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6.父の回想と旅の終わり
しおりを挟む20:00 旅の終わり (侯爵令嬢視点)
「…お父様…?」
その声に、ロベリアは思わず逃げようとしたが、足が動かなかった。
「ロベリア、お前…自分が何をしたかわかっているのか…」
「お待ちなさい!」
額に青筋が立っている侯爵の姿に足がすくんで動けなかったロベリアに、侯爵が何か言おうとしたとき、凛とした声が横から聞こえた。
「…アンジェリカ侯爵とお見受けします。
娘のロベリア嬢が恐怖で動けなくなっていますが、なぜ恫喝しようとなさるのです?」
「…あなたは」
そういって侯爵がロベリアに何か言おうとしたのを遮ったのはアリスだった。
「ティダ帝国で軍人をしております、アリスと申します。
この道中でロベリア嬢と知己を得、同行を許していただいています」
「…そうですか、娘がお世話に…!!」
しかし、あなたは関係ない、と言い出そうとした侯爵が何かを見て目を見張り、信じられないようなものを見る目でアリスを見つめた。
「…あ、あなたは…アリス殿下・・!?」
シッと指に手を当て、アリスは侯爵を制した。
「…は? 殿下…?」
「ロベリア、今すぐ頭を下げろ…この方は、ティダ帝国第三王女、アリス・フォン・ティダ様だ…」
「…え、ええええ!?」
「声が大きい!」
そういうが早いか、侯爵はロベリアにお無理やり頭を下げさせた。
するとアリスはあきれたようにため息を一つつき、話し始めた。
「…アンジェリカ侯爵…ロベリア嬢は、素晴らしい娘だ。
それは私が保証する」
「…はっ、ありがたきお言葉…」
「それが、第二王子に婚約破棄され、冤罪で国外追放とはどういうことなのだ」
「…恐れながら…アリス殿下、それは愚かな第二王子の独断にございます。
ですので、ロベリアを追いかけ、戻ってくるよう諭すつもりで私はここにおります」
「ロベリアは無罪なのだな?」
「当然でございます。
ロベリアは、第二王子殿下の婚約者として立派に務めておりました。
第二王子が王家からの追放となりました今、この子が王国に戻ってくるのに何の支障もございません」
第二王子が追放!? 一体どういうこと…?
ロベリアが混乱していると、アリスはにこやかにほほ笑んだ。
「…そうか…ロベリア」
そしてアリスはロベリアにやさしく呼びかける。
「は、はい! アリス殿下!」
「…殿下等と呼ばないでほしい。
君とここまで来た行程、実に楽しかった…私はティダ帝国の連絡船に乗るが、君は王国に戻りしばらく休むといい」
「…あ、ありがとうございます…」
「そのことなのですが、アリス殿下」
そういってロベリアの頭をアリスが撫でていると、侯爵が言いにくそうにアリスを呼んだ。
「…なぜ、ソレスタン共和国からここまでおひとりで…?」
「…見合いがうまくいかなくてな。
もう一度会う予定があったのだが、相手も乗り気ではないから一足先に帰ると言い残して鉄路で帰ってきてしまったのだ」
「…アリス殿下、その日程が終了後、実はナーハ港で我が王国が一つのご提案をする予定でございました」
侯爵がおずおずとアリスにその後のことを話し始めた。
「提案?」
アリスはその言葉に眉を寄せる。
「…実はソレスタン共和国から、引き合わせた宰相令息とティダ帝国の王女の縁談は無理そうだと連絡が入りまして。
その連絡を受けて我が国の国王陛下がご縁談をお持ちする予定だったのでございます」
「…縁談、か」
アリスはロベリアより年上ということもあり、誤解を恐れず言うなら『行き遅れ』状態だ。
というのも、ティダ帝国は大陸の最も東にある国で、西にある国と数年前まで緊張関係が高まっており、軍人王女ことアリス第三王女はその陣頭指揮のため、縁談がなかなかなかった。
しかもアリスは、軍人、そして参謀としてかなり優秀で、ティダ帝国としても陣頭指揮をとらせる以外にできなかった。
その結果、ソレスタン王国で、ロベリアの弟より年下の宰相の次男と見合いさせることになったのだが、蝶よ花よと育てられた宰相次男は思いを寄せる幼馴染の大臣令嬢との結婚を考えており、アリスもそれほど乗り気でなかったこの見合いは失敗の可能性が高かったという。
「…実は我が国の王弟殿下なのですが…」
「まってお父様、もしかしてあの王弟殿下とアリス様を…」
王弟殿下にはロベリアもあったことがあるが、人柄は申し分ない…しかし、少し問題がある。
「…ロベリア、口をはさむな。
これは王国とティダ帝国の間の契約だ…むろんアリス様のご意思は尊重するが、国王陛下とすれば是非に、ということなのです」
「…ロベリア嬢、王弟殿下というのはどのような方なのだ?」
「えと…とても変わった方です」
ロベリアはものすごーく気を使った言い方をした。
「…ご年齢は?」
「28…いや29歳だったかと…」
23歳というアリスからすると、年のころは少し離れているとはいえ、問題ない範囲。
「…何の問題があるんだ?」
不思議そうな顔でロベリアを見るアリス。
そこでふと思い出した…この方、軍人王女って言われてたのか
「…なんです」
「…なんだって?」
「王弟殿下、戦略マニアなんです」
「…ほう?」
そのロベリアの言葉に、アリスは少し楽しそうな顔をした。
ロベリアも先ほど侯爵が「軍人王女と呼ばれる方」だといわれたことを思い出した。
「…殿下、いかがでしょうか。
ティダ帝国の影の軍師といわれるアリス殿下には、ぴったりの縁談ではないかと愚考いたしますが」
侯爵はおずおずとアリス王女に問いかける。
「…一度会わせてもらおう。
このままマッカード中央駅に向かえばよいか?」
「…はっ、この時期の夜行・『インターラビット』であれば空きはあるでしょう。
娘に相手をさせますので…ロベリア、アリス殿下をもうしばらく頼む」
「…わかりました」
こうして私は父につかまり、丸一日デンパーで過ごしただけの小旅行となったのだった。
22:00 デンパー駅 国際連絡急行『インターラビット』マッカード中央駅行車内(侯爵令嬢視点)
二等車のコンパートメントを二部屋予約し、片方に侯爵と護衛、もう片方にアリスとロベリアが入り、列車の発車を待っていた。
「…結局たった1日のレジスタンスだったかぁ…」
「何を言う。
家出娘を心配するいい父上ではないか」
ロベリアはまさか、アリスと一緒にもう一度『インターラビット』に乗ることになるとは、と思いながら、外に見えるデンパー駅の様子を見た。
「ロベリア嬢。
君は…だいぶ抑圧されていたのだな」
「…いえ、そこまででは…。
まぁ…婚約者に恵まれなかったとは思いますが…」
抑圧、というか、第二王子がさぼっている仕事をある程度やっておかないと国王・王妃両陛下が困る、もしくは国民が困るという状況を回避するため、ロベリアは国王陛下に直談判して一部の権限を与えてもらっていた
国王陛下も第二王子には手を焼いていたのだろう…申し訳なさそうにロベリアの権限を認めた。
また、王子妃教育の時には、講師の王妃様、共に教育を受けていた第一王子妃の公爵令嬢様も味方をして下さっていたし…。
侯爵も侯爵夫人も、ロベリアに「王子に嫁ぐにはこのくらいできて当然」というしつけには厳しかったが、できたことはできたことでほめてくれていたし、友人たちも私を認めてくれた。
ここでロベリアは改めて「第二王子と男爵令嬢以外、みんな味方じゃないか」と思った。
「…アリス様、私」
「わかっているさ。
そもそも、君が婚約破棄されたことがおかしい。
君と知り合ってから時間は経っていないが、君が婚約破棄されるようなことは一切しないと言い切れる。
…この国で暮らすことになれば、君とはぜひ交流をしていきたいと思う。
ありのままの君を、見せてくれ…」
「アリス様…」
婚約者に『可愛げがない』『俺より優秀なのをひけらかすな』とずっと抑圧されてきたロベリアは、アリスの言葉に思わず涙ぐんだ。
「…貴国の王弟殿下が私を気に入ってくれれば私はこの国に住むことになる。
その時に、この国の作法を教えてほしい」
「はい、もちろんです!」
そういって、マッカード中央駅に向かう列車の中で改めて握手をして、ロベリアとアリスはベッドに入った。
翌日 王国王城(エピローグ、侯爵令嬢視点)
翌日、マッカード中央駅に到着後、一旦王城で小休止した後、謁見の間で国王・王妃両陛下を交えての懇談会が行われた。
結局、アリス王女と王弟殿下はすぐに意気投合。
私も、ルージュ侯爵家の次男のポール・ルージュ令息と改めて見合いし、第二王子殿下の元で苦労した戦友のような立場であったこと、そしてポールは私を大切にすると約束してくれたため、私もポールとの婚約を決めた。
彼は公爵家は継げないが、嫡男よりも政治的調整能力があるため、嫡男に公爵家、次男に公爵の持つ伯爵位を一つ渡したうえで宰相位を継ぐことになっており、私は次期宰相夫人ということになる。
本来は跡継ぎのなかった大公位を第二王子が継ぐ予定でロベリアはその夫人という予定だったが、その位置に王弟夫人のアリスが入るという不思議なめぐりあわせになった。
後々ロベリアは、夫になった宰相について、ガバナーレ国のデンパーやティダ帝国に行けるようになり、第二王子と結婚するよりも幸せな生活が待っていたのだった。
~the end~
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