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第5章 やって来たアサシン・ドール

41: 二つの用途

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 戸橋巡査から指尻女史を通じて、二度目の情報が手に入った。
 内容は引き続き前回と同じで、香革の自分語りだった。
 この情報が、美馬の殺人ビジネスに直接繋がるのであれば、美馬の組織を痛撃出来るわけだが、それぞれに点在する情報を結びつける「裏」が、ここからはまったく得ることが出来ずにいた。
 戸橋巡査もそれは判っている筈だが、彼も現状以上の動きが取れないのだろう。


 僕の決断が引き起こした結果への後悔や、自己憐憫に浸る心情など、ヨンパリにとっては道ばたの犬の死骸に沸く蛆虫の悩み程度のものだったようだ。
 何より、ここに至った原因というか、施術を望んだのは、他ならぬこの僕だったのだから、その意味で僕の心情などなんの価値もないのだ。
 ヨンパリは伸ばしていた指示棒を縮め、その先を僕の右の鼻の奥に突き込んだ。
 カチッとスイッチの入る音が頭蓋に響いた。
 そのとたん、僕の口の内側の肉が、うねうねと動きだす感触があった。
 何が起こっているのか、感触だけではわからず、僕はモニターの中のティファニータートガールの口に目を凝らす。

 最初は変化が見えなかったが、すぐにその口蓋、頬の内側、そして舌までもが膨れあがり、開いた口の奥に周りから膨らむ肉が見えだした。
 肉の表面には、大小無数の襞とイボが浮き上がっている。
 ぽっかり開いていた口腔の内部が、上下左右から膨れあがる肉でみるみる塞がっていくのがわかった。
 ついには、まるで肛門のような肉の蕾を残して、僕の口内はイボ肉に満たされた。

「これが鼻に仕込んだ仕掛けの成果だね。この仕掛けがあれば、君の口は究極のフェラチオ道具となる。君の顎関節はチタン合金で補強したし、 唇の中には特殊な樹脂素材のマウスピースリングを埋め込んで、唇の開き具合を制御するようにした。君に醜い人間的な表情は必要ないからね。最先端の技術を駆使して、芸術的に造形したティファニータートガールの顔を完全に固定し、変形したり、崩れたりしないように、顔面だけでなく頭部全体と頸の筋肉をすべて細胞シリコン変成処理して、数パターンに固めてしまったから、表情のバリエーションは限定的だ。ただ舌だけは、奉仕のために君の意志で自由に動かせるから訓練したまえよ。歯茎の骨は削り取って代わりに、柔らかな肉細胞を移植し、歯は全部抜いて飾りのゴム製の歯を植えてある。とまあ、ティファニータートガールの設定通りだろ?殿方の性処理道具として、優れた奉仕をこなす為の最高の道具にしてくれるのが、この仕掛けだ。どんなサイズのペニスにも、きつくフィットして、最高の快感を与えることができる。ほら、自分で感じてごらん。」 

 ヨンパリは僕の腕の拘束を外し、その僕の手を取って持ち上げた。
 持ち上げた僕の手の中指を引き起こし、その指を僕の口に差し込む。
 イボのコリコリした感触が指に伝わる。
 まるで握りしめられたかのように肉襞が絡む。
 確かにきつく、よく締まっている。
 唾液の代わりに口腔を潤している油のせいか、滑りもよく、同時に吸いつくような感覚もある。

 そして何より驚いたのは、そんな恐ろしい有様に変形していながら、僕の口にはしっかりと感覚があり、指で擦られるイボと襞から、鈍く快感が伝わってきたことだった。
 それはペニスの先端を嬲られた時の感覚に驚くほど似ていた。
 神経が混乱して、まるでペニスが口に付け変えられたかのような錯覚が生じる。
 だが一瞬の戸惑いも、過ぎ去れば、その感覚が確かに口から発していることがわかる。
 それでも、快感は快感なのだ。
 指が引き抜かれて刺激がなくなったとき、心のどこかで物足りなく思った僕は、あさましい生き物なのだろうか。

「どうかな?いいだろう。間抜けなほど大口を開けている時のその顔は、過激なほど滑稽で、エロティックで、アブノーマルだから、どんな男もその口にペニスを啜らせたくて堪らなくなるはずだよ。そして、いったんそれを味わえば、その口の機能は男を狂わせ虜にしてしまう。君にとって、寥虎様以外の男のペニスをしゃぶるなんて、今はまだ、おぞましい行為だろうが、そのうちには君も、自分の口にペニスを突っ込んで欲しくて堪らなくなるだろう。」

