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最終章

77: 美馬の刺客

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 丑虎巡査部長は、自分に割り当てられたプロファイリングの役目以外の時間を、全てパペッターを追う事に割り当て、奔走していた。
 6係の主な攻勢先は門戸陥落後、蓮華座関係に集中しているが「自分にはパペッター」だという自覚があったからだ。
 それにBAT事件の再調査を始めた頃と現在では、パペッターに関する情報量は微々たるものであっても確実に増えている。
 例えば真栄田陸にしても壇伊玖磨にしても、パペッターは、彼らパペットの性癖・性格を確実に把握、更にターゲットになる人物の行動パターンを読み込んだ上でパペット達を操作している事が判った。
 その視点で、今までの事件を洗い直してみると、パペッターが残した行動の足跡がある程度浮かび上がってくるのだ。
 警察犬はその嗅覚で犯人を追うが、丑虎巡査部長はそのプロファイリング能力で犯人を追うのだ。

 丑虎巡査部長は聞き込み活動中に、昼食をと、立ち食いそば屋に入っていた。
 店内に置かれてあったTVで流れている情報バラエティ番組を何気なく眺めていた。
 そして天ぷら蕎麦に掛けようとしていた七味の瓶を、思わず取り落としそうになった。
 TVには「女性アイドルグループのお気に入り女性の顔に似せて整形しようとする男性オタクファンの姿」が映し出されていた。
 その時、丑虎巡査部長が普段内に抱えていたモヤモヤが形になって現れたのだ。

 ファックパペットを始末したパペッターが、何故か指尻女史とは距離を置こうとしているのは判っていたが、その理由が今まで判らなかった。
 ひょっとしてパペッターは指尻女史に個人的な好意を持っているのか?その可能性は頭の中に入っていた。
 だがそんな柔らかな理由で、人を殺すことを何とも思わないパペッターが、指尻殺害を踏みとどまるのだろうか?
 『そうなんだ!パペッターは、指尻さんが好きすぎて、指尻さんそのものになりたがっているんだ。だから自分が指尻さんになれるまで、指尻さんを殺さない。いや殺せないんだ。』
 だがそんな丑虎巡査部長の気付きも、彼の捜査活動そのものには大きな進展をもたらさなかった。
 パペッターには「顔」がない。
 それが、一番大きかった。


 その夜、丑虎巡査部長は久しぶりに自宅で眠るつもりになっていた。
 思えば6係に配属されてから、署で寝泊まりする事が多くなり、今では自宅で寝たからといって特に疲れが取れる訳ではないという状態にまでなっていた。
 そんな中、彼が自宅で寝ようと思ったのは、パペッター捜査での行き詰まりの気分転換でしかなかったのだが、、。

 丑虎巡査部長の自宅があるどれも同じ形をしたアパート建築の群れの入り口に至る為には、結構な広さのある公園を迂回するか横切る必要がある。
 昔はこのアパート群にも結構な入居者数があって、この公園も賑わっていたらしいが、現在では夜には近寄りたくない場所になってる。
 もちろん丑虎巡査部長は、距離が短縮できる公園の中を通る道を選んだ。
 6係の猛者達と比較すると丑虎巡査部長の戦闘能力は見劣りするが、それはあくまで6係内で比較しての事だ。
 6係のあだ名・トリプルシックスに引っ掛け、「6係武道段位合計66」とも言われているが、丑寅巡査部長もその内の幾つかを稼いでいる。
 彼は全国警察剣道大会で準優勝をした五段の腕前なのである。
 上段の構えから片手で打ち込む「面」を得意として、強い踏み込みで長身の強靱な体から繰り出す竹刀は横へ大きくしなり、「軌道が見えない」と、対戦相手に言わしめたこともある。

 光の乏しい公園の半ばに達した時、前方の遊歩道横の立木の影から、一人の男がヌッと出てきた。
 次に丑虎巡査部長の前に立ちはだかった。
 手には二本の長い棒のようなものをぶら下げている。

「、、、6係の丑虎北斗さんですよね?」
「そうだが、あんた、誰だ?」
 丑虎巡査部長は人差し指で眼鏡を少し押し上げた。
「美馬ん所の斬鉄斉彬と言います。いえね、丑虎さんにちょっとこいつの稽古を付けて貰おうと思いましてね。」
 斬鉄斉彬と名乗った男は、手にぶら下げていた棒状のモノを前に持ち上げて見せた。
 二振りの木刀だった。

