上 下
43 / 93
第5章 やって来たアサシン・ドール

40: ティファニータートガールの顔

しおりを挟む
 パリスが僕の側から離れ、代わりにヨンパリが近づいてくる。
 その後ろからスタッフが、大きなモニタをキャスター付きの台に乗せて運んできた。
 横からは別のスタッフが三脚に乗ったビデオカメラを持ち込み、僕の正面に据え置く。
 モニタは、そのカメラのわずか斜め後ろに、置かれた。 

「いよいよ、ご本人に出来映えの確認をして貰う日が来たね。」
 誇らしげにヨンパリは笑い、手を伸ばしてビデオカメラのスイッチを入れた。
 モニターの中に、この世の物とは思えない不思議な女の顔がアップで映し出された。
 ヨンパリが僕の顎の下に手を差し入れ、口をこじ開け、僕の顔の角度を変える。
 小さく真っ白な歯列が、わずかに覗き、それが完璧な曲線を描いているのが判る。
 眉も睫も髪の毛もないせいで、珍妙さが際だっているが、その顔は滑稽であると同時にひどくエロティックで、しかも何故か妖しいほどに美しかった。

 それが僕の新しい顔。
 それでも以前の僕の顔の面影が、少し残っていた。
 だが僕の目は、こんなに大きくはない。
 いや、どんな人間の目だって、こんなに大きくはない。
 目尻がゆるやかに切れ上がり、くっきりした二重瞼が刻まれている。
 一体どのようにして造り上げたのかはわからないが、大きくなった紫色の瞳がキラキラと緑の星を輝やかせて異彩を放っている。
 真剣な眼差しにも見えるし、微笑んでいるようにも、妖艶に誘っているようにも見える。
 妖精のように美しい鼻筋が通り、鼻先は小悪魔のようにつんと跳ね、小鼻は小振りな形に整え変えられていた。
 顎は細く削られ、頬骨はやや高く造成されていた。
 顔が一回り小さくなっている。

 それは現実と非現実の端境にあって、絶妙なバランスでデフォルメされた顔だった。
 現実にいそうでいない人形独特のバランスが具現化されていた。
 2次元のキャラクターをリアルなフィギュアにビルドアップし、更にそのフィギュアを半人間に仕立て上げる。
 その造形が、現実には絶対あり得ない強烈な印象をもたらしている。
 この世にふたつとない個性的な美しさが強調され、見る者の心を強烈に引きつけ魅了する。
 異常の美。
 だからこそ磁力のように人の目を吸い付けて離さない。

 僕が密かに愛読していた地下流通成人雑誌のコミックに登場するセックスドールが、その顔の原版だった。
 カオカットがアダルトコミックで描いたセックスドール、「ティファニータートガール」だ。
 「ティファニータートガール」が余りにも人々の劣情を刺激し、人気を博した為に、その姿を模した人妖のグラビアモデル達が何人も登場した程だ。
 しかし、誰もその再現に成功していない。
 唯一の成功例は、造形作家の「ブルー」が作ったティファニータートガール・フィギュアだけだ。
 まだ睫と眉はないものの、まさにあのセックスドール「ティファニータートガール」の顔が、そこにあった。

「外見だけ似せるのなら、金を積んでやれば、そこらの流れ者の整形外科医でもできるでしょうな。でもそれは出来損ないの似顔絵みたいな模倣品でしかない。あれを完璧に再現するためには、頭蓋骨の修正が重要なんですよ。そうでなければ、完璧なものは出来上がらない。」
 ヨンパリはその狂気を目に煌めかせながら、指示棒で僕の頭をコンコンと叩いた。
 なにか今までと違う硬い響きがある。

「お坊ちゃんの頭蓋骨は、ティファニータートガールのフォルムに削った後で、全面にチタン合金を融合させて固定化してある。金属の鋳型に嵌め込まれたようなものだから、今後、骨自体の自己修復や成長でせっかく造り出したフォルムが変形したりすることはない。それに二次的な効果で、頭蓋骨の強度が増したから、たとえプレス機に頭を挟まれても頭蓋骨が破損することもない。もちろん銃弾にもね。脊椎も同じ処理がなされているから、脳や脊椎の損傷を心配する必要もないわけだ。まさに美しき不死身の戦士。もちろん不注意の事故などで、壊れることもなく人形としての役目も全うできる。」
 今度はヨンパリの指示棒の先が僕の目に向けられた。

