【改稿版】治癒術師の非日常─辺境の治癒術師と異世界の魔術師による運命物語─

物部妖狐

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第二章 【開拓民と死人使い】

第11話 闇渡り ダート視点

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 彼がベッドの上で眠りに落ちたのを確認してから、徹夜して必死に作り上げた新術の資料を改めて読んでみる。

「んー、治癒術は専門じゃないから、詳しいところは分からないけど、論点は間違えてないと思うのよね」

 例えば、風属性に適性のある魔術師が使う魔術の中に、自分の動きを加速させたり、遅くすることが出来るものがある。
以前、冒険者ギルドの依頼で一緒になった人に、原理を教えて貰った事があるから、理屈は知っているけど、これを応用する事は出来ないだろうか。

「魔力で疑似的な風の翼を作って、周囲の空気を取り込むことで身体の動きを制御するって話だったけど、使い過ぎると身体を痛めて暫く動けなくなるって言ってたっけ」
 
 特に、空を自由に飛ぶ事が出来るモンスターは、本能的に魔術を使いこなし、身体に負担を掛ける事無く、動くことが出来ると言うけれど……余りにも理不尽な話だと思う。
だって、人とモンスターという種族の違いからくる肉体の強度が違うだけでここまでの差が出るということは、どうあがいても人では太刀打ちできない化け物がいるという事なのだから。

 けど……それとこれとは別で、例え超越的な力を持っている相手とはいえ、ピンポイントで動きを狂わせる事が出来れば、勝率は変わりそうな気がする。
例えば、相手が腕を動かそうとした時に、自分の想定よりも速く動き出したり、いきなり遅くなったら、身体を動かす為に入れた力はどうなるのか。

「ダメね……いくら考えても、理屈では分かっても、どうすればこれが術として形になるのか分からない」

 関節に掛かる負荷が飛躍的に増加して、肉体が耐え切れなくなる気はするのだけれど、これをうまく説明できる気がしない。
レースなら、形にする事が出来るのだろうけれど、きっと……彼の事だから目を覚ましたらまた、新術の開発にかかりきりになって、話す時間が減ってしまう。

「……それはやだなぁ」

 そうなると寂しいし、折角二人で暮らしているのに、一人の時間が増えるのも嫌。
だから、私の分かる範囲で、資料の余白に魔術の理論を書き残しておく。
起きて、彼がこの内容を見たらどう思うかな、多分後悔する?……いや、これは私の独りよがりな我が儘だって分かってるけど、数日私をないがしろにして、一人にさせた事を少しでも後悔して欲しいって思ってしまう。
性格が悪いって思われそうだけど、一人で悩んでばっかりで私の事を頼ってくれない罰を受けて貰わないと……

「それにこの前、私の事を強引に背負って帰ってくれたせいで、今でも村の人達に弄られて恥ずかしいんだから、特にコーちゃんに……」

 あれ以来、村に行くたびに小さい子から……

『あっ!レース先生におんぶされてたお姉ちゃんだ!』

 と指を指されるし、コーちゃんからは

『あの時、うちの家で何があったん?ベッドのシーツがえっらい乱れてたんやけど、何やったんか怒らんから話してみ……て、んな怖い顔せんでええやん、冗談だって!ほら、うちは全部知ってるからさ、酒場に行く振りして直ぐに戻って覗いてたし……まって!テーブルの上にあるのは商品予定の物だから、投げるのやめ、ほんとごめん!謝るから!』

 と虐められそうになったから、大人げないとは分かってはいたけれど、手元にある物を全部投げつけてしまった。
その際に、さすがにやり過ぎだと判断したマローネおばさまに、止められて二人共々お説教をされてしまったけど、どうせ止めるのなら、せめて一回ぐらいは殴っても良かったのかもしれない。

「……こんな感じでいいかな」

 これくらい書きこんでおけば、レースも直ぐに分かってくれるかな。
……いや、これは私の勝手な期待で、ここまでしたのなら言わなくても分かって欲しい、察して欲しいと思ってしまう悪い癖で、いや……勿論、言わなきゃ分からないって言うのは理解しているつもりだけど、やっぱり分かって欲しい。

「……んー」

 こういう所、自分で言うのはどうかと思うけれど、凄いめんどくさいって思う。
暗示の魔術で人格を変えている時なら、思った事を堂々と言う事が出来るけど、今の私は……素直に思った事を伝えて、嫌な気持ちにさせてしまったら嫌だと感じて、どうすればいいのか分からない。

『いい?ダート、自分の気持ちはね、伝えないと伝わらないの……だから、あなたも私の娘なら、察して欲しい、言わなくても分かって欲しいって思うかもしれないけれど、本当に大事な事だけは、しっかいと相手に伝えなさい』

 あぁ……そういえば以前、お母様から言われたっけ、大事な事はしっかりと伝えるようにって、どうしてこのタイミングで思い出すのかは分からないし、既に顔も……声も、思い出す事は出来ないけれど懐かしい。

「だよね、やっぱり……ちゃんと伝えないとだよね」

 伝えようにも……肝心のレースは何時目を覚ますか分からないし、起きるまで一人で待つのも退屈で嫌。
かといって、彼をおいて村に行くのも悪いし、それならどうやって暇を潰そうかと考えていると、玄関のドアが勢いよく叩かれる。

