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異世界の話を聞くには、膝に乗る必要がある
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日に日にロルガの起きている時間が伸びていく。一緒に料理をして食事を終えても、すぐには寝ないことが増えた。俺一人のときは食糧庫で探検ごっこをしたり、暖炉の前で踊ったりしていたが、流石にロルガがいるとできない。自然と二人で話をすることが増えた。お互いに素性を打ち明けたこともあり、遠慮なく質問ができるようになったから話題は尽きない。
ロルガの話は当たり前だが、何を聞いてもファンタジーの世界でワクワクする。眠くなるまでの間、暖炉の間のソファで話を聞くのが最近の楽しみになりつつある。
「学校はある?」
「貴族の子弟を集める王立の学園があるが、俺は行ったことがない。そもそも設立の趣旨が人質の確保みたいなものだからな」
「こっわ。じゃあ勉強はどうするの?」
「王家の人間には幼少期より、各分野の専門家である指導役がつく」
「え~じゃあ、帰り道にリコーダー吹きなが——ふわぁ……あ、やば、眠い」
こみあげてくるあくびを噛み殺せばどうにかなるが、一度でも大口を開けるともう起きていられない。グラグラと左右に揺れ出す体をロルガに抱き上げられ、ベッドルームへと連れて行かれる。
「あり、がと」
睡魔と戦いながらそう言うと、俺を抱くロルガの腕に力が込められる。人へと戻る震えを全身で味わいながら、深い達成感の中眠りへと落ちていく。
そんな日々のせいか、いよいよロルガの胸の部分が人へと戻り出した。
膝の毛皮がどんどん面積を減らす中で、これ以上は目のやり場に困るなと思っていたので、ホッとした。
できればロルガにも腰布を巻いてほしいのだが、絶対に渋い顔をされるとわかっているし、下手したら俺の巻いている布を没収されそうなので、目をそらしてやり過ごしている。毛皮があればだいぶ目眩しになるので助かる。それでも、存在感はかくしきれないのだが……。
人の肌と毛皮がちょうど半分ずつになったロルガの膝は複雑な座り心地をしている。いや、俺だってそんなもの知りたくなかった。もう乗らないと強く突っぱねたのだが、そこにはやむを得ない事情というものがある。
あるとき、いつものように食後のおしゃべりをしようと質問を考える俺にロルガは、「話をしたくない」と言い出した。
「えー! なんでぇ?」
「途中で寝るやつには話はしない。俺の膝に乗るなら起こしてやれるがどうする?」
「うぐ……」
俺の返事を待つロルガは勝ち誇った顔をする。絶対に思い通りになりたくないと思うが、もう俺はロルガの語る話の虜になっていた。
「……乗ります」
ふわふわな毛皮とハリのある素肌を同時に触れるのは尻で、腰に巻いた薄い布を一枚挟んでもその感触は生々しい。気にしないようにしているが、努力虚しく俺の体は緊張してしまう。向かい合って座るせいで内ももを毛先にくすぐられ、いつの間にかにじんだ汗が人の肌を密着させる。
落ち着かない様子の俺をロルガは面白がっていた。
「やっぱり、降りたい」
「絶対に途中で寝るなよ? いや、寝ても良い。それはそれで楽しい」
何かを企む笑みに背筋が冷える。俺の常識から大きく外れた感覚を持つ男の“楽しい”は絶対に俺の楽しいじゃない。
「やっぱりこのままでいいです……」
「さて、今日は何が聞きたい?」
ロルガの問いに、俺は用意していた質問をぶつける。これぞ、ファンタジー。ずっと気になっていた質問だ。
「ロルガはどんな魔法が使えるの?」
「俺は使えないぞ」
「え……うそ…………うわっ」
