1 / 21
瀬戸際の泥棒と窓際の彼女
しおりを挟む
月明かりに照らされて、泥棒はひっそりと、欠伸を噛み殺しながら忍び込む。
絵になる、と甲田悟は思った。
だがそれだけだった。絵になるだけで、それは一流の泥棒とは言わない。二流だ。
一流の泥棒は、月明かりにも照らされてはならない。完全な闇の中で作業をし、ひっそりなどしなくても基本的な行動から音を立てない。意識せずとも無音が基本だ。だから欠伸を噛み殺すこともない。
人々が深い眠りに就いた後が甲田の活動時間だった。それもあって、もうずっと青い空と太陽を見ていない。今日も空には黒い背景に星と月。それらを見ながら甲田は欠伸をする。
一仕事終えた後だった。
忍び込んだ家から、収穫したブツが入った黒い袋を手に持ち路地裏を歩いていた。リュックは開けるときジジジ、とチャックの音が鳴る。両手も空くし機敏に動ける点では適しているが、音が鳴ったら意味がない。その点黒い袋はチャックの音もない。衣擦れの音も上手いことブツと布を密着させればしない。黒い袋が最適だ。
ただ、目立つ。黒い袋をこんな真夜中に大事そうに抱えていれば誰でも泥棒の二文字が頭に浮かぶ。
だから甲田は少し急いでもう一つの大事な仕事をこなしに行く。
閑静な住宅街、というがこんな真夜中ではどこもだいたい閑静だ。閑静な世界。そこに建つ一軒の家。そこに甲田は忍び込む。
いつものように針金を鍵穴に通して解鍵し、ドアを開ける。なるべく足を床に垂直に下ろす。踵から床に触れ、そこからゆっくりと足全体を床につけて行く。染み付いた一連の動きにぎこちなさはない。
家主は二階で寝ているはずだ。
ダイニングキッチンへの扉を開ける。ひっそりとした闇が部屋の隅々まで行き渡っていた。
入ってすぐ左側がキッチンになっていて、水道から垂れる水がボトッと流しに当たる。目の前には4人掛けのダイニングテーブルが置いてある。木目調の高価そうなテーブルだったが、あくまで高価そう、というだけで実際は安物だ、と甲田は思った。
そのダイニングテーブルに、先ほど収穫したブツを置く。
ボトッ。水滴が垂れる音。
今度は冷蔵庫を開ける。音を立てないようにゆっくりと。だが俊敏に。
卵やパンなどの食料を幾つか黒い袋に詰める。
これで仕事は完了だ。
甲田は家から出た。先ほどの家で手に入れたブツはダイニングテーブルに置いたままだ。だが、忘れたわけじゃない。わざとだ。
ブツはブランド物の鞄だった。
この家の家主が一週間前に車上荒らしに遭い盗まれたものだった。
甲田が盗みに入った家が偶然同業者、つまり泥棒の家で、盗んだ鞄が偶然次に忍び込んだ家主の持ち物だったわけではない。
甲田は泥棒専門の泥棒だった。
盗まれた物を盗み返し持ち主の家に持っていき、それと引き換えに食糧を頂いていく。それが甲田悟の仕事だった。
絵になる、と甲田悟は思った。
だがそれだけだった。絵になるだけで、それは一流の泥棒とは言わない。二流だ。
一流の泥棒は、月明かりにも照らされてはならない。完全な闇の中で作業をし、ひっそりなどしなくても基本的な行動から音を立てない。意識せずとも無音が基本だ。だから欠伸を噛み殺すこともない。
人々が深い眠りに就いた後が甲田の活動時間だった。それもあって、もうずっと青い空と太陽を見ていない。今日も空には黒い背景に星と月。それらを見ながら甲田は欠伸をする。
一仕事終えた後だった。
忍び込んだ家から、収穫したブツが入った黒い袋を手に持ち路地裏を歩いていた。リュックは開けるときジジジ、とチャックの音が鳴る。両手も空くし機敏に動ける点では適しているが、音が鳴ったら意味がない。その点黒い袋はチャックの音もない。衣擦れの音も上手いことブツと布を密着させればしない。黒い袋が最適だ。
ただ、目立つ。黒い袋をこんな真夜中に大事そうに抱えていれば誰でも泥棒の二文字が頭に浮かぶ。
だから甲田は少し急いでもう一つの大事な仕事をこなしに行く。
閑静な住宅街、というがこんな真夜中ではどこもだいたい閑静だ。閑静な世界。そこに建つ一軒の家。そこに甲田は忍び込む。
いつものように針金を鍵穴に通して解鍵し、ドアを開ける。なるべく足を床に垂直に下ろす。踵から床に触れ、そこからゆっくりと足全体を床につけて行く。染み付いた一連の動きにぎこちなさはない。
家主は二階で寝ているはずだ。
ダイニングキッチンへの扉を開ける。ひっそりとした闇が部屋の隅々まで行き渡っていた。
入ってすぐ左側がキッチンになっていて、水道から垂れる水がボトッと流しに当たる。目の前には4人掛けのダイニングテーブルが置いてある。木目調の高価そうなテーブルだったが、あくまで高価そう、というだけで実際は安物だ、と甲田は思った。
そのダイニングテーブルに、先ほど収穫したブツを置く。
ボトッ。水滴が垂れる音。
今度は冷蔵庫を開ける。音を立てないようにゆっくりと。だが俊敏に。
卵やパンなどの食料を幾つか黒い袋に詰める。
これで仕事は完了だ。
甲田は家から出た。先ほどの家で手に入れたブツはダイニングテーブルに置いたままだ。だが、忘れたわけじゃない。わざとだ。
ブツはブランド物の鞄だった。
この家の家主が一週間前に車上荒らしに遭い盗まれたものだった。
甲田が盗みに入った家が偶然同業者、つまり泥棒の家で、盗んだ鞄が偶然次に忍び込んだ家主の持ち物だったわけではない。
甲田は泥棒専門の泥棒だった。
盗まれた物を盗み返し持ち主の家に持っていき、それと引き換えに食糧を頂いていく。それが甲田悟の仕事だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる