てのひらは君のため

星名柚花

文字の大きさ
2 / 87

02:名前呼び!?

しおりを挟む
 外の暑さを忘れるほど涼しい成瀬家の居間で、私は成瀬兄弟と一緒に座卓を囲んでいた。
 座卓の上には三つのアイスが置かれている。
 私と成瀬くんはバニラ、葵先輩はチョコ味だ。

「深森さんのお家は食堂をやってるんだ。なんていうお店?」
 私の向かい、右斜め前に座っている葵先輩が質問してきた。

 中性的な顔立ちに、落ち着いた茶色のフレームの眼鏡。

 抜群に美しい彼は、急にお邪魔した私を嫌な顔一つせず招き入れてくれた。
 私の体調を心配し、冷たいお水を出し、楽しい会話で和ませてくれた。

 葵先輩は本当に素晴らしい人だ。
 他校にまでファンがいるというのも納得だった。

「そのまま深森食堂です。おじいちゃんがやっていたのをお父さんが脱サラして引き継いだんです。それなりに繁盛してるんですけど、ギリギリの価格で営業してるから、人手が足りなくて。私は小学生の時から手伝ってました」
「深森さんは偉いねえ」
 感心したように葵先輩は言った。

「良かったら是非来てください。助けていただいたお礼に、ごちそうします」
「だって、漣里。お言葉に甘えて行ってみたら?」
「気が向いたら」
 成瀬くんは葵先輩の隣でアイスを口に運びながら、淡々と言った。

「うん、来てくれたら嬉しい。成瀬先輩も、良かったら来てくださいね」
「それはお願いかな?」
 葵先輩はいたずらっぽい眼差しで私を見つめた。

「? はい」
 視線の意味がわからず、内心で首を傾げる。

「じゃあ、行くと約束する代わりに、僕もお願いがあるんだけど。葵先輩って呼んでくれない? 僕も漣里も名字が一緒だから、ややこしいんだよね」
 葵先輩は子どものように笑った。

 な、名前呼び……!?
 私は見たことのない種類の葵先輩の笑顔と、その台詞に衝撃を受けた。
 誰もが憧れる学校の王子様を、この私が、一般庶民である私が、名前呼びしていいの?

「よ、よ、呼んでいいんですか? 私が? 成瀬先輩を? お名前で?」
「そんなに大げさなこと?」
 震えながら尋ねると、葵先輩は苦笑した。

 大げさなことです。
 あなたに憧れている女子がその特権を与えられたら、嬉しくて卒倒しかねません。
 それほどの大事件です。

「呼びにくいんだったら僕も深森さんじゃなく真白さん……いや、なんだか他人行儀だね。真白ちゃんって呼んでもいい?」
 な、名前で呼ばれてしまった……。
 彼のファンに聞かれたら、冗談抜きで刺されるかもしれない。

「あ、あの、えっと、同じ学校の生徒がいないところでしたら、どうぞ」
「じゃあ遠慮なく、真白ちゃんで」
「……はい」
 なんだか照れてしまう。

 い、いいのかな?
 彼女でもないのにこんな特権与えられて……。

「それでは、私も葵先輩と呼ばせて頂きます……」
 私はぎくしゃくとした動きでアイスを口に運んだ。

「うん。それで」
 葵先輩はにこにこしながら、成瀬くんを見た。

「漣里も名前で呼んでもらったら?」
「え、良いんですか?」
「好きにすれば」
 成瀬くんはそっけない。

「……それじゃあ、漣里くんって呼んでもいいかな?」
「好きにすればって言った」

 あまりにも彼がクールなので、いたずら心が生まれた。

「好きに呼んでいいなら、呼び捨てにしちゃおうかな」
「どうぞ」
 冗談のつもりだったのに、成瀬くんは即答した。
 この反応には私のほうが焦ってしまった。

「いえ嘘です! 冗談ですごめんなさい! 調子に乗りました!」
「撤回するくらいなら言わなきゃいいのに」
「はい……」
 私はしゅんと項垂れた。
 駄目だ、成瀬くんに冗談は通じない。

