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32 接吻
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「それにしても、送った空気量もだいぶ少なかったわ。冗談やなくエラか皮膚呼吸かなんかできる様にはなると思う。せやけど、息継ぎ忘れとるさかい、ぼちぼち慣らしていかな。サポートできる時にゆっくり進めよか。……何の能力が落ちたんやろな?」
アルバートさんは上を向いてぷっかりと浮いていたので、私も真似をする。満月の空は明るく、星が少し見えにくい。新月なら、さぞ美しかったろう。アルバートさんが、私が流れていかない様に手を繋いでくれる。そこに気まずさは無くて、しばらく二人とも無言で浮いていた。静かな夜だ。波音も穏やかで、とても幸せな時間……
「後は潜水のテストだけやけど、そろそろ戻ろか。疲れとるやろし」
「いえ!大丈夫です!」
宝物の様に思えた時間が惜しくて、体調の良さをアピールするとアルバートさんは渋々認めてくれた。次の満月までこんなの待てない。
「もしかしてアルバートさん、お疲れですか?」
「いや、そうちゃうけど」
私も疲れてはいない。返答を確認して下に潜った。思った通りにすぅーっと下に降りていける。周りはだんだんと暗くなっていき、それからまた明るくなった。龍の鱗だ。
月明かりは届かなくて、今度こそ星空に飛ばされたみたい。上下の感覚も無くなっていく……。
アルバートさんが人型のまま追いついてきた。
すごく、綺麗だ。無数の星の中にアルバートさんと二人で浮いているみたい。二人で手を繋いで、まだまだ降りる。気持ちが良くて、意識が飛びそう。だめ、次に意識が無くなれば有無を言わさず連れて帰られる。
『……サヤ、空気おくるで?後、冷えすぎてへんか?』
アルバートさんが口付けて空気を送ってくれた。さっきとは違って優しく抱きしめながら。
アルバートさん……
彼は優しく私を見つめたままで、私も彼を見つめ返した。胸の音だけが響く中、二人ともゆっくりと沈んでいった。
ほんの少しでも期待して良いのだろうか?
この瞳の優しさが、彼の優しさだけじゃ無くて、仲間への愛情だけじゃなくて……、私への想いだと思っても良いのだろうか?
もし、そうなら、私は嬉しい。
私、アルバートさんが、好きだ。
ゆっくりと彼に手を回し、私は一度口を離してから彼の口を吸った。一瞬彼が口を離して、ゴボッと私から大きく空気が逃げる。それから、彼は慌ててまた口を合わせて空気を送って、そして、……彼も私の口を吸った。そこからは止まらなかった。
空気を送られる。そして、二人で貪る様にキスをする。魂をこのまま溶かしたい。そうすれば、私の想いが言葉を介さなくても伝えられるのに……
愛しそうに私を見る彼が愛しい。気持ちよくて、もっと奥まで欲しい。鷲掴みにされた後頭部も強く抱かれた腰も痛みは感じない。
このまま一つになる予感がして、魂ごと震えた。
突然アルバートさんはハッとした顔になって、私に空気を少し多く送った。
『上がるで』
唐突に突き放された後、今度は片手で抱き抱えながら私の体が耐えられるギリギリの急速で彼は浮上した。
足元の星空が離れていく。そして、現実の星空が近づいてくる。
潜った地点より少し流されたらしく、水面に上がった近くに岩が出ていた。急浮上は流石に負担がかかり、岩棚に登れずまごまごしている私をアルバートさんがひょいと上げてくれた。岩棚は私一人のスペースしか無い。
「すまん。サヤ。悪かった」
アルバートさんは酷く傷ついた表情で私に謝った。
「え?」
どうして?あれは、アルバートさんを悲しませる様なことだった?
