営業先は異世界! 限界社畜は熊さんとおやすみ♡

万年青二三歳

文字の大きさ
29 / 56

一人で感じて、一人で考える

しおりを挟む
 初めてのイフュムス以来、いつもロルガと一緒に入っていた燻製小屋に一人で入ると、やけに暗く感じた。何がどこにあるのか知っている狭い空間なのに歩みが遅くなる。背後の気配を探せないように一番上の段に乗り、それでも心細くてたまらない。いつもは寝転がり手足を伸ばして熱気を楽しむが、体を丸めて膝を抱きしめる。両手に感じる肌の感触を違う、と思うが、何と比べているのかわからなかった。
 一人分の呼吸音、汗の垂れる音。どんなに感覚が鋭くなっても、わからないことはわからないままで、思考も感情も整理されない。
 いつものような爽快感は得られないまま、サウナ浴を終えた。
 燻製小屋を出て部屋に戻ると、ロルガはベッドルームにいた。
 ロルガには、はっきりと言わなかったが、俺が素肌を晒すことに抵抗を感じていると気がついているのかもしれない。単なる偶然でも助かった。洗面所で汗を拭い、火照りを覚ましてからシャツを着る。ノックをして、ベッドルームに呼びかけた。
「食事にする? ルル」

 一口サイズに切られた薄パンに乗せられるハムは薄切り。
 イフュムスの食事の時は、ダイニングテーブルではなく暖炉の前の床に直接座る。ソファーに寄りかかり、床に並べた料理に手を伸ばす。ピクニックみたいなスタイルがサウナ浴後の気だるい体にはちょうどよかった。
「これ、うまいな」
 ロルガは俺の注いだ水を飲んでいた。
 傍に置いたピッチャーの中にはドライフルーツが入っている。なんとなく思いつきでやってみたが、時間が経つとドライフルーツが水を吸ってふやけ、水には甘味が溶け込んだ。
「気に入ったのならよかった。初めてやってみたから」
「そうか。前のところでやっていたのかと思った」
 一瞬、ロルガに何を言っているのかわからなかった。一呼吸置いてから、あぁ、自分は初めからここにいるのではなかったな、と思い出す。最近はうっかり向こうでのことを口にして眠ることも減った。意図的に考えて眠ることはたまにあるが。
「じゃあ、これの味も知らないのか?」
 柔らかくなったドライフルーツをロルガがつまみ上げていたので頷くと、小さく切ってこちらに差し出した。手を出して受け取ろうとしたら唇に押し付けられ、隙間からねじ込まれる。気恥ずかしさを誤魔化すように口の端に垂れた水滴をなめとった。
「けっこうやわらかくなるもんだな」
 ロルガは俺に食べさせたのと同じ指で残りを食べ、指先についた水滴を吸う。何でもないはずなのに、目で追うのをやめられなかった。
 俺の視線に気がついたロルガが口を開きかけたのを封じるように俺は話し始める。
「あ、そういえばさ、ここに一人でいる時に窓の外を見てたんだけど、遠くに人がいたんだ。手を振っているように見えたから、振ってみたんだけど、見えたかな? この辺りに人が住んでるなんて考えたこともなかったから、びっくりした」
「そうか…………——」
「え?」
「なんでもない」
 聞き返した俺に、ロルガはゆっくりと首を横に振った。暖炉の炎を照らし出す横顔は何かを考え込んでいるようだったが、それ以上はなにも聞けないまま、食事を終えた。

 ベッドルームに入ると、満ちた空気の冷たさに自然と体が震えた。
 ロルガの腕が俺に絡みつき、抱き寄せられる。同じ燻製小屋にいたはずなのに、自分の体とは違う香りがロルがからするのに気がつく。お互いを包む煙の香りが混ざり合ってひとつになる。すぐに聞こえてくる寝息を確かめると、そっと視線を上げてロルガを見上げた。
 さっき、本当は聞き返さなくてもロルガがなにと言ったのか聞こえていた。ただ、意味がわからない。
 ——面倒なことになりそうだ
 どうして? 何を考えた?
 聞けないのは、すでにロルガが何かを俺に隠していると気がついているからだ。
 春がやってきて、深く積もっていた雪もほとんど溶けた。気温は上がる一方なのに、なぜかこの家の中は反対に寒くなっていく。深い雪に埋もれている間も腰布一枚で過ごせるほど温かかったのに。
「なんだか、寒いね」
「そうか」
 何も考えずにそう言った俺に短く答えたロルガはさっきと同じ表情を浮かべていた。
 いつでも、はっきりと言うのに何を黙っているのか。
 聞きたいけど、聞けないままでいる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

処理中です...