で、鷹見氏に何を求めたのか、そこだけは今でもお教えできませんがね。」
「ええ、判ってます。先を続けて下さい。」
「壇伊玖磨事件が表沙汰になった時、壇の行為を理解すると言った人々が一定数いたのは、鷹見氏の息子の悪行が酷すぎたせいだ。鷹見氏が全てそれをもみ消してきた。それを暴露してやると脅されたが、鷹見氏は相手にしなかった。自分には息子の不祥事ぐらいでは揺るがない権勢があるとね。その無視の態度は効果があったように、一定時期見えた。所が、今度は同じ相手から、言うことを聞かないのであれば、お前の息子を殺してやると脅しが入った、、。映画の世界であるまいしと、逆に鷹見氏は思ったそうです、、。鷹見氏には、自分の政敵や、自分を利用したがっている人間のリストが頭に入っていた。そんな馬鹿げた手段を選んだ時点で、相手は破滅する、、そんな事を、この法治国家で本気でやるワケも、やれるワケもないと。」
「この事件の背景には、依頼者が絶対損をしない殺し屋ビジネスが存在したという事ですか、、。」
 さすがの指尻ゑ梨花女史が絶句した。
「・・まさか真澄警部は、狩野裕弥が、あのパペッターだと!」
 今度は、丑寅巡査部長が素っ頓狂な声を上げた。
「パペッター、、。」
 指尻ゑ梨花女史の顔色が変わった。

しおりを挟む