「最大の難関がこの目。人形が瞬きしてはおかしいしね。といっていつも目を開いていると、瞬きによる涙の循環ができなくなって最悪失明ということにもなりかねない。君のオーナーである寥虎様に、つきっきりで目薬を差させるなんて手間をかけさせるわけにはいかないしな。そんな事をすれば、文字通り私の首が飛ぶ。目を開いたままで、瞬きせずとも、目の表面に拡がって涙の代わりをする物が必要だった。これには、まったくの新技術を開発するしかなかったね。まずティファニータートガールの特徴でもある大きな目を再現するために、君の眼球を引きずり出し組織を柔らかくする薬品で処理した上で、液体シリコンを注入して膨らませた。実際は、もっと複雑な過程があるんだが、君の理解を超えそうだから簡略化して話しているんだがね。膨らませた眼球をポリマーコーティングして・・・・」


 読み上げ再生の途中だったが、私は聞いているのが耐えられなくなって、思わず再生を停止させた。
「ふぅ、こんな手術が、本当にあり得るのかな?やはりこれは香革という人物の妄想ではないのか、、。」
「お気持ちは判りますが、それを言うなら、私の胸は作り物ですし、心臓のペースメーカーや骨を繋ぐ金属など、そういった類のモノは結構身近にあるものですよ。要は需要と用途の差です。それが常識から離れているからと言って否定しては、物事を見誤ります。もちろんこういった施術では、本人への精神的・肉体的負担が信じられない程掛かるでしょうから、妄想が混じる可能性はあると思います。でも、それは半分くらいでしょう。かなりの部分は事実だと思います。さあ、先を続けましょう。」
 ほんのりと上気した顔で、指尻女史がそう言った。
 もしかしたら性的に軽く興奮しているのかも知れなかった。
 読み上げを続ける事には、丑虎巡査美長も賛成のような顔をしていた。
 こちらは純粋な知的好奇心からのようだった。

 
「・・膨張状態で固定化させたんだ。このポリーマーコーティングこそが私の第一の画期的な発明だな。そして涙に代わるフルオロカーボン混合オイルが第二の画期的な発明。もし女魃蛭どもに知能があって、この話を聞いたら奴ら、悔しがるだろうな、、自分たちの専売特許を犯すなとね。おっと話の続きだ。不要な涙腺を除去した後の穴から流れ出すフルオロカーボン混合油が、ポリマーコーティングのミクロの分子孔を通して角膜に必要な酸素や電解質などの養分を供給する。混合油は界面張力が非常に高いから、ほんの少量流してやるだけで眼球全体の表面に拡がってくれる。このポリマーと混合油を開発するために何人、実験体が失明したことか。でもこの国は、私の祖国以上に、そういった実験体が豊富だからね。で、そのおかげで君は永遠に目を開いたままで生きていけるし、普通の人間では手に入れる事の出来ない、新たな視力を得たわけだ。それは今後、色々な場面で役に立つはずだ。君は寥虎様の愛玩ドールであると共に、戦士なんだから。」

 突然、指示棒の先が僕の目玉を軽く叩いた。
 手の平を突かれたほどにしか感じないけれど、反射的な恐怖感は抑えようもない。
 弛緩剤で抑制されていなければ、転倒するほどのけぞっていただろう。