 絶対に絶対にありえない。
 そんなものに慣れることなどありえない。
 ましてや自分から欲しがることなんて。
 土下座してでも勘弁して欲しかった。
 僕はただ、寥虎様だけのものなのだ。

「自分から男を欲しがるなんて絶対にないと思っているだろうね。でも保証するよ。その根拠はね、君の口の中に移植されたイボや襞は、君自身のペニスの亀頭部をクローンして造り出したものだからさ。神経接続は今のところ外科的に可能な基幹部分だけだけれど、時間とともに末梢神経が増殖していくし、その頃には、例の虫どもも、この仕組みに加勢してくれるだろうから、神経が回復すれば、君は口の中に200本ものペニスを生やしているような状態になる。それらがいっせいに擦りつけられる時の快感の総量を考えてみろよ。君が豚みたいにペニスを貪るようになるのは間違いないだろう?」

 そんな最悪な生き物にはなりたくなかった。
 僕は、どんなに身体を変えられようとも、僕でいたかった。
 しかし、ヨンパリのいうことが本当なら、僕は心まで変えられてしまう可能性があった。
 僕は、寥虎が愛する勇猛な一人息子でいたかった。
 自分を見失い、只の淫楽人形になるなんて、それだけはいやだった。
 僕は神に祈った。
 自分の現在の状況を考えれば、神などいないと思い知らされても、祈るしかなかった。

「泣きたいだろうね。君の願いは、パパの役に立つスーパーアサシンになること。ティファニータートガールになるのは、おまけみたいなものだったんだろう?だが、その親子の意見の不一致は、私の立場では、いかんともしようがないな。でも君が、内心でどれほど泣いていようが苦しんでいようが、君の固定された顔はいつでも物欲しそうに口を開いて、アルカイックに微笑み続けていられる。よかったじゃないか。」

 ヨンパリは、悪魔のように笑った。
 ヨンパリが言ったように、男を誘って微笑んでいるような放心しているような、エクスタシーに恍惚としているような、ぼんやりしているような、無表情とはわずかに異なるアルカイックな表情のまま、僕はこれから生きていかなければならないんだ。
 自分が映っているモニタから、目を背けたかった。
 目をつぶって現実を閉め出したかった。

「さて、今日の手術は、たいしたことはないから、さっさと済ませてしまおう。女魃蛭達も、もう絶対逆らわないしね。」
 ヨンパリの手が僕の目にかざされると、瞼が押し下げられた。
 これで残酷な現実を見なくてもよくなる。
 これだけは、ヨンパリに感謝したい気持ちだった。



「もしこの人物が、ここで語られている通りの機能を持っているなら、まさにファック・パペットね。リクが1号なら、こちらはファック・パペット2号。いや、違うかしら、、、正式にはファックキラー・パペット1号ね。」
 指尻ゑ梨花氏は、疲れ切ったように言った。

 この日のブレーンストーミングが終わった後、私は丑虎巡査部長を先に退室させ、指尻女史と二人きりの時間を作った。
「都合の良いことを言って申し訳がないんですが、そろそろ戸橋との連絡役を止める良い方法を、考え始めてくれませんか?つながりを唐突に切るのは貴方にも戸橋にも危険が及ぶでしょうから、後、一・二回の接触で、その段取りを考えて見てください。それでもギリギリだと思うが、、。貴方の代役になる人間は、こちらでなんとしてでも用意します。我々を取り囲む状況が、かなりキナ臭くなって来ているんです。」
 指尻女史の目が冷たい。
 その目の力は、多くの犯罪者達を見てきた私でさえ、ヒヤリとする部分があった。

「私は貴方の能力をかっています。アドバイザーとしては、もちろんだが、貴方は今すぐ刑事にしたとしても充分通用する才覚をお持ちだ。だが、そろそろ限界が見えて来ました。私は、危ない橋を好んで渡る男だ。その分、危機を見分ける能力と、それを回避するタイミングを人一倍心得ているつもりだ。その私が言うんです。これ以上、貴方を危険に晒すわけにはいかない。そして段取りが済んだら、繋ぎ役だけではなく、美馬に関するあらゆる事柄からも手を引いてください。真栄田陸の事は、責任を持つと、この私が、お約束しますから。」
「、、判りました。」
 最後に、指尻女史はそう言って引き下がってくれたが、女史の本心がそこにないことは判っていた。
 だが、そうやって言葉に出した以上、指尻女史は、その限度内で行動してくれる人物であるのも確かであり、我々6係としては、そこに一応の安堵を見いだすしかなかった。

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