急に膝を揺らされ、姿勢を崩した俺は慌てて手を伸ばす。さらにロルガは膝を揺らすから、俺はバランスを取ろうと腕をぐるぐるまわした。
「ひぃ、わ、あ、怖いってば!」
右に左に傾く体が倒れないようにロルガの胸に手をつく。恐怖に汗を握った手のひらがひたり、と張り付く感触にもう毛皮がないのだと改めて思う。
ひとしきり俺に悲鳴をあげさせて満足したらしく、ロルガは膝を揺らすのをやめた。
「魔法など使えなくても困ることはない」
太々しい顔を見せるが、いつもの自信に満ち溢れた表情とは少し違う。魔法を使えないと聞いた俺がガッカリしたせいでプライドを傷つけられたのかもしれない。そう思ったらなんとなく愉快な気分になった。
「ロルガにもできないことがあるなんて意外だ」
「こればっかりは仕方ない」
「才能がないってこと?」
挑発的なことを言ってみるが、堪えた様子はない。
「国の安寧には必要なことだ」
「くにのあんねい……?」
「俺はこの通り見目麗しく、体格にも恵まれた。記憶力も良く、頭の回転も良い。これ以上力があったら、誰も止められないだろう? 万が一のとき、魔術師や魔女が暴走を防げるように俺は魔法を使えない。ということだ。強すぎる権力者は平和を乱しかねない」
あまりに自信に満ちあふれた発言にため息をつくと、それをロルガは同意ととったらしい。目を細め機嫌の良い顔をする。
「だから不思議だ。そんな重要なものもなしにナルセの国が成り立っているなんて理解できない」
「それは選挙が——ふぁ、あ、やばい、やばい」
ロルガに揺らしてもらい、すんでのところであくびを逃すことに成功した。
「ここにないものが代わりにあるから、平和が保たれていると言うことはわかった」
「うん、そういうことにして。あんまり政治の話は得意じゃない」
「魔法の話なんて俺にしてみれば、まさに政治の話だがな」
「俺には夢のある話だけど。俺ができないことが色々できるんだろうなぁって想像するだけで楽しい」
「お前は想像するのが好きだな……」
渋い顔をするロルガにギクリとする。絶対に何かを誤解されている気がする。
「いやらしいことじゃないからね?!」
「カーテンを売っていたものがよく言う」
「普通の仕事だってば」
「じゃあ、聞かせろ。お前が官能的な仕事をしていたかどうか判定してやる」
ロルガの話は当たり前だが、何を聞いてもファンタジーの世界でワクワクする。眠くなるまでの間、暖炉の間のソファで話を聞くのが最近の楽しみになりつつある。
「学校はある?」
「貴族の子弟を集める王立の学園があるが、俺は行ったことがない。そもそも設立の趣旨が人質の確保みたいなものだからな」
「こっわ。じゃあ勉強はどうするの?」
「王家の人間には幼少期より、各分野の専門家である指導役がつく」
「え~じゃあ、帰り道にリコーダー吹きなが——ふわぁ……あ、やば、眠い」
こみあげてくるあくびを噛み殺せばどうにかなるが、一度でも大口を開けるともう起きていられない。グラグラと左右に揺れ出す体をロルガに抱き上げられ、ベッドルームへと連れて行かれる。
「あり、がと」
睡魔と戦いながらそう言うと、俺を抱くロルガの腕に力が込められる。人へと戻る震えを全身で味わいながら、深い達成感の中眠りへと落ちていく。
そんな日々のせいか、いよいよロルガの胸の部分が人へと戻り出した。
膝の毛皮がどんどん面積を減らす中で、これ以上は目のやり場に困るなと思っていたので、ホッとした。
できればロルガにも腰布を巻いてほしいのだが、絶対に渋い顔をされるとわかっているし、下手したら俺の巻いている布を没収されそうなので、目をそらしてやり過ごしている。毛皮があればだいぶ目眩しになるので助かる。それでも、存在感はかくしきれないのだが……。