「ほら、ポリマーのおかげでこんなことをしても眼球は傷つかないし、痛みもないだろう。なにもしなければポリマーは透明だが色素を混ぜれば着色することもできる。君の瞳以外は不透明な白にしてあるから、元々の君の眼球に走っていた血管も見えなくなって、よりいっそう人形の目に近づいたというわけだ。虹彩に色素を注入して色を変え、眼窩を削って拡げ、眼球同調器を眼窩内に仕込んでから眼球を頭蓋内に戻す。眼球同調器というのは、初めて聞く言葉かな?せっかく瞬きをできなくしたのに、目がきょろきょろ動いていたら台無しだからな。だから眼球を人間的に動かす筋肉を取り除いて、大きくなった眼球のスペースを確保すると同時に、眼球を自力で動かせなくしたわけだ。しかし、それだけだと眼球自体の重みや身体が動くときの惰性やら振動やらで右目と左目がバラバラにずれてしまうから、簡単にいえば車の車輪のように左右の眼球をポリマーの細いシャフト2本で繋いで、眼球が簡単に動かないように保持すると同時に、片目を動かせばいっしょに他の目も動くようにした。心配するな、からくり人形の目じゃあるまいし、ちゃんと精密に電子背御されているよ。仕上げに涙腺を取り除き、その穴を利用して混合油の供給と排出のためのパイプを埋め込んでようやく完成だ。眼球だけでこれだけの手間がかかっている。 まあ、寥虎様相手だから、感謝しろとはいえないがね。」

 このいたぶるようなヨンパリの長広舌から解放してもらえるなら、感謝でも土下座でもしたい気分だった。
 でもヨンパリの自慢はまだまだ続いた。
 指示棒が下に移り、僕の新しい高い鼻を突く。

「君の鼻は見ての通り。君は、我々黄色人種の猿のような鼻と、決別できて喜んでいるだろうね。シリコンなんて原始的な方法は使っていないから感触もいい。人工培養した君自身の軟骨を移植してあるからな。でも鼻の改造のメインは、鼻の中、見えない部分にある。精密器械技術と人工生体器官技術の融合。口からも鼻からも呼吸する必要のない君にとって、鼻腔はまったく無駄な空間だし、不要でみっともない鼻水などもそのままにはしておけないからな。鼻腔の内側は完全にポリマー処理して、その空間に3つの人工生体器官を詰め込んである。ひとつは、目と口へ、フルオロカーボン混合油を供給するための貯蔵袋と分泌・循環器官。もうひとつは、君の口を最高の性具にするための仕掛け。そして、それらの器官を稼動させるための大容量のバッテリー。君の呼吸器を動かす生体発電システムの電力では、さすがにパワーが足りないからね。生体発電システムが故障した時のためのバックアップという役目もある。」 
 指示棒が耳の穴に捩じこまれる。

「君の耳の穴が、充電のためのコンセントになっている。鼻から充電するようなデザインにしてしまうと、君の口を使うときにコードが邪魔になるだろう。だから耳の穴を加工した。右耳から充電、左耳から油の補給ができる。当然、鼓膜は除去しなくてはならないから、その代わりに超小型スピーカーが耳骨に直接接するように埋め込んである。マイクは鼻の穴の奥に仕掛けてあるから、背後の音は聞き取りづらくなっただろうけど、前面の音は集音マイク並みによく聞こえるはずだ。この辺りの仕様は、もしかして戦闘時に支障が出るかも知らないから、目下、再考中だ。愛玩用と戦闘用、この二つを両立させる所に、矛盾が起こりやすい。だが無線マイクで外部から直接声を伝送することもできるから、君のオーナーが自分の声だけを聞かせたいと望めば、鼻のマイクをオフにして外部マイクだけを使うようにすることもできて、今の所、その利点が欠点をカバーしてくれるかな。それに君が自らその役目を買って出た程には、寥虎様は、君を戦闘に出そうとしないだろうしね。」

 頭がくらくらした。
 まさか、この僕がそれほど内部まで改造されていたなんて、思いもよらなかった。
 ヨンパリの話が全て本当なら、僕はどんな惨状からも目を逸らすことができず、もう自分の耳で音を聞くこともできなければ、匂いを嗅ぐこともできないのだ。
 頭蓋骨も脊椎も金属で覆われ、もはや僕は機械仕掛けのカラクリ人形だった。
 これなら単に、身体の中に金属を埋め込まれ、女魃蛭に生かされるだけの戦闘用ゾンビになる方が、まだましだった。


しおりを挟む