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第4章 女装潜入警官、再び

29: クラブ「ATOMAGE」

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 自宅のマンションに戻ったゑ梨花は、お気に入りの黒いシースルーランジェリーに着替えて、ベッド横のドレッサーのスツールに座った。 
 メイクを落とすのは、もう少し先だ。
 バスタブに身を沈めるのも先だ。 
 このスパンコールを塗したような夜が明けるまでは、今日の情交の余韻を楽しみたい。
 今夜は久しぶりに、自分の欲望を開放してやったのだから。 
 ゑ梨花は、いつもの記録用の小さな手帳を取り出して、今日の日付、次に相手を「自称デザイナー」と書き、彼との出会いの場所であるクラブ「ATOMAGE」の名称と、その出会いの時間を書いた。
 彼が射精した回数も。 
 回数は、人間観察とは関係ない、本当に個人的な記録だ。
 それは後で快楽の記憶を呼び戻すための記号に過ぎない。 

 鏡に映る自分の顔にじっくりと眺め入り、しばらくの間、見惚れてしまう。
 ナルシシズムとは違うと思っている。
 男性の中に潜むアニマの表出でもない、、「この」顔の意味は、ゑ梨花自身が習得している心理学でも、うまく説明できなかった。 
 この真っ赤にルージュを塗りこめた口唇でフェラチオしてやると、自称デザイナーは彼の身体を内側の欲望のガスで爆発させそうなほどに喜悦した。
 自称デザイナーのペニスが硬くなり、これ以上ないほど感じているのは、ゑ梨花が男だからこそ、我が身のことのように良くわかった。 
 その直径に対して舌をからめて吸い、舌面を強く摺りつけ、態とひどくいやらしく舌と口唇を使って技を行使した。
 男が、どのタイミングで何に反応するのかは、わかっている。 
 あの時は、口の技術を行使しながら、ゑ梨花自身のペニスも暴発しそうな程、起立していた。 
 そうやってゑ梨花が、フェラチオという行為自体を貪っていると、自称デザイナーのほうから結合を求めてきた。 
 もちろん、楽しみのメインはアナルセックスにあるとゑ梨花は考えているし、また、自分の欲望もこの時、肛門へのインサートを激しく望んでいた。
 それでもゑ梨花は男を焦らしつづけ、相手から要求があるのを待っていたのだ。 

「ゑ梨花、もう待てないんだ」 
「どうしたいの?」 
「入れさせてくれ」 
「男のお尻だよ。」
 クラブ「ATOMAGE」には、種々雑多な性癖の持ち主が多数訪れる。
 この男もそれを承知で、ここに遊びに来ている。
 ただ、この男が今まで一度も男を相手にしたことがないのは一目瞭然だった。
「ゑ梨花なら、男でもいい」 
 ゑ梨花は、獣の姿勢でベッドに這い、お尻を高々と掲げて男の犯入を待った。

 その体位がもっともエキサイティングなのだ。 
 後ろから、犬の交尾のように犯されると、身も心も淫らにタダレ、甘い毒に全身を冒されてゆくような感覚になり、ゑ梨花のペニスは更に硬直する。 
 自称デザイナーは、ゑ梨花の細い腰をつかんで、その熱くて硬い肉体の先端をアナルに押しつけてきた。 
「あんっ」 と、ゑ梨花は切ない喘ぎを洩らしてしまう。 
 そして、息つく暇もなくペニスが嵌め入れられ、ゑ梨花はのけぞって自分を解放するように嬌声を発した。 

 きついペニスで抉じ開けられ、アナルが裂けそうになって腰の奥が軋み、苦痛なのか悦楽なのかよくわからない肉体の空洞への充満感に、泣き声のような喘ぎ悶え声をあげてしまうのだ。 
 実際のところ、この快楽の構造がよくわからないのだ。 
 女性が膣穴に挿入されて興奮するのは、粘膜の感触からの摩擦刺激が快感神経を昂ぶらせる割合がかなり高いはずだと思う。 
 確かに、ゑ梨花が膣の代わりである肛門壁の粘膜で感じ取る男のペニスは、泣きたくなるほど気持ちいい時がある。 

 けれども、ゑ梨花の場合、それだけではなかった。
 自分は男なのに、男に肛門を犯されているという事実自体に酔わされてしまうのだ。 
 自分がまともな男ではない、という屈折した羞恥が快感を増幅させているのもわかっている。 
 肉体レベルよりも、精神レベルの興奮のほうが大きいのだ。
 男である自分自身が、何故、その「男性性」にダメージを与えたがっているのか? 
 今夜が上手く行ったと思えるのは、自称デザイナーという男が、初めて男を体験したからだ。 
 それは女性体験を多く積み重ねてきたプレイボーイに、初体験の男性との性行為を挑ませるほど、ゑ梨花には魅力があったということだ。 

