【改稿版】治癒術師の非日常─辺境の治癒術師と異世界の魔術師による運命物語─

物部妖狐

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第一章 【日常から非日常へ】

第24話 名前で呼んで欲しい

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 彼女と話してみて、色々と思う事はあったけど……一つだけ気になる事がある。

「ダートさ……あ、いえ、ダート、ちょっといいですか?」
「ん?おぅ、どうした?」

 どうして彼女はぼくの事を、おまえとか、おめぇっていう風に呼ぶのだろうか。
いや、今更かもしれないけれど、出会ってばかりの相手に対して失礼な態度を取っているというか、ぼくよりも問題になりそうな言葉遣いをしている気がするのは、気のせいだろうか。

「ぼくにダートの事を、呼び捨てにしろって言うのは別に……慣れて行けばいいからそれでいいけど」
「……おぅ?」
「それならさ、君もぼくの事をおまえや、おめぇじゃなくて、しっかりと名前で呼ぶべきじゃないかな」
「別に……俺はいいんだよ」


 俺はいいってどういう事だろうか。
彼女だけこうしろと要求しておいて、ぼくからの提案は聞けないって言われるのは、嫌な気持ちになる。
これは……ダートさんと一度、喧嘩をしてみるのも良いかもしれない。
やり方は分からないけれど、ぶつかり合う事で解決する事もあるだろう。

「……もしかして逃げるんですか?」
「逃げるっておめぇ……」

 逃げるという言葉を聞いた瞬間、彼女の目つきが鋭くなる。
その姿に一瞬、身体が後ろに下がりそうになるけれど……その反抗的な姿を見ると、なんだか無理矢理にでも、名前で呼ばせてみたくなった。

「おめぇじゃなくて、レース」
「……は?」
「だからレースです」
「お、おまえ……その」

 もしかして、そんなにぼくの名前を呼びたくないのだろうか。
耳まで顔を赤く染めた彼女を見ると、思わず困惑してしまう。

「……だぁもう!わかった、わかったよ!この喧嘩は俺の負けだ」
「という事は名前で呼んでくれるんですね?」
「……レース」

 名前を呼んでくれたと思ったら、何故かそのまま俯いてしまう。
もしかしたら、強引すぎたかもしれない……。
 
「……えぇ、良くできました」
「うっせぇ!触んなって!」

 仲良くなりたい女の子に失礼な事をしてしまったら、とりあえず頭を撫でて機嫌を取れと、幼い頃に師匠から教わったのを思い出して頭を撫でてみたけれど、更に顔を赤くしたダートに手を払いのけられてしまう。

「……えっと」

 この何とも言えない空気に気まずさを感じて、どうすればいいのか分からなくなる。
これは……謝った方がいいのかもしれない。

「そ、そういや、おま、いや……レースに聞きたい事があるんだけど……」
「聞きたいこと……?」
「おぅ、えっとな?一緒に暮らす以上、言わなきゃいけない大事な事があるんだけど……」

 良かった……話題が変わってくれたおかげで、この気まずい雰囲気が何とかなりそうだ。
けど……深刻な表情を浮かべて大事な話があるって言うという事は、もしかして深刻な内容だろうか。

「俺って今日から何処で寝ればいいんだ?」
「……あぁ」
「まさかだけど、一緒の部屋で寝ろとか言わねぇよな?」

 そういえば彼女に伝えるのを忘れていた気がする。
一応家に帰ってから、空き部屋の事を伝えようとは思っていたけれど、色んな事が重なり過ぎたせいで、すっかり頭の中から消えてしまっていた。

「……おい、黙ってないで何か言えよ!」
「えっとすみません、狭いですけど空き部屋があるので、そこを使って貰っていいですか?」
「おぅ、空き部屋があるなら早く言えよな……色々と気になって心配になったじゃねぇかよ」

 色々と気になったって、いったい何をそんなに心配しているのだろうか。
彼女の考えが良く分からないけど、きっと何かがあるのだろう。

「……あぁ」

 そういえばベッド以外には、適当な物しか買ってなかったとは思ったけど、女性の部屋って本当にそれで良いのだろうか。
師匠の下で生活をしていた時は、結構色んな物が溢れていた記憶があるし、女の子には色々と入用なんだという話をされた記憶がある。