「グールの魅了のせいやろ。耐性つけた言うても完璧ちゃう。俺のせいや……ほんまにすまんかった。あんな事させてもうて」
違う。私は……
「違います。そんな事、無いです」
「……違うかどうかは判らんやろ?」
そんな、でも違う。私はアルバートさんが好き。
「いいえ!違います!私は……!」
アルバートさんはそっと私の口に人差し指を、当てた。
「そんな顔して、言わんとってくれ。俺も本能止めんの必死やねん。このままサヤを傷つけとうない」
止めなくて良い。齧られてもいい、交わってもいい。だけど、それを口に出すと確実に彼を傷つけることが分かって私は言葉を失った。
「それとな、サヤ、俺は今、人を食うとる。赤いタブレット覚えとるか?あれは人の命や。一人分の心臓からできとる。あれを俺は週一回で食うとる。俺は今人殺しの人食いや。……サヤを助ける以外でそんなもん食うとる口をサヤに寄せてええもんや無かった。すまんかった。口、汚してもうたな……」
当てられていた人差し指と親指で私の口は拭われた。と、同時に私の涙が流れた。
そんな汚れだと思っている事をさせているのは、私だ。私が船に居られる様に、アルバートさんは帝国の仕事をさせられ……人を殺めたり、食べたりしている。私のせいだ。
「アル、バート、さんは汚れてなんか無い、です」
「泣かんとってや」
私はアルバートさんに口付けた。彼は抵抗しなかった。だけど、応えてもくれなかった。
本能型に戻ったアルバートさんの背に乗せてもらって、船に戻る。「クロノら心配しとるやろな~」と言う彼はわざと呑気な様子だ。
船の方を見て、千里眼を開く。何度かトライすると船の様子が見えた。
――――――――――――――――――――――――――
船の上でエウディは親指と人差し指で丸を作りながら中を覗いていた。
「にゃーるほどほど、にゃあるほど。クロノの言ってた通りね」
「……首尾は?」
「上々じゃないかしら?でも、頑固よねぇ。あら?……だわ。……?……」
「……」
クロノは船室に戻って行った。
――――――――――――――――――――――――――
今のは?以前と違って声は聞こえた。でも、途中から聞こえなくなってしまった。それに、クロノさん達は何の話をしていたんだろう?
「クロノ達見えたか?」
「はい、心配はかけてないと思います」
それでも進むスピードは落ちる事なく、間も無く私達は船に着いた。
アルバートさんは上を向いてぷっかりと浮いていたので、私も真似をする。満月の空は明るく、星が少し見えにくい。新月なら、さぞ美しかったろう。アルバートさんが、私が流れていかない様に手を繋いでくれる。そこに気まずさは無くて、しばらく二人とも無言で浮いていた。静かな夜だ。波音も穏やかで、とても幸せな時間……
「後は潜水のテストだけやけど、そろそろ戻ろか。疲れとるやろし」
「いえ!大丈夫です!」
宝物の様に思えた時間が惜しくて、体調の良さをアピールするとアルバートさんは渋々認めてくれた。次の満月までこんなの待てない。
「もしかしてアルバートさん、お疲れですか?」
「いや、そうちゃうけど」
私も疲れてはいない。返答を確認して下に潜った。思った通りにすぅーっと下に降りていける。周りはだんだんと暗くなっていき、それからまた明るくなった。龍の鱗だ。
月明かりは届かなくて、今度こそ星空に飛ばされたみたい。上下の感覚も無くなっていく……。
アルバートさんが人型のまま追いついてきた。
すごく、綺麗だ。無数の星の中にアルバートさんと二人で浮いているみたい。二人で手を繋いで、まだまだ降りる。気持ちが良くて、意識が飛びそう。だめ、次に意識が無くなれば有無を言わさず連れて帰られる。
『……サヤ、空気おくるで?後、冷えすぎてへんか?』
アルバートさんが口付けて空気を送ってくれた。さっきとは違って優しく抱きしめながら。
アルバートさん……
彼は優しく私を見つめたままで、私も彼を見つめ返した。胸の音だけが響く中、二人ともゆっくりと沈んでいった。
ほんの少しでも期待して良いのだろうか?
この瞳の優しさが、彼の優しさだけじゃ無くて、仲間への愛情だけじゃなくて……、私への想いだと思っても良いのだろうか?
