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第22話 帰りたくない
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朧げで途切れ途切れの記憶も怪我の手当てをしてもらうたびに鮮明になってくる。
――どうしてこんな大事な記憶を忘れていたんだろう――
手際よく動くファティーナの手は優しくて土や砂、植物の葉の裏にある細かい棘やささくれた木のバラが傷口に残っていないか丁寧に見て魔力を練り込んだ薬を塗布していく。
骨折していた足の指は数回撫でながら詠唱を唱えると骨折する前に戻った。
「ブワーって一気に治すのかと思ってた。凄いや。元通りだ」
「そんな訳ないでしょう?切り傷と骨折は違うわ。それに元通りにはならないわよ。時間が戻る訳じゃないから」
「だけど四肢の欠損も治したと聞いたよ」
「治したんじゃないわ。新しく作っただけ」
「やっぱり凄いや。そんな事も出来るんだ?」
「人間の体には骨も血管もスペアのようなものがあるから利用してるだけ。2度目、3度目になれば代用できる骨や血管はないからどうにもできないわ」
「スペアの骨ってあるんだ…」
「ごめんなさい。言い方が悪かったわ。使わない骨ね。お尻にあるのよ。尻尾の痕跡で尾骨。尾骶骨とも言うわ」
「尻尾かぁ。姉上は何でも知ってるんだな。凄いや」
「ネブルグ公爵家の書庫で読んだんだけど?」
シルヴェリオは過去を思い出すと甘えさせてくれたファティーナと重ねてしまい、つい気安い口調になってしまったが、ファティーナの対応は全く変わらない。
治療が終わってしまえばまた帰れと言われてしまう。
シルヴェリオは焦った。
1度目は母親を治療して欲しい、その一心だった。
2度目は謝罪をしなければとそれだけだった。
1度目には見えた欅の木は2度目には見えなかった。
もし、「帰れ」と言われて帰国すれば会いたいと思っても今度は彷徨う森ならぬ草むらすらないかも知れないと思うと焦ってしまう。
「あの…姉様」
「貴方の姉じゃないわ」
「僕には姉様だよ」
「悪いんだけど治療が終わったら――」
「ここに居たい!なんでもする。姉様は金も受け取ってくれないじゃないか。これじゃ全然謝った事にならない」
ファティーナは両腕の治療を終えてシルヴェリオの言葉には何も答えず道具を片付け始めた。
「お願い!掃除でも庭の草むしりでも水汲みでも何でもするから!」
「そう言うのは間に合ってるの。騎士のお給料で払ってくれるんでしょう?ならそうすればいいわ」
「じゃぁ毎月来てもいい?」
「勝手にどうぞ」
シルヴェリオはファティーナの返しにやはり3度目にここに来る事は出来ないんじゃないかと感じた。ファティーナは目を合わせようとしないし、治療道具の片づけが終わるとシルヴェリオに衣類を差し出した。
「あの、これは…」
「その服じゃ帰れないでしょう。靴はサイズが判らないけれどグラディエーターサンダルなら多少の調整は出来るでしょ。帰国したら捨ててくれていいわ」
「そうじゃ無い!どうして男物の服があるんだ?」
「ここに薬を持ってきてくれる方の着替えよ。雨に降られたりしたら着替えないといけないでしょう?薬を取りに来て風邪をひくなんて本末転倒だわ」
シルヴェリオが着てきた服はボロボロ。靴はエリオナルと別れて直ぐにつま先がパカパカと口を開けてしまい、それでも履き続けていたが底が抜けてしまい使い物にならなくなった。蔦を見つけて足の甲で縛ったが今度は前後に靴底が滑って結局靴を捨てた。
足裏に痛みを感じたのは裸足になった時くらいで家を見つけ、ファティーナに言われるまで爪が取れてしまった事も気が付かなかった。それだけ必死だった。
出された服に着替えて、サンダルの紐をしっかりと結ぶと治療をしてもらった事もあって、今までにないほど体は軽いし、今なら以前のように街道まで飛ばされれば走って帰れそうな気もする。
「姉上…」
「さぁ、帰って」
これ以上ここで抗ってしまえば有無を言わさず以前のように飛ばされてしまう。
シルヴェリオは「判った」と項垂れながら答え、自ら出て行った。
シルヴェリオが玄関の扉を閉めるとファティーナは「はぁー」長く息を吐き出した。
今回は前回のように突然ではあったが、シルヴェリオの気持ちを知った事で手が震える事もなかったし、心が乱れる事もなかった。
「さぁて。晩御飯。温め直そうかな」
っと鍋を見るが、焦げを落とすのに丁度な温度になってしまったのか鍋の側面に張り付いていた焦げが湯によって剥がれて浮いていた。
「食べなきゃだわよね‥‥もうちょっと料理の腕があればな~」
味も香りも「焦げ」な夕食を終えて、湯殿で鼻歌混じりに体を洗った後就寝したのだが…。
翌朝。
「今日の晩御飯は葦を取りに行ったついでに焼き魚にしちゃう??」
1人しかいないので誰に言うでもなく、夕食の具材になればいいなと竿はないので釣り糸の代わりになるツルの繊維をよって作った糸を籠に入れた。
「昨夜の残りの焦げも餌になるかな…ならないかな」
取り敢えず餌の代わりに焦げを葉っぱに包み、それも籠の中に入れた。
「忘れ物はないわね。釣り糸ヨシ!餌ヨシ!摘む野草を書いた紙ヨシ!今日も元気に頑張ろう!おぉー!」
指差し点呼も万全。
28歳になると誰に見せるわけでなくても「忘れちゃった。てへ♡」もイタくなる。
元気