 最初、ゑ梨花が生の挿入を求めたとき、自称デザイナーは躊躇した。
 ゑ梨花の為に、己のためらいを口にしない紳士ぶりはあったが、ためらっている気配は、はっきり伝わってきた。
 もちろん、排泄孔を使う性行為なのだから無理はない。 
 けれども、その男の躊躇よりも、ゑ梨花の妖しい色香が勝ったのだ。 
 ノーマルな男を虜にするために、ゑ梨花は日々、努力している。
 いや、その努力は単に「男」だけに対してではなく、「男社会」対してもだ。
 「常識」を誘惑し、そしてその後、それを己の才覚で覆すのだ。
 、、、破壊の後には、新しい「何か」が生まれる筈だ。
 「ゑ梨花、おまえって男を誑かして、ほんとに性悪の悪女ね」と、鏡の中の美女に向かって語りかけてみる。 
 それは至福の刻だ。 

 そして、ゑ梨花はベッドのシーツの上にひろげてある淡いピンクのシルクパンティに目を向けた。 
 その上品でエロティックな女性下着は濡れていた。 
 いや、べっとりと男の体液にまみれていた。 
 ゑ梨花は、ホテルから帰ってくるタクシーの中で、じわじわとそれが自分自身の管から漏れ出してくるのをこらえていたのだ。 
 二度目の放出だったにもかかわらず、自称デザイナーは、大量の白い飛沫をゑ梨花の腸腔に浴びせかけていた。
 放出された悦びもあるが、それよりも、男が我慢できずに射出してしまう程の肉体器官を、自分が持っていることへの悦びが大きかった。
 女性の膣性器よりも収縮力が強くて、摩擦係数が高い器官だからソレが可能であって、その機能で男を惑溺させたという満足感がある。 

 お尻の穴から漏れた精液は、半透明の水糊状になり、なまめかしい女の下着の船底にひろがっている。
 マンションに帰ってきて着替えた時、脱いだパンティは、ベッドの上に置いたのだ。
 そこに付着している精液は、言わばゑ梨花の今夜の戦利品のようなものだ。 
 もうさっきから、ゑ梨花のペニスは熱を帯びて勃起し始めている。
 ランジェリーの蝉の羽根のような黒い布地を突き上げているのは、女の顔をした男の下腹部に生えた男のペニスだ。 
 ゑ梨花は、下肢の間に手を伸ばしてペニスを握りしめた。 
 そして、絞り上げるようにしてしごきあげてみる。
 カウパー液がねとねとと染み出して、黒いランジェリーを汚してしまっている。
 ランジェリーの裾をまくりあげ、膨れ上がった先端が液で光っているのを眺め、赤い爪の指の腹でそれを摩ってやると、ズキンッ、と快感の刺激が腰から脳の芯に響いてくる。 

 ホテルで自称デザイナーに背後から貫かれているとき、うつ伏せに這ったゑ梨花は、自分の器官にある可愛らしい鈴口のあたりを、シーツにこすりつけて男同士の交合を楽しんでいた。 
 強壮な男の欲望を、アナルで受け入れる悦びは、恍惚の戯れでもある。 
 自称デザイナーが、ゑ梨花の下腹部に手を伸ばしてきて、 「ゑ梨花も昂奮してるよ」 と、屹立しているペニスに触れた。 

「あっ! いやっ」 
「ゑ梨花、これをしごいてほしいのかい?」 
「あ、あっ、んんっ、、」 
 アナルを責めたてられながら、男の手で扱かれるとたまらなくなる。 
 自称デザイナーは、女性との経験が豊富なようで、それを応用することで、この行為の勘所がわかってきたようだ。 
 そして、不覚にも、ゑ梨花はそれで射精してしまったのだ。 
 ビビビッ、と電気が走ったようになり、ドクッ、と肉の直径の内部を熱い流れが駆け抜けた。 

 漏出してしまったのは、ゑ梨花にすると、考えれば考えるほど不覚だった。
 性行為の主導権は、あくまでも自分が握っていたかったからだ。 
 自称デザイナーとの情交の生々しい記憶をたどっていると、もう一度、自分の手指で抜かなければ眠れそうになかった。 
 本来、ゑ梨花は自分自身を、オナニストであり、性の観察者であると思っている。 
 性交中も自分の愉悦と観察が最優先されるべきであり、決して他者とそれを分かち合うつもりはないのだ。 
 男を誘惑する美女になりきるのも、自分の性嗜好と観察状態を最大限に満たすためだ。
 優先順位をつけるなら、妖艶な美女になった自分に、男が発情しているのを見るのが最も興奮する。
 その次に、ホモセクシュアルの性行為がくるのだ。 

 ゑ梨花はスツールから立ち上り、ベッドに寝そべった。 
 かたわらのパンティを手に取り、顔を近づけてその臭いを嗅いでみる。
 自称デザイナーから搾りとった精液だ。
 発情させて肛門の穴に入れさせてやって、そして噴射させた勝利品と言えなくもない。 

 ゑ梨花は仰向けに寝た。 
 自称デザイナーのペニスをフェラチオしたときの肉のブリブリとした食感、それをアナルに挿入されたときの充足感、自称デザイナーと抱き合ったときの体臭、諸々の記憶を隅々まで思い出しながらゆっくりと楽しんで手淫する。 
 たっぷりと時間をかけて疲れ果てるまで、月曜日の早暁の儀式は続くのだ。
 今日は午後から6係との会合だけだ。
 医師としての仕事はない。
 だから今は楽しもう。 
 脂粉と香水の匂いが染みついている黒いランジェリーに白濁したものをぶちまけるまで。

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