もし、そうなら、私は嬉しい。
私、アルバートさんが、好きだ。
ゆっくりと彼に手を回し、私は一度口を離してから彼の口を吸った。一瞬彼が口を離して、ゴボッと私から大きく空気が逃げる。それから、彼は慌ててまた口を合わせて空気を送って、そして、……彼も私の口を吸った。そこからは止まらなかった。
空気を送られる。そして、二人で貪る様にキスをする。魂をこのまま溶かしたい。そうすれば、私の想いが言葉を介さなくても伝えられるのに……
愛しそうに私を見る彼が愛しい。気持ちよくて、もっと奥まで欲しい。鷲掴みにされた後頭部も強く抱かれた腰も痛みは感じない。
このまま一つになる予感がして、魂ごと震えた。
突然アルバートさんはハッとした顔になって、私に空気を少し多く送った。
『上がるで』
唐突に突き放された後、今度は片手で抱き抱えながら私の体が耐えられるギリギリの急速で彼は浮上した。
足元の星空が離れていく。そして、現実の星空が近づいてくる。
潜った地点より少し流されたらしく、水面に上がった近くに岩が出ていた。急浮上は流石に負担がかかり、岩棚に登れずまごまごしている私をアルバートさんがひょいと上げてくれた。岩棚は私一人のスペースしか無い。
「すまん。サヤ。悪かった」
アルバートさんは酷く傷ついた表情で私に謝った。
「え?」
どうして?あれは、アルバートさんを悲しませる様なことだった?
「グールの魅了のせいやろ。耐性つけた言うても完璧ちゃう。俺のせいや……ほんまにすまんかった。あんな事させてもうて」
違う。私は……
「違います。そんな事、無いです」
「……違うかどうかは判らんやろ?」
そんな、でも違う。私はアルバートさんが好き。
「いいえ!違います!私は……!」
アルバートさんはそっと私の口に人差し指を、当てた。
「そんな顔して、言わんとってくれ。俺も本能止めんの必死やねん。このままサヤを傷つけとうない」
止めなくて良い。齧られてもいい、交わってもいい。だけど、それを口に出すと確実に彼を傷つけることが分かって私は言葉を失った。
「それとな、サヤ、俺は今、人を食うとる。赤いタブレット覚えとるか?あれは人の命や。一人分の心臓からできとる。あれを俺は週一回で食うとる。俺は今人殺しの人食いや。……サヤを助ける以外でそんなもん食うとる口をサヤに寄せてええもんや無かった。すまんかった。口、汚してもうたな……」
当てられていた人差し指と親指で私の口は拭われた。と、同時に私の涙が流れた。
そんな汚れだと思っている事をさせているのは、私だ。私が船に居られる様に、アルバートさんは帝国の仕事をさせられ……人を殺めたり、食べたりしている。私のせいだ。
「アル、バート、さんは汚れてなんか無い、です」
「泣かんとってや」
私はアルバートさんに口付けた。彼は抵抗しなかった。だけど、応えてもくれなかった。
本能型に戻ったアルバートさんの背に乗せてもらって、船に戻る。「クロノら心配しとるやろな~」と言う彼はわざと呑気な様子だ。
船の方を見て、千里眼を開く。何度かトライすると船の様子が見えた。
――――――――――――――――――――――――――
船の上でエウディは親指と人差し指で丸を作りながら中を覗いていた。
「にゃーるほどほど、にゃあるほど。クロノの言ってた通りね」
「……首尾は?」
「上々じゃないかしら?でも、頑固よねぇ。あら?……だわ。……?……」
「……」
クロノは船室に戻って行った。
――――――――――――――――――――――――――
今のは?以前と違って声は聞こえた。でも、途中から聞こえなくなってしまった。それに、クロノさん達は何の話をしていたんだろう?
「クロノ達見えたか?」
「はい、心配はかけてないと思います」
それでも進むスピードは落ちる事なく、間も無く私達は船に着いた。
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