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女傭兵とレイピア(中編)
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「……ヒマね」
赤金髪の髪に、琥珀色の髪を持った少女がカウンターに突っ伏しています。
鍛冶店は、本日も閑古鳥の大満員です。頼まれていた修理の依頼は、先日ひととおり済ませてしまったので、何もすることがありません。
「店番をしててあげようか?」
窓際の椅子に座っていたレオンが言いました。
「いいの、ヒマでもちゃんとお店は開けとくっていう決まりなんだから」
「前々から思ってたけど、フィリアはそのへんは律儀なんだね」
「自分で決めたことは守りたいの――ん……?」
フィリアの耳に、トタトタという足音が聞こえてきました。
聞き覚えのある足音を出迎えるべく、フィリアは扉のところまで出ていきます。
「やっほー、イロリ、ナ……」
片手をあげて出迎えたフィリアは、そこにいた人物を見てぽかんと口を開きます。
扉の前には、親友とは全く違う風貌の鎧姿の女性が立っていました。
「……なにか?」
こっちを見下ろしている女性に気圧されるようにしていると、
「フィリア! お客様ですわよ!」
外開きになった扉の影からイロリナが顔をのぞかせました。
今日はいつもの仕立てのいい服ではなく。地味な色をした作業着姿です。
「あ……こ、こんにちは! ようこそいらっしゃいました!」
久しぶりのお客を前にしてフィリアはぎこちない挨拶をかえしました。
◆◆◆
「綺麗な刀身……これは高硬度魔法……地属性魔法を限界まで高めることによって自然界では成し得ない超高密度の刀身を鍛造する……! それなのにこの薄さ……! すごいっ……! すごいすごいすごい……っ!!!」
刀身を見たフィリアは、さかんに美しさを褒めちぎります。
すっかり自分の世界に入っているフィリアをみて、レオンはこめかみを押さえます。
「構わないよ。私にとって剣は半身みたいなものだからね。褒められて悪い気はしないよ」
それに気がついたランがいいました。
お世辞というわけでもなく、本当にうれしそうです。
「なるほどこれで切れないっていうのは確かにおかしいわね……」
イロリナからも大体の事情を聞いたフィリアは胸を張ります。
久々の魔具の周囲の依頼に、いつも以上に気合が入っているようです。
「では、初めていきますが……笑わないでくださいね?」
「笑う? 何をするんだ?」
「ちょっと信じられないかもしれませんけど……私、物と喋ることができるんです」
「……物と喋る?」
「あはは、まぁ信じて貰えないですよね」
「こっちに付喪神みたいな言い伝えがあるのか?」
「ツク……? まぁ、言い伝えというか……知っている人が少ないって感じですけど」
「ふむ……まぁ。とにかく、治せるならなんでも頼む」
「はい。では……おほん――こんにちは。ご機嫌いかがですか?」
フィリアは両手で抱えた剣に向かって声をかけます。
しかし何も聞こえてきません。
四人のうち、三人に聞こえないのならともかく、フィリアの耳にも何も聞こえません。
「フィリア、なんて言ってるんですの?」
「……すみません。ちょっと奥の部屋でやらせてください」
一瞬、首を傾げたフィリアは立ち上がって奥の部屋へと向かいます。
「ごめん」
ついてこようとしたイロリナを、フィリアがやんわりと押しとどめます。
◆◆◆
「あの、ちょっといいでしょうか?」
フィリアがいなくなって三人だけとなった部屋で、レオンが言いました。
「何かな?」
「……その紋章なんですけど」
レオンが指し示したのは、ランの鎧の一点です。
「どれですの?」
「ここだよ。ここだけ丸く囲んであるでしょ?」
「……言われて見ればそんな風にも見えますわね」
レオンの指先を見ながらイロリナがつぶやきます。
鎧そのものに、デザインとしてのラインや掘り込みなどがあしらわれていますが、よく見て見るとその部分だけが、丸く囲まれていて“一つの模様”として独立しているように見えます。
「―――これがどうかしたのか?」
「ええと……聞いていいのか分からないんですけど……」
レオンは少し視線を動かし、それから言いました。
「どうして貴族の方が傭兵なんてことを?」
「……貴族?」
はてな、といった顔をするイロリナの前で、ランが目を見開きます。
「これを知ってるのか」
「前に本で読んだことがあります。こっちで知ってる人はほとんどいないと思いますけど」
