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第6章 第6特殊犯捜査・第6係の本気

50: 長方形のファック・パペット

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「ねえ、未知矢君、若くてピチピチの男の子と、渋めのおじさんと、どっちがいい?」 
「うーん、、、どっちかなあ、、」 
 答えは真澄警部でしょと思いながらも、もちろんゑ梨花はそれを口に出さない。
「若い男ならさ、底無しの精力でさ、硬いペニスで掘られまくりの抜かずの三発ぐらいで悶絶死、でも、おじさんのほうは連発ファックはできないけどさ、熟練テクで蕩けそうになるほど責めまくられの失神、さあ、どっちだ?」 
「ゑ梨花さんてば、そんなに煽らないでよ、」 
「未知矢君のペニス、立ってきた?」 
「ずっとボッキしてるよ、だってさ、、」 
 土曜の夜の繁華街を二人で歩いていると、男たちの不躾な視線に晒される。 
 未知矢が化けた少女は美少女過ぎて、逆に別の意味で人の目を惹いている。
 この夜の街に、場違いすぎるのだ。
 
「ほらあ、あの男、未知矢君を見てるよ。おっ、いい女じゃないか、一発やりたい、なんて思ってる目だよ」 
 ゑ梨花は、未知矢のこの街にそぐわない女装ぶりの違和感に気付いていたが、今更、後戻りは出来ず、彼の気持ちを高揚させ続ける事に腐心していた。
「いやん! 恥ずかしいってば。」 
「ちゃんとサポーターで締めつけてる?」 
「モチよ。でなきゃ、スカートの前、ふくらんじゃうし、、」 
「未知矢君、もっと堂々とすんのよ。スケベ男に見つめられたらさ、どう? あたしと一発やりたい? あそこにハメさせてあげるわよ、ってぐらいの強気の目で見返してやるの。」 
「そんなあ、、」 
「今夜の未知矢はさ、ミニですっごくセクシーな生脚見せてるんだからね。もっと自信を持たなきゃ、」 
「うん、、」 

 夜のネオン街を徘徊する男たちの中には、どんな女であってもいいから、手っ取り早く欲望を発散させる性交相手を探している者がいる。
 食事に連れてゆく、あるいはプレゼントを買い与えるなどという手間が要らず、その上、後腐れがない女なら絶好の獲物だ。
 高い銭を出して風俗で遊ぶなどということはせずに女を引っ掛けて楽しむことができれば儲けもの、と考える男たちだ。
 ゑ梨花は、そういった波動のようなものを、男の感覚としてわかっている。 

 だが、噴火寸前の淫欲を持て余している男や、酒の酔いに冒されて紳士の仮面が剥がれそうになっている男など、ターゲットは選り取り見どりだが、相手側にすれば自分達がそれ程声を掛けやすい相手ではない事も、わかっている。
 どう見ても自分たちが「高そうだ」からだ。
 特に、未知矢がそうだ。
 ゑ梨花のような、崩れた気配がまったくない。

 ナンパはもちろん、声をかけることから始まる。 
 まず、男どもは、この夜の街にしっくり馴染んでいるゑ梨花に声をかけてくる。 
「お姉さんたち、いっしょにお酒でも飲まない?」 
 そんな常套句に、ゑ梨花は艶然たる笑みを浮かべて様子を見る。 
 未知矢に、一夜のパートナーを見つけてやるのが今日の目的だ。
 自分が気に入るかどうかはではない。
 相手の男が未知矢を気に入ってくれるかどうかが重要なのだ。 

「こっちの子、新人のニューハーフさん?それにしても綺麗すぎるよね。それともびっくりカメラかなんかのタレントさん?」 と、すぐに見破られ警戒される。 
 やはり戸橋の女装はレベルが高すぎて、普通の女性を軽々と飛び越えてしまうのだ。
 まあそれだから、戸橋は美馬の所に潜り込めたのだろうが。
 それに今夜の未知矢は、金髪だ。
 男達にとって、未知矢がナンパ相手には適当でないとわかると、ナンパのそれは、お誘いからそれて好奇心と揶揄の混じった会話になってくる。 
 そうなると未知矢の顔が曇る。
  未知矢の目的は、やる事なのだ。

「あたしもオカマなのよ。」 
「うそだろ?」 
「何なら、ペニス見せてあげようか?」 
 それでも信じない相手には、手首をつかんで自分のスカートの中に導き、股間にふくらんでいるものを触らせてゑ梨花が撃退してやる。
 邪魔な男達と遊んでいる暇はない。 

「ゑ梨花さん、なんでなの?もしかして綺麗すぎ?ヘンなの?」 
 その辺、流石に元は男だけあって、未知矢も気づき初めていたようだ。
 未知矢は、もしかすると化粧をする時も、女優などをモデルにしているのかも知れない。
 それは態度にまで、知らないうちに現れている。
 今の戸橋の問題点は、そんな勘違いをクリアすることだろう。
 女優は憧れの的であって、卑近なセックス対象ではない。

「ま、そうみたいね。私も今は、外人モデルさんをつれて歩いてるような気分になってるわよ。」 
「ゑ梨花さんみたいに、女に成りきれてない、、」 
「女の意味によるわよ。未知矢君には、未知矢君の魅力があるんだからさ」と励ましても、未知矢はへこむばかりだ。 
 たぶん女装で潜入をやった時には、こんな状況に遭遇した事はないのだろう。
 ただ綺麗だからチヤホヤされ、相手に誘われたら断るの繰り返しだった筈だ。
 それが今夜は、いつもより数倍綺麗になっているのに、全てが逆になっている。