「ええと、やっぱり漣里くんって呼ばせてもらうね」
 成瀬くん、もとい、漣里くんはもう何も言わなかった。
 我関せずとばかりにアイスを食べている。

 本当にクールな人だよね……。
 人当たりのいい葵先輩とは違って、愛想が全然ない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

未来スコープ  ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―

米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」 平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。 それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。 恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題── 彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。 未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。 誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。 夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。 この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。 感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。 読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。

未来スコープ  ―この学園、裏ありすぎなんですけど!? ―

米田悠由
児童書・童話
「やばっ!これ、やっぱ未来見れるんだ!」 平凡な女子高生・白石藍が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。 それは、未来を“見る”だけでなく、“触れたものの行く末を映す”装置だった。 好奇心旺盛な藍は、未来スコープを通して、学園に潜む都市伝説や不可解な出来事の真相に迫っていく。 旧校舎の謎、転校生・蓮の正体、そして学園の奥深くに潜む秘密。 見えた未来が、藍たちの運命を大きく揺るがしていく。 未来スコープが映し出すのは、甘く切ないだけではない未来。 誰かを信じる気持ち、誰かを疑う勇気、そして真実を暴く覚悟。 藍は「信じるとはどういうことか」を問われていく。 この物語は、好奇心と正義感、友情と疑念の狭間で揺れながら、自分の軸を見つけていく少女の記録です。 感情の揺らぎと、未来への探究心が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第3作。 読後、きっと「誰かを信じるとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。

カリンカの子メルヴェ

田原更
児童書・童話
地下に掘り進めた穴の中で、黒い油という可燃性の液体を採掘して生きる、カリンカという民がいた。 かつて迫害により追われたカリンカたちは、地下都市「ユヴァーシ」を作り上げ、豊かに暮らしていた。 彼らは合言葉を用いていた。それは……「ともに生き、ともに生かす」 十三歳の少女メルヴェは、不在の父や病弱な母に代わって、一家の父親役を務めていた。仕事に従事し、弟妹のまとめ役となり、時には厳しく叱ることもあった。そのせいで妹たちとの間に亀裂が走ったことに、メルヴェは気づいていなかった。 幼なじみのタリクはメルヴェを気遣い、きらきら輝く白い石をメルヴェに贈った。メルヴェは幼い頃のように喜んだ。タリクは次はもっと大きな石を掘り当てると約束した。 年に一度の祭にあわせ、父が帰郷した。祭当日、男だけが踊る舞台に妹の一人が上がった。メルヴェは妹を叱った。しかし、メルヴェも、最近みせた傲慢な態度を父から叱られてしまう。 そんな折に地下都市ユヴァーシで起きた事件により、メルヴェは生まれてはじめて外の世界に飛び出していく……。 ※本作はトルコのカッパドキアにある地下都市から着想を得ました。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

【完結】またたく星空の下

mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】 ※こちらはweb版(改稿前)です※ ※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※ ◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇ 主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。 クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。 そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。 シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。

【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ

☆ほしい
児童書・童話
【第3回きずな児童書大賞で奨励賞をいただきました】 魔法が学べる学園の「製菓科」で、お菓子づくりに夢中な少女・いちご。周囲からは“落ちこぼれ”扱いだけど、彼女には「食べた人を幸せにする」魔法菓子の力があった。 ある日、彼女は冷たく孤高な“氷の王子”レオンの秘密を知る。彼は誰にも言えない魔力不全に悩んでいた――。 「私のお菓子で、彼を笑顔にしたい!」 不器用だけど優しい彼の心を溶かすため、特別な魔法スイーツ作りが始まる。 甘くて切ない、学園魔法ラブストーリー!

処理中です...