「そうか……そうだろうな……でも君は知っていたか……そうか」
「すみません、なにか悪いことを聞いてしまいましたか……?」
「いや、そんなことはない。うん……むしろ、嬉しいぐらいだよ」
「これ『舞鶴』ですよね?」
「そうだ、良く知っているな」
「じゃああなたは……」
「あの、二人ともいったい何の話を……?」
自分一人置いてけぼりとなっているイロリナが、レオンのそでを軽く引っ張ります。
「カチョウってあるでしょ?」
「ええ……東にある国ですわよね」
「これはカチョウの貴族の間で伝わっている『家紋』っていうものなんだ。こっちでいう国章みたいな感じかな。カチョウにも国章はあるけど、それ以外にも一つの家につき、その家を示す家紋っていう紋章があるんだ」
「はぁ」
「家紋はどの家にもあるわけじゃなくて、しっかりとした家柄、貴族の家系にしかないんだ。代々伝わってきた家紋はとても大切にされていて、色々なところにシンボルとして描かれてる」
「……オールポート騎士団の盾にエンブルク王国の国章があるみたいに?」
「そういうこと」
「なるほど……いつもながらレオンは物知りですわね」
イロリナが感心したように頷きます。
「それで――」
レオンが続きを言いかけた時、
「中でも『舞鶴』と呼ばれるこの家紋は、カチョウで最も歴史のある紋様と言われている。ほかの紋章とは明確に区別され、あらゆる面において頭一つ上の扱いを受けることになる」
ランが少しの自嘲を含ませながら言いました。
「まぁ、それも知られていればこその話だが」
「やっぱりあの『舞鶴』なんですか……」
「あの……マイズル、っていうのは一体……?」
「ものすごい名家の紋章。王族ともゆかりのある由緒正しい紋章なんだ」
事態を理解したイロリナは、驚いたような顔をでランの方を見つめます。
そこにはさっきまでとは違った、興味と尊敬の視線がありました。
「そういう視線を貰うのは久しぶりだな。うん、本当に久しぶりだ、昔を思い出すよ」
ランは自嘲気味の笑みを浮かべながら言いました。
◆◆◆
そのころ奥の部屋では、
「あの、こんにちは、お話しても大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫よ」
剣から声が聞こえてきて、フィリアは内心でほっとします。
聞こえてきたのは、ランの性格を思わせるような澄んだ女性の声です。
「よかった。お話できて」
「あなた、わたしの声が聞こえるのね。久しぶりだわ」
「久しぶり……? 私のほかにも道具と話せる人がいるんですか……?!」
その声には期待感が溢れています。
フィリアは、今まで自分以外の道具と話すことの出来る人とは会ったことがありません。大昔の文献に存在はしていたと書かれている、というのは聞いたことがあるだけです。
「ええ、と言っても、今から250年ほど前のことだけど」
「え……ああ、そうですか……」
フィリアはがっくりと肩を落とします。
「でも、あなたと会えてうれしいわ。いつもは話を聞いているばかりだから」
「そうですよね、おしゃべりって楽しいですよね」
「ええ、本当に……誰かが泣いていれば慰めることもできるし……楽しければ一緒に笑いあうこともできる……悩んでいれば話を聞いてあげることもできる……でも、お互いに聞こえないんじゃそれもできない……」
「ランさんのことですか?」
「ランは、ずっと思い悩んでいるの。話を聞いてあげたい、でも私じゃ何もできない。ただランの上っ面をなぞる手伝いをするだけ……」
「……お話してくれますか? ランさんのこと、あなたのこと、わたしが聞きますから」
「ええ、そうする」
剣はひと呼吸入れ、それから話し始めます。
「ランは……蘭舞鶴華麗堂は、華蝶国の出身で、私は舞鶴家の帯刀なの」
「ら、ラン……マ? あの、今なんて……?」
「ああ、ごめんなさい。こっちとは名前が全然違うのよね……ラン・マイズル・カレイドウ。ランの本当の名前よ」
「な、なんかすごい名前ですね……カチョウではそう言う名前の人が多いんですか?」
「……そっか、こっちでは全然知られてないのよね」
ぽつりと呟いたのち、剣は説明を始めました。ちょうど別室でレオンとランが話していたことを合わせたような内容。プラス、もう少し込み入った部分を補完した説明。
それを聞いたフィリアは、
「え、え? つ、つまり……ランさんって……すごいお金持ちのお嬢様ってこと?」
「まぁ、そういうことね」