人の肌と毛皮がちょうど半分ずつになったロルガの膝は複雑な座り心地をしている。いや、俺だってそんなもの知りたくなかった。もう乗らないと強く突っぱねたのだが、そこにはやむを得ない事情というものがある。
あるとき、いつものように食後のおしゃべりをしようと質問を考える俺にロルガは、「話をしたくない」と言い出した。
「えー! なんでぇ?」
「途中で寝るやつには話はしない。俺の膝に乗るなら起こしてやれるがどうする?」
「うぐ……」
俺の返事を待つロルガは勝ち誇った顔をする。絶対に思い通りになりたくないと思うが、もう俺はロルガの語る話の虜になっていた。
「……乗ります」
ふわふわな毛皮とハリのある素肌を同時に触れるのは尻で、腰に巻いた薄い布を一枚挟んでもその感触は生々しい。気にしないようにしているが、努力虚しく俺の体は緊張してしまう。向かい合って座るせいで内ももを毛先にくすぐられ、いつの間にかにじんだ汗が人の肌を密着させる。
落ち着かない様子の俺をロルガは面白がっていた。
「やっぱり、降りたい」
「絶対に途中で寝るなよ? いや、寝ても良い。それはそれで楽しい」
何かを企む笑みに背筋が冷える。俺の常識から大きく外れた感覚を持つ男の“楽しい”は絶対に俺の楽しいじゃない。
「やっぱりこのままでいいです……」
「さて、今日は何が聞きたい?」
ロルガの問いに、俺は用意していた質問をぶつける。これぞ、ファンタジー。ずっと気になっていた質問だ。
「ロルガはどんな魔法が使えるの?」
「俺は使えないぞ」
「え……うそ…………うわっ」
急に膝を揺らされ、姿勢を崩した俺は慌てて手を伸ばす。さらにロルガは膝を揺らすから、俺はバランスを取ろうと腕をぐるぐるまわした。
「ひぃ、わ、あ、怖いってば!」
右に左に傾く体が倒れないようにロルガの胸に手をつく。恐怖に汗を握った手のひらがひたり、と張り付く感触にもう毛皮がないのだと改めて思う。
ひとしきり俺に悲鳴をあげさせて満足したらしく、ロルガは膝を揺らすのをやめた。
「魔法など使えなくても困ることはない」
太々しい顔を見せるが、いつもの自信に満ち溢れた表情とは少し違う。魔法を使えないと聞いた俺がガッカリしたせいでプライドを傷つけられたのかもしれない。そう思ったらなんとなく愉快な気分になった。
「ロルガにもできないことがあるなんて意外だ」
「こればっかりは仕方ない」
「才能がないってこと?」
挑発的なことを言ってみるが、堪えた様子はない。
「国の安寧には必要なことだ」
「くにのあんねい……?」
「俺はこの通り見目麗しく、体格にも恵まれた。記憶力も良く、頭の回転も良い。これ以上力があったら、誰も止められないだろう? 万が一のとき、魔術師や魔女が暴走を防げるように俺は魔法を使えない。ということだ。強すぎる権力者は平和を乱しかねない」
あまりに自信に満ちあふれた発言にため息をつくと、それをロルガは同意ととったらしい。目を細め機嫌の良い顔をする。
「だから不思議だ。そんな重要なものもなしにナルセの国が成り立っているなんて理解できない」
「それは選挙が——ふぁ、あ、やばい、やばい」
ロルガに揺らしてもらい、すんでのところであくびを逃すことに成功した。
「ここにないものが代わりにあるから、平和が保たれていると言うことはわかった」
「うん、そういうことにして。あんまり政治の話は得意じゃない」
「魔法の話なんて俺にしてみれば、まさに政治の話だがな」
「俺には夢のある話だけど。俺ができないことが色々できるんだろうなぁって想像するだけで楽しい」
「お前は想像するのが好きだな……」
渋い顔をするロルガにギクリとする。絶対に何かを誤解されている気がする。
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