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第7章 生者と死者を巡る受難と解放の物語

57: ブルーの動向

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「例の香革の話に登場するブルーの事なんですが、どうやら本国から失踪してるようです。噂では知人の伝手で国を出たのではないかと。それにブルーの行き先は日本ではないかと思われます。」
 香革に最後のメイクアップの仕上げをした人物が、ブルーであるというのは香革の憶測でしかなかったが、この資料を繰り返し検証した丑虎の判定により、6係ではブルーの動向についての資料収集活動を本格化するゴーサインを出していた。

「丑寅、君はそれをどうやって調べたんだね?海馬美園国からの入国者については網を張ってるが、これと言った情報はない。だとすると密入国になるね。しかしブルーとやらは、今の所、犯罪者ではない。こちらに来ようと思えば堂々と来れる。」
「海馬美園国でもネットはあります。それに少数ですが、日本のオタクのようなフュギュアファンが富裕層の若者達にいて、ブルーはそんな彼らには神様的な存在のようです。彼らは、ブルーのSNS等を通して、ブルーの一挙手一投足を過剰なまでに観察しています。ですからブルーの動静は、そちらで確認するのが精度が高いような気がします。正式に渡日しないのは、後ろめたい動機があるからとしか言いようがありませんが、、。」

「私も上も、海馬美園国警察との連携を進めるように言ってはいるが、あの国は汚職天国だ。そもそも警察自体が信用できんからな、、そういう意味では、君の情報の方が、まだ確度があるかも知れない。それに、ブルーの消息が判らなくなっているという点では、向こうの警察情報とも一致している。」
「この件について、指尻さんに知らせなくて、いいんですか?」
「現在、6係が指尻女史に依頼している案件は何もない。君もそれを承知している筈だろ?」
 危険から遠ざける為に代役まで立てた指尻女史に、今更、そんな連絡をして何になるだろう。
 せっかくプロファイリング任務に前向きさを取り戻してくれた丑虎巡査部長だったが、指尻女史へのいきすぎた思いだけは相変わらずの様だった。

 だが、この場面では、丑虎巡査部長は職業人としての最低限の節度を見せ「私が間違っていました」と言ってくれた。
 学者馬鹿の面を除いては、プロファイラーとして超一級、刑事としても優秀なこの男が、何故、指尻女史の事になると途端に駄目男になるのは、いつもの事ながら不思議だった。
 私は、頭を垂れながら立ち去ろうとする丑虎巡査部長に声をかけてやった。

「パペッターとの対決が迫った時には、指尻女史にコンサルをお願いするつもりだ。丑虎、その時はよろしく頼む。」
 丑虎巡査部長の顔が輝いていた。
 私は、その顔を見ながら、美馬の守りは鉄壁だがその周囲は意外に脆いというこの状況を、徹底的に突くことに決めた。
 代表格が門戸照人だ。
 現に先ほどの香革やブルーの件のような隠されていた実態が少しずつ見えて来ている。
 他の課では門戸に手を焼いているようだが、我々はトリプルシックスだ。
 様々なアプローチがある。

 美馬は我々に対して有形無形の圧力をじわりと加えてきているが、我々の側もそれと同じ事をしてやれば良いのだ。
 もうこれは単なる犯罪捜査ではない。
 一種の戦争だった、しかし美馬は一個人にしか過ぎない。
 こちらは国家権力だ。
 上にいる人間達の足並みを揃えさせさえすれば、多少時間はかかっても、美馬に負ける要素はない。
 もっとも、その勝利までには、こちらもかなりの消耗を強いられるだろうが、、。



 俺はサウンドメモリープレイヤーを聞きながら、鏡で自分の姿を見た。
  !!!
 これは、まるでブティックのショーウィンドウの中のマネキンモデルじゃないか。
 それに俺はこんな立ちポーズをいつ覚えたんだ?
 女の立ち振る舞いは訓練した、しかしこんな服飾用のポーズには身に覚えがない。
 街中の高級婦人服店の前を通り過ぎ、横目で見る事はあっても、いちいちマネキンのポーズまでは覚えていない。

 左腕は軽く肘を曲げ腰に手を当て、右腕は体からやや離して手首を外側に向けていた。
 俺は、綺麗だった、ただしそれはマネキンの綺麗さだ。
 自分の姿に驚愕した。
 それにしてもこの姿はどうだ。
 アダルトショップに飾られてある安いマネキンじゃない。
 ありきたりのセーラー服でもない、派手なキャパ嬢の衣装でもない、ましてメイド服でもない。

 これは既婚女性のフォーマルな衣装ではないのか?
 子供の入学式に向かうヤングミセスといった落ち着いていて、しかも華やかな感じが、メイド服にあるようなコスプレ色を排除して妙に現実的だ。
 仮に俺の中に、女性化願望があったとしても、この姿は意外なもので、自分自身でさえ想像したこともなかった。

 俺は姿見の中の自分を見て、「動きたくない」気持ちになっていた。
 もはや女性型のマネキン状態に気持ちが埋没しかかっている。
 なんというか、安心していられるのだ。
 もし俺が、店の窓にいたならば、誰もその中身が男だとは気付かないかも知れない。
 これは一種のボンデージ状態なのだろうか?

 俺は部屋の中で一人立ち尽くした状態でトランス状態に陥っていた。
 俺は、周囲の環境をぼんやりと気にしているだけだった。
 俺の心は、急に口がきけるようになったマネキンのとりとめのない物語をなぞりながら白昼夢を漂っていた。
 時間は過ぎた。
 辺りは暗くなっていた。

 俺はいつの間にかディスプレイスタンドの上で寝入っていた。
 だが俺は倒れなかった。
 やはり人形状態のままだったのだ。
 そして俺は、深いことは何も考える事ができないのに、ただひたすら幸せだった。
 いや幸せだと思いこんでいたと言ったほうが正しいのだろう。

 だが、偽りは、やがて破綻する。
 俺は、ぎくっとして目が覚めた。
 最初に気付いた事は、サウンドメモリープレイヤーが完全に停止していた事だった。
 それから自分がどこにいるかを思い出した。
 俺は、鏡で自分の姿を見た。
 俺はマネキンが自分を見返しているのを見た。
 そして俺は、そのマネキンが自分であるのを思い出した。

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