「え、えええっ? じゃあなんで傭兵なんてやってるの……?」
「…………お姉さんとちょっとね」
赤金髪の髪に、琥珀色の髪を持った少女がカウンターに突っ伏しています。
鍛冶店は、本日も閑古鳥の大満員です。頼まれていた修理の依頼は、先日ひととおり済ませてしまったので、何もすることがありません。
「店番をしててあげようか?」
窓際の椅子に座っていたレオンが言いました。
「いいの、ヒマでもちゃんとお店は開けとくっていう決まりなんだから」
「前々から思ってたけど、フィリアはそのへんは律儀なんだね」
「自分で決めたことは守りたいの――ん……?」
フィリアの耳に、トタトタという足音が聞こえてきました。
聞き覚えのある足音を出迎えるべく、フィリアは扉のところまで出ていきます。
「やっほー、イロリ、ナ……」
片手をあげて出迎えたフィリアは、そこにいた人物を見てぽかんと口を開きます。
扉の前には、親友とは全く違う風貌の鎧姿の女性が立っていました。
「……なにか?」
こっちを見下ろしている女性に気圧されるようにしていると、
「フィリア! お客様ですわよ!」
外開きになった扉の影からイロリナが顔をのぞかせました。
今日はいつもの仕立てのいい服ではなく。地味な色をした作業着姿です。
「あ……こ、こんにちは! ようこそいらっしゃいました!」
久しぶりのお客を前にしてフィリアはぎこちない挨拶をかえしました。
◆◆◆
「綺麗な刀身……これは高硬度魔法……地属性魔法を限界まで高めることによって自然界では成し得ない超高密度の刀身を鍛造する……! それなのにこの薄さ……! すごいっ……! すごいすごいすごい……っ!!!」
刀身を見たフィリアは、さかんに美しさを褒めちぎります。
すっかり自分の世界に入っているフィリアをみて、レオンはこめかみを押さえます。
「構わないよ。私にとって剣は半身みたいなものだからね。褒められて悪い気はしないよ」
それに気がついたランがいいました。
お世辞というわけでもなく、本当にうれしそうです。
「なるほどこれで切れないっていうのは確かにおかしいわね……」
イロリナからも大体の事情を聞いたフィリアは胸を張ります。
久々の魔具の周囲の依頼に、いつも以上に気合が入っているようです。
「では、初めていきますが……笑わないでくださいね?」
「笑う? 何をするんだ?」
「ちょっと信じられないかもしれませんけど……私、物と喋ることができるんです」
「……物と喋る?」
「あはは、まぁ信じて貰えないですよね」
「こっちに付喪神みたいな言い伝えがあるのか?」
「ツク……? まぁ、言い伝えというか……知っている人が少ないって感じですけど」
「ふむ……まぁ。とにかく、治せるならなんでも頼む」
「はい。では……おほん――こんにちは。ご機嫌いかがですか?」
フィリアは両手で抱えた剣に向かって声をかけます。
しかし何も聞こえてきません。
四人のうち、三人に聞こえないのならともかく、フィリアの耳にも何も聞こえません。
「フィリア、なんて言ってるんですの?」
「……すみません。ちょっと奥の部屋でやらせてください」
一瞬、首を傾げたフィリアは立ち上がって奥の部屋へと向かいます。
「ごめん」
ついてこようとしたイロリナを、フィリアがやんわりと押しとどめます。
◆◆◆
「あの、ちょっといいでしょうか?」
フィリアがいなくなって三人だけとなった部屋で、レオンが言いました。
「何かな?」
「……その紋章なんですけど」
レオンが指し示したのは、ランの鎧の一点です。
「どれですの?」
「ここだよ。ここだけ丸く囲んであるでしょ?」
「……言われて見ればそんな風にも見えますわね」
レオンの指先を見ながらイロリナがつぶやきます。
鎧そのものに、デザインとしてのラインや掘り込みなどがあしらわれていますが、よく見て見るとその部分だけが、丸く囲まれていて“一つの模様”として独立しているように見えます。
「―――これがどうかしたのか?」
「ええと……聞いていいのか分からないんですけど……」
レオンは少し視線を動かし、それから言いました。
「どうして貴族の方が傭兵なんてことを?」
「……貴族?」
はてな、といった顔をするイロリナの前で、ランが目を見開きます。
「これを知ってるのか」
「前に本で読んだことがあります。こっちで知ってる人はほとんどいないと思いますけど」
「そうか……そうだろうな……でも君は知っていたか……そうか」
「すみません、なにか悪いことを聞いてしまいましたか……?」