「斬鉄斉彬。知ってるよ。組織の切り込み隊長とか呼ばれているらしいな。あんたのは、剣道というより剣術なんだろう?」
 美馬の所のデータなら全て丑虎巡査部長の頭の中に入っている。
「さすが、よくご存じで、いや何、剣術っても田舎剣法で流派を言っても皆さん首をかしげますけどね。だからこうして、全国警察剣道大会準優勝の丑虎さんに教えを乞いに来てる。」
 斬鉄斉彬はそう言うと、木刀を一本、丑虎巡査部長に投げて寄越した。
 丑虎巡査部長はそれを空中で掴んだ。

 相手の意図は判っている。
 美馬の6係への意思表示だ。
 お前達がやるつもりなら、我々もやる。そういう事だ。
 ついに美馬が表面だって動き始めて来たのだ。
『だが、何故、最初に私なんだ?』
 これが「剣」でなければ、丑虎巡査部長はもっと冷静でいられたに違いない。
 丑虎巡査部長のプライドは、もっと別の所にある。
 彼が相手に侮られたと血を滾らせるのは、もっと違う部分だ、、例えばパペッターとの知略勝負、、。
 だが今は違った。
 連日のパペッター捜査の空振り、その苛立ちが背景にあったかも知れない。
 丑虎巡査部長は、木刀を上段に構えた。

 構えた途端に、斬鉄が踏み込んできた。
 剣道の試合のような行動様式などまるでない。
 もちろん丑虎巡査部長も、そんな事は考えていなかった筈だ。
 第一、彼の磨き上げれた剣道技術スタイルも、既に6係に入ってからは実戦用に完全に崩れていた。
 なのに、それよりも斬鉄の踏み込みの方が早かった。
 丑虎巡査部長は、辛うじて斬鉄の木刀を受けて押し合うようにシノギを削った。
 埒が開かないと、双方が引いて木刀の激しい打ち合いをした。
 真剣なら火花が飛んでいたであろう。
 これも互角、そう思えて、両者は再び距離をとって間合いを確かめあった。

 ・・と、そう丑虎巡査部長は思ったのだが、それは違った。

 遠間に引いた斬鉄が、薄闇の中で嘲笑にその顔をゆがめたのだ。
『お前は、その程度か?6係の丑虎はたいしたことないな。』
 丑虎巡査部長の頭に血が上った。
 それからは闇雲に打ち、横に凪ぎ、突いた。
 辛うじてその無駄な動きは、丑虎巡査部長が過去に積み上げた剣道への鍛錬のお陰で格好だけはついていたが、ただそれだけだった。

 斬鉄は、もう飽きたと言わんばかりに、丑虎巡査部長の木刀を巻き取るように弾き飛ばすと、最後の一撃を彼に加えようとした。
 その刹那、斬鉄の身体が黒い影に包み込まれふわりと浮き上がった。
 そして次の瞬間には、斬鉄の身体は遊歩道の路面に叩き付けられていた。
 怪獣、御白羅真がそこに立っていた。

「大丈夫か?」
「くそ!この怪獣、見て判らないのか!」
 悔しいのやら、情けないのやら、嬉しいのやら、なにやら訳の判らない感情で、丑虎巡査部長の端正な顔はくちゃくちゃになっていた。
「・・お前、指尻さんのガードについてるんじゃないのか?」
 丑虎巡査部長は痺れたようになっている手を握ったり開いたりして、そう言った。

「非番の時もある。」
「非番の時は、私の後をつけまわしているのか?」
 ようやく丑虎巡査部長の頭が平常運転しはじめたようだ。
「今はな。現に美馬んところの人間を一匹潰せた。」
「、、、勝手にしろ。それに、こいつどうするんだ。ウチに引っ張っていくんならお前がやれよ。」
「このままでいい。どうせ何も喋らないだろうし、喋ったとしても大した内容じゃない。」
「こいつを放って置いたら、今度はお前に復讐に来るかもな。」
「、、今度は殺す。」
「ああ、やってやれ。死なない程度にな。」
 丑虎巡査部長は呆れたように肩をすくめた。




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