篠辺のお狐様

梁瀬

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弥生 年来の知己

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【庵の住み替えは終えたようじゃのぉ。どうじゃ…狐の側を離れるのは寂しかろう。
たまには相手をしてやっても良いが、東雲と違い忙しいからのぉ…。】
少し勿体ぶった言い方をした狐に
「この四年、十分過ぎるほどに可愛がって頂きましたので、次は右京と朝霧さんに
して差し上げてください。」
サラッと後ろ髪を引かれる様子もなく、言い切った左京に
【可愛げがないのぉ。素直な思いを口にしなければ、柚子に押されて流されてしまう
…やも知れぬぞ。】
こちらも可愛げのない物言いをした。
「オレは、往年の俳優のように〝不器用さ〟を売りにしていきます。」
しばらく、互いに冷ややかな視線を送っていたが、フッと笑みがこぼれ
【これが言えぬようになると寂しくなるのぉ…。】
「四年待って頂ければ、戻って参ります。それより右京と銀木犀を思う存分、振り
回せば、きっと新しい楽しみが出来ますよ。オレ以上に言動が不可解ですから。
でも最初から飛ばして、可愛がり過ぎないようにしてやってくださいね。」

【左京…この篠辺での四年は長かったであろう。】
狐は、西の五葉松から湧泉を眺めながら、話し掛けた。 
「…そうですね。四年の内、始めの半分は訳も分からず、毎日を無我夢中で熟すだけだったのに、長く感じていました。残りの半分は流れが分かり、日々至らない点を
どうすれば補えるかと苦慮してたのに、短く感じていたように思います。行為と感情が相反してるように思えますが、どちらも充実し、学びの多い時間でした。」
左京も同じように、五葉松から湧泉を眺めて、此処で過ごした時間を振り返った。

【左京。いや夕霧もじゃが、勤倹力行きんけんりっこうを絵に描いたようじゃった。狐が篠辺へと呼び寄せたんじゃが、この仕事をしていたら、いつか心が折れて仕舞うのでは…という
考えが拭い切れなんだ。それと共に、何処までも食らいついてくる姿に、言い知れぬ高揚感もあった。苦戦しながらも手堅く自身の物にし、使い熟していく成長ぶりに
狐も舌を巻いた。見ておるのが楽しみじゃった。……よく勤め上げたのぉ。】
「至らぬ私共を𠮟咤激励しながら、見守って頂き、ありがとうございました。今が
あるのは、お狐様のおかげと感謝しております。」
左京は、お狐様に向かい、深々と頭を下げた。

【東雲へ行っても変わらず励めよ。今は遣り抜いた実感から気付かぬかも知れぬが、枯れ木のように生命力が削られておる。東雲の狼の下で鋭気を養い、満たされた状態で、再び戻ってこい。】
「四年後も、お狐様にそう言って貰えるように、専心努力を続けて参ります。」
互いの目を見て語り合う姿は、神と人ではなく、年来の知己ちきのようだった。

【狐にとって四年など、瞬く間じゃ。その間、右京と朝霧を可愛がり、しぼり抜いてやろう。この狐を退屈させるようなら、倉稲と共に旅に出てやる!】
「他人事になると、急に楽しそうに聞こえますね!」
そういって、狐も左京も笑い合った。

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