「いや、そんなことはない。うん……むしろ、嬉しいぐらいだよ」
「これ『舞鶴』ですよね?」
「そうだ、良く知っているな」
「じゃああなたは……」
「あの、二人ともいったい何の話を……?」
自分一人置いてけぼりとなっているイロリナが、レオンのそでを軽く引っ張ります。
「カチョウってあるでしょ?」
「ええ……東にある国ですわよね」
「これはカチョウの貴族の間で伝わっている『家紋』っていうものなんだ。こっちでいう国章みたいな感じかな。カチョウにも国章はあるけど、それ以外にも一つの家につき、その家を示す家紋っていう紋章があるんだ」
「はぁ」
「家紋はどの家にもあるわけじゃなくて、しっかりとした家柄、貴族の家系にしかないんだ。代々伝わってきた家紋はとても大切にされていて、色々なところにシンボルとして描かれてる」
「……オールポート騎士団の盾にエンブルク王国の国章があるみたいに?」
「そういうこと」
「なるほど……いつもながらレオンは物知りですわね」
イロリナが感心したように頷きます。
「それで――」
レオンが続きを言いかけた時、
「中でも『舞鶴』と呼ばれるこの家紋は、カチョウで最も歴史のある紋様と言われている。ほかの紋章とは明確に区別され、あらゆる面において頭一つ上の扱いを受けることになる」
ランが少しの自嘲を含ませながら言いました。
「まぁ、それも知られていればこその話だが」
「やっぱりあの『舞鶴』なんですか……」
「あの……マイズル、っていうのは一体……?」
「ものすごい名家の紋章。王族ともゆかりのある由緒正しい紋章なんだ」
事態を理解したイロリナは、驚いたような顔をでランの方を見つめます。
そこにはさっきまでとは違った、興味と尊敬の視線がありました。
「そういう視線を貰うのは久しぶりだな。うん、本当に久しぶりだ、昔を思い出すよ」
ランは自嘲気味の笑みを浮かべながら言いました。
◆◆◆
そのころ奥の部屋では、
「あの、こんにちは、お話しても大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫よ」
剣から声が聞こえてきて、フィリアは内心でほっとします。
聞こえてきたのは、ランの性格を思わせるような澄んだ女性の声です。
「よかった。お話できて」
「あなた、わたしの声が聞こえるのね。久しぶりだわ」
「久しぶり……? 私のほかにも道具と話せる人がいるんですか……?!」
その声には期待感が溢れています。
フィリアは、今まで自分以外の道具と話すことの出来る人とは会ったことがありません。大昔の文献に存在はしていたと書かれている、というのは聞いたことがあるだけです。
「ええ、と言っても、今から250年ほど前のことだけど」
「え……ああ、そうですか……」
フィリアはがっくりと肩を落とします。
「でも、あなたと会えてうれしいわ。いつもは話を聞いているばかりだから」
「そうですよね、おしゃべりって楽しいですよね」
「ええ、本当に……誰かが泣いていれば慰めることもできるし……楽しければ一緒に笑いあうこともできる……悩んでいれば話を聞いてあげることもできる……でも、お互いに聞こえないんじゃそれもできない……」
「ランさんのことですか?」
「ランは、ずっと思い悩んでいるの。話を聞いてあげたい、でも私じゃ何もできない。ただランの上っ面をなぞる手伝いをするだけ……」
「……お話してくれますか? ランさんのこと、あなたのこと、わたしが聞きますから」
「ええ、そうする」
剣はひと呼吸入れ、それから話し始めます。
「ランは……蘭舞鶴華麗堂は、華蝶国の出身で、私は舞鶴家の帯刀なの」
「ら、ラン……マ? あの、今なんて……?」
「ああ、ごめんなさい。こっちとは名前が全然違うのよね……ラン・マイズル・カレイドウ。ランの本当の名前よ」
「な、なんかすごい名前ですね……カチョウではそう言う名前の人が多いんですか?」
「……そっか、こっちでは全然知られてないのよね」
ぽつりと呟いたのち、剣は説明を始めました。ちょうど別室でレオンとランが話していたことを合わせたような内容。プラス、もう少し込み入った部分を補完した説明。
それを聞いたフィリアは、
「え、え? つ、つまり……ランさんって……すごいお金持ちのお嬢様ってこと?」
「まぁ、そういうことね」
「え、えええっ? じゃあなんで傭兵なんてやってるの……?」
「…………お姉さんとちょっとね」
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