「大丈夫、心配ないって、未知矢君にぴったりの相手を見つけてあげるから。」 
「ゑ梨花さんは優しいね。」 
「バカね、オカマのマブダチにまかせなさいって。」 
「、、、、」 
「ゑ梨花さん、もういいよ、、」 
「何を弱気になってんのよ。前、君が車の中で言ってたこと忘れたの?私はあれで決心したのよ。それに、見てみなさいよ。こんなにたくさんのペニスが歩いてるんだからさ、未知矢君にぴったりのペニスが一本ぐらいはあるはずよ。いえ、未知矢君が、ちょっと修正加えれば、それだけで入れ喰いになっちゃうから。」 
「なんか、自分がみじめになってきちゃったよ、、」 
「これからスーパー女装ホモ星人になろうってのに、そんなこと言ったらダメだよ。強くたくましく生きるの、わかってる?」と冗談ぽく言ったものの、ゑ梨花達の男狩りはことごとく空振りに終わっているのだった。 

 皮肉な事に、やっぱり戸橋が綺麗すぎるんだ。
 こんな状況では、一般人の中から女装した男のアナルにペニスを突っ込んでみたい性嗜好の男を探すのは至難だ。
 こうなったら、未知矢の完璧なキレキレ化粧を落とさせて、彼を女装スナックにでも行くしかない、、。 
 だが、それは最後の手段だ。
 女装スナックで男を見つけるなんて、こんなに綺麗な未知矢をそこまで貶めたくない。
 けれども、背は腹に変えられない。
 どんな方法でもいいから、今夜は未知矢に男を与えてやらねばならない。 

『ビデオ試写』と赤い大きな文字の看板の横に佇んで、未知矢をびっくりしたような眼差しで見つめている若い男に、先に気付いたのはゑ梨花だった。 
 身長は高くない。
 まだ若いくせに腹が出っ張って太り気味。
 黒っぽいTシャツにジーンズの冴えない服装。
 女の子にモテないタイプの典型的な風貌だ。 
 見るところ、明らかに未知矢に興味を抱いているようすだ。 
 ゑ梨花は未知矢のわき腹をつついた。 

「未知矢、イマイチ君がこっちを見てるよ」 
 未知矢とふたりで若い男をじっと見てやる。 
「ダサい男ね。同族として情けない。友達なら手助けして改造してやるけど、、」 
 しばしノーマルな男の視点に戻っていた戸橋だったが、直ぐに何かを思いついたようだ。

「ねえ、ゑ梨花さん、ちょっと試してみようか?」 
「あんなの相手にするだけ時間のムダだよ。さ、行こ。」 
「ゑ梨花さん、あたしだってバカじゃないからわかってるって、」 
「何が?」 
「今夜のあたしみたいな状態だと、少し判断力のある男は警戒して近づいて来ないって。あたし勘違いしてた。綺麗になったら、それだけで男が近づいて来るから、ドンドン綺麗になってやれって。それ当たり前だけど、場面によるのよね。でもあたし、やり直してる時間は、そんなにないのよね。次に回したら、また気持ちがめげて、持ち直すのに時間が、かるから。」 
「トバシィ、、君、、。」 
 未知矢は、すたすたと男のほうに近づいて行く。
 ゑ梨花も後に従った。 
 未知矢が、その男ににっこり微笑むと、彼は少し後ずさった。 
 ここはゑ梨花の出番だ。 

「あんた、この人形みたいな子、魅力的だと思う?」 
「ええ、、」 
 男からは、否定とも肯定とも受け取れる返事だ。 
「でも、あんたより、かなり背は高いわよね。」 
 彼は未知矢を見上げている。
 未知矢はハイヒールをはいているから、実際のところ身長差はもっとありそうだ。 
「ずっとこの子のこと、見てたでしょ?」 
「、、カッコよかったから、」 
「ふーん。じゃ、この子、気に入った?」 
「、、、、」 

 未知矢のほうを見ると、この運びに、まんざらでもなさそうだ。 
 ゑ梨花としては、こんな男を選ばせるのは嫌だったが、未知矢が受け入れるならそれでもいい。 
 せっかく彼が決意して出陣してきた土曜の夜なのだから、未知矢には勉強をしてもらいたい。 
 それにこの男、人間的には、悪い人物ではなさそうだった。
 ただ、今の内に、ひとつ確認しておかねばならない。
 もしも、この男がまだ未知矢の正体を見破っていないとすれば、いざ臨戦という時に未知矢が混乱するだろう。
 未知矢が求めているのは、女装した男が好きな男達を手玉に取る技術なのだ。

「なぜ、こんなに綺麗なのに、声をかけてるかわかる?」 
「、、、、」 
「オカマなのよ。女じゃないの」 
「男、、」 
「そうよ。女装した男、それでも気に入るかしら?」 
「そうか、、男だったのか、、」 
 驚いてはいるが、嫌悪感は顔には出ていない。 
「男でもいいのなら、この子、今晩あんたに付き合って良いって言ってるけど。どう?」とゑ梨花が言うと、彼の顔に赤みがさした。 

 ホテルに入って行く二人の後ろ姿を見ながら、ゑ梨花は、ふと戸橋が誰かに似ていると気付いた。
 それは、真栄田陸だった。
 性格もやっていることも正反対の二人だったが、二人は線対称グラフのように、対称軸で折り重ねれば、ピタリと重なる筈だ。
 そして、平行四辺形。
 面積も構成する長さも一緒だが、平行四辺形の見た目は長方形とは全然違う。
 だがその見た目を変える要素は、四隅の角度だけなのだ。
 平行四辺形のファック・パペットと、今、ホテルに入って行った長方形のファック・パペット、ならばそのパペットを操る自分も、見方を変えれば、あのパペッターの一人なのだろうか、、、。


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