「どうした?」
「あぁ、いえ……ちょっと気になる事があっただけです」

 そう思うと彼女の荷物が少ないように見えるけど……良く考えてみると、空間魔術が使えるから、必要な物は全て空間収納の中にしまっているのかもしれない。

「そうか?まぁ……いいけど、それでさ、俺はこの家のことを全然知らねぇからさ、その空き家まで案内してくれよ」
「え、えぇ……それならついでに、家の中の案内もしますね」
「んーまぁ、それならそっちも頼むわ」

 彼女の返事を聞いてから立ち上がると、二人でリビングを出る。

「──ここが」

 まずは少し歩いたところにある部屋に案内してみる。
干して乾燥された薬草類があるこの場所は見ても面白くは無いとは思うけど、治癒術師の助手として働くのなら見ておいた方がいいだろう。

「……なんか独特な匂いがするな」
「こればっかりは慣れて貰うしかないかな」

 中央に作られた仕切りをさかいにして環境が分けられた部屋の片側は、天井の一部をくり抜かれて陽の光を用いた天日干しスペースと、外からの風が入りやすいように壁が格子状に加工されている。

 その反対側は採取した薬草を洗う水場と、用途に合わせて加工を施す為の道具類があるけれど、この作業には専門の知識が必要だから彼女にさせるつもりは……今のところは無い。

「とりあえず作業場に案内をしましたけど……この部屋には、ぼくの許可なく入らないようにしてください」
「……言われても入らねぇよ、俺みたいな素人が入っても邪魔になるだけだろ?」
「えぇ、まぁ……そうですね」

 こちらの意図を理解してくれるのは嬉しい。
大概の人は、こうやって説明をしても暫くしたら興味本位で勝手に入るだろうし……彼女もそうだろうなって心の何処かで決めつけてしまっていたから、しっかりと言葉にしてくれた事に安心感を覚える。

「そんな心配そうな顔をすんなって、俺は入らねぇって言ったからには何があっても入らねぇからよ」
「えぇ、信じます」
「にひひ、ならいいんだ」

 後はぼくの寝室と、薬の保管庫……後はお風呂とトイレの場所を説明する。

「お風呂やトイレは出来れば綺麗に使って貰えると……」
「言われなくても綺麗に使うって」
「本当ですか?……一応、トイレにはスライムを数匹入れて排泄物を──」
「だぁもう!うるせぇ、わかったって言ってんだろ?」
「……わかりました」

 さすがにしつこく言い過ぎているとは思うけれど、個人的に妥協したくないところがらしょうがない。

「……という事で家の中は大体こんな感じかな」
「とりあえずおめ……レースが変な所で異様にしつこいって事だけ分かったわ」
「必要な事なので受け入れてください」
「はいよ、それでレースが納得するならそれでいいわ」
「ありがとうございます……さて、こちらがあなたの部屋になります」
 
 どうやら良く伝わって無かったような気がするけど、何かあったらその度に伝えればいいか。

「とりあえず、部屋の中は俺の好きにしていいんだよな?」
「えぇ、自由にしてもらって構いません」
「にしし、ありがとなっ!……用がある時はノックしてから入ってくれよ?」
「……わかりました」

 彼女の言い分はもっともだとは思うけれど、たぶん……ぼくの部屋には、ノックもせずに入って来そうな気がする。
何だかプライベートが守られるのか不安になるけれど、大丈夫だろうか。

「ダートさんもぼくの部屋に入る時は、ノックしてくださいね?」
「ん?おぅ、任せろ!じゃあ、俺は部屋の中で色々とやるから、おめぇは飯でも作って待っててくれよ」

 そう言葉にしながら部屋の扉を閉めると、空間収納の中から荷物を取り出しているのか、ドタバタと耳を疑うような凄い音がする。
……とりあえず、夕飯を作って待ってろとは言われたけれど、彼女は何を食べたいのだろうか。
昨日のように肉を食べたいとか言い出したらどうしようか……そんな事を思いながら、ぼくが作った料理を美味しそうに食べる姿を想像して、思わず笑みがこぼれた。
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