【改稿版】治癒術師の非日常─辺境の治癒術師と異世界の魔術師による運命物語─

物部妖狐

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第一章 【日常から非日常へ】

第21話 患者の気持ち

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 ソファーに横になって仮眠をするはずだったのに、気が付いたら後頭部に柔らかい感触がある。
もしかしたら、途中で意識を失って倒れたぼくをベッドまで運んでくれたのだろうか。
……少しだけ申し訳ない気持ちになりながら眼を開けると、何故か目の前にダートさんの顔が見えた。

「……おぅ、良く眠れたか?」

 これはいったい何が起きているのだろうか、予想だに出来ない光景がそこにあって、思考が止まってしまう。

「……えっと、これは?」
「これはって……おめぇ、見たら分かるだろ?」

 ……見たら分かる、つまりこれは膝枕と言う物では無いだろうか。
それならこの後頭部の柔らかい感触も納得が行くけど……どうしてされているのかが理解できない。

「おいおい……まぁだ寝ぼけてんのかよ、起きたんだったさっさと座るか立てよ」
「え……?え、えぇ」

 どんなに考えてもこの現状を理解する事ができない。
とりあえず、どうして膝枕をしているのかと聞いた方がいいのだろうか、それともベッドではなく、床に毛布を敷いて貰って横になっている事を聞いた方がいいだろうか。

「……何時までの俺の脚を堪能してるのは良いけどよ、脚が痺れて辛いから早くどういてくれよ」
「え、あ……そんなんじゃなくて、ごめんなさい直ぐにどきます」

 柔らかくて気持ち良かったけど、別に堪能していたわけじゃない。
これ以上、頭を膝の上に乗せていると、いらない勘違いをさせてしまうだろうから、焦って頭をどかして立ち上がるけれど、立ち眩みがしてその場に尻もちをついてしまう。

「おめぇ、大丈夫か?」
「……えぇ、少しだけ立ち眩みをしてしまって」

 患者の様子を見に行きたいけれど、この状態だと直ぐに行けそうにない。

「ならいいけどさ……無理だけはすんじゃねぇよ?」

 彼女はそんなに優しい言葉を掛けてくれるような人だったろうか。
ぼくの中にあるダートさんのイメージと余りに違い過ぎるせいで、言葉にはしないけれど反応に困ってしまう。

「あの……ぼくが寝ている間、患者さんが起きたりとか……」

 だから話題を逸らす為に患者さんの事を口にして見たけれど、何だか怪我人を言い訳にしたようで、少しだけ申し訳ない気持ちになる。

「……ん?、そんな事無かったと思うぜ?」

 彼女の言葉を聞いて、問題が内容で安心する。
そもそも、患者の容態が急変するような事があったら直ぐに起こしてくれただろうから、ぼくの考え過ぎだったのかもしれない。
とはいえ、結構な時間が経っているから、そろそろ様子を見に行った方がいいだろう。

「そろそろ患者の様子を見に行ってきます」
「……またふらつくんじゃねぇぞ?」
「えぇ、気を付けます」

 彼女に見守られながらゆっくりと立ちあがると、おぼつかない足取りで診療所へと向かう。
すると、放心した表情を浮かべた状態でベッドに腰替えている患者の姿がそこにあって……。

「せんえぇ……俺の、俺の腕が……」

 この状況に、何て声を掛ければいいのか分からなくなってしまい、困惑していると、ぼくの顔を見た患者さんが掠れた声が話しかけてくる。
……目を覚ましたら自分の腕が無くなっているというのは、本人にしか分からない恐怖だろう。
彼からしたら、いつものように森の開拓に従事しようとしたら、見た事も無い異様な姿をしたモンスターに襲われ、気が付いたら診療所のベッドに横になっていて、今まであったものが無くなっていたのだから、そうなるのも無理が無い。

「今の状況が分かりますか?」
「……けど、せんせぇが近くにいてくれて良かった」
「……えっと」
「俺の……俺の腕を生やしてくれよ、治癒術なら簡単にできんだろ?」

 ……こちらの声が聞こえてないようで、焦点のあってない瞳でぼくに助けを求める。

「……せんせぇ?」
「……残念ですが、失ったものを元に戻す事は……」

 ぼくの生み出した術を使えば、確かに失った腕を元に戻す事ができる。
けど……それは例外的なもので、他の治癒術師達からしたら異端の術だ。
だから、ここで彼の願いを聞き届けて、腕を元に戻した後の事を考えたら、自分の身を守る為に……心苦しいけれど、治す訳にはいかない。

「な、なんでだよ!治癒術は何でも治せるんだろ!?」

 この人はたぶん、治癒術を奇跡を起こせる力だと勘違いしてしまっている。
確かに……この世界にはたった一人だけ、奇跡を起こす特別な力を持っている人がいるけれど、それはぼくではない。
だから、彼からしたら受け入れる事ができないかもしれないけど、真実をもう一度伝えるしかないだろう。

「……一度失ったものは、もう戻らないんです」

 患者に寄り添って、嘘でもいいかも治せると寄り添った方いいのかもしれない。
ただ……それだと、真実を知った時の絶望はぼくなんかでは計り知れないし、一時の希望に縋りつくよりも、しっかりと言葉にしてあげた方が良い筈。

「……なぁ先生、もしかしてだけど俺が、治癒術の事を分からないからって馬鹿にしてんのか?」
「いえ、そのような事は……」
「うるせぇ!治せねぇなら、最初から俺を助けようとするんじゃねぇ!腕が無くなったらこれからどうやって生きて行けばいいんだよ!」

 患者さんがベッドから立ち上がり、大声て詰め寄って来ると残された方の腕で殴りかかって来る。
後ろに下がって避けようとしたけれど……そうすると、彼が転倒して更に怪我をさせてしまうかもしれない。

「……ぐっ!」

 そう思うと避ける事が出来なくて、全体重を乗せた重い拳が身体に叩きつけられてる。

「くそっ!くそっ!」

 そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。
何度も、何度も殴られては身体を壁に叩きつけられる。

「どうして、どうしてだよ!こんなんじゃ……こんなんじゃ、生活なんて出来やしねぇ!俺の腕を返せよぉ!」

 殴って彼の気持ちが落ち着いてくれるなら、今はそれでもかまわない。
そう思って耐えていると、体中の痛みで立つ事すらできなくなったぼくを見下ろし

「俺、何て事を……」

 そう小さく呟くと、ふらふらとして足取りで外に出て何処かへと行ってしまう。

「……レース、おいっ!どうしたんだよなにがあった!?」

 すると、騒ぎを聞きつけたのか、診療所へと繋がる扉を勢いよく叩きながら、ダートさんがぼくを呼ぶ声がする。

「……問題は無いので気にしないでください」

 できれば、今日はこれ以上彼女に心配をかけさせたくない。
申し訳ない気持ちになりながら、診療所に入って来れないように這いずりながらドアに近づいて鍵を閉める。

「おまえ、あんなうるさくしといて、何もないは嘘だろ!おい、開けろ!あけろって!」

 何度もぼくの名前を呼びながら、ドアを叩く彼女に心の中で謝罪をして

「今日は気を失うの、二回目か……」

 と小さな声で呟くと、再び意識を手放した。
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