「せんせぇ!この前来たケイっす!開拓の件で話に来ましたぁ!」

 ……そんな大声で叫ばれたら、寝ているレースが起きてしまうかもしれない。
急いで玄関へと向かいドアを開けると……

「お、泥霧の魔術師さん、おはようござい──」
「今、レースはおやすみ中なので、静かにして貰えませんか?」
「え?……あ、寝てるんですねぇ、それは申し訳ないっす」

 笑顔を浮かべたケイが、大剣を背負ったまま申し訳なさそうに頭を下げる。

「あぁ、じゃあ、先生じゃなくて泥霧で良いっす」

 謝る位なら、初めから大声を出さなければいいのに、正直……話をするのなら、この前一緒に来ていた、アキさんの方が良かった。

「とりあえず、寝てるって事は外で話した方が良いっすよね」
「……そういう気遣いは出来る人なんですね」
「アキ先輩みたいなことを言わないで欲しいっすよ……俺だって、自分の声が大きい事くらい自覚あるんすから」
「えっ……あぁ、そうなんだ?」
「そうなんすよ、ってことで……とりあえず少しだけ家から離れるっすよ?」

 彼について行って、家から少しだけ離れる。
ここだと大声を出したら、あんまり変わらないような気がするけれど、まぁ……略初対面な相手と、無防備な状態で二人きりになるよりかはまだいいのかもしれない。
一応警戒して、魔術をいつでも使えるようにはしておくけど……

「そんな警戒しなくても大丈夫っすよ?……それに、影があるところ全てが、俺の射程距離何で、魔術を使おうとしても無駄っすよ?」
「……え?」

 少しだけ離れた場所にいた筈の彼が、いつの間にか私の後ろに立って冷たい刃を首筋に当てる。
大剣という片手で振るうのが困難な武器を背負った状態で、どうやって一瞬で距離を詰めたのか分からないけれど、首筋から感じる冷たい金属の感覚に気圧されて身動きが取れない。

「俺の魔術で【影渡り】って言うものっす、影と影の間を自由に移動できるんすよ」
「……あ、あの」
「俺みたいな迷惑な奴が来たら、警戒するのは分からなくは無いんすけど、せめて殺気くらいは隠さないとダメっすよ?」
「ご、ごめ……なさい」
「あぁ……もう、なぁんか調子が狂うっすねぇ、俺の頭の中にあるAランク冒険者の【泥霧の魔術師】ダートさんって、もっと野蛮で言葉遣いが荒い人だった筈なんすけど……あ、もしかして戦いになると性格が変わるタイプっすか?」

 本来、魔力を使って魔術と治癒術のどちらかを使っている時に、肉体に魔力を流す事で発動する肉体強化を同時に使う事は出来ない。
けど……私の後ろにいる彼は、どういう訳か同時に発動させている。

「って事で話をしたいんすけど」

 そう言えば、栄花では魔術や治癒術、肉体強化を同時に使用する特殊な戦闘技能があると聞いた事がある。
更にそこから発展した【心器】と呼ばれるものがあるらしいけど、実際に使われているところを見た事が無いから、実在するのかは分からない。
けど……少なからず、私の背後を取っている彼は、どうあがいても太刀打ちする事すら不可能な程に格上な相手で、少しでも抵抗しようものなら直ぐに取り押さえられてしまうだろう。

「誰がお二人に同行してくれるのか、決まったんすか?」

 私が彼を警戒して、魔術を即座に使える準備をしていなかったら、今頃はお互いに対等な立場で会話が出来ていた筈。
そう思うと……今回の私の行動はどう見ても悪手で、彼が私達にとって不利な提案を出して来たとしても、断る事が出来ない状況になってしまった。

「って聞いてるっすか?んー、まぁいいっすけど……で、とりあえずアキ先輩から今日はその事だけでも聞いて来るようにって言われたんすよ」
「……それなら、私とレースの友達で、冒険者を引退してこの村で雑貨屋を営業しているコルクさんにお願いする事にしました」
「コルク?元冒険者のコルクって……もしかして、【商国トレーディアス】出身の元冒険者、【幻鏡の刃】ミント・コルト・クラウズっすか?」

 どうしてコーちゃんの名前を言っただけで、そこまで分かるのだろうか。

「……知ってるの?」
「知ってるも何も、【魔導国家メセリー】で名前を【コルク】に変えて行方をくらましたって有名っすよ?特に……当時のお仲間さんが必死に探してるんすから」
「……へぇ、そうなんや?」
「そうなんすよ、それにしても……こんな辺ぴなとこに居たんすねぇ、これは任務が終わったら連絡してあげないとっすね」
「そういうの迷惑だから止めてくれへんかな、それに……あんたさぁ、うちの友達に何してくれてんの?」

 その声と共に、首元に当てられていた冷たい金属の感覚が消えて、激しい金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。

「何してくれてんのって、そりゃあ……大事な話し合いっすよ」
「へぇ、あんたんとこの常識では話し合いで、ダーの首に刃物を当てるんか……それ、割と洒落になっとらんけど?」
「まぁ、そうっすよねぇ」
「……で?ダー!これどんな状況なん?遊びに来たらこれって、うちちょっと理解が追い付かんのや……けどっ!」

 確かに遊びに来たコーちゃんからしたら、今の状況は私が脅されているように見えてもおかしくない。
元はと言えば、私が彼に殺意を向けてしまったの原因だから、何とかして止めた方がいいのだろうけれど、暗示の魔術を使っていない今の私ではどうする事も出来そうに無い。
けど……ケイの意識がコーちゃんに向いている今なら、隙をついて暗示を掛ける事なら出来そうだ。
そう思った私は、急いで自分の存在を冒険者としての私へと上書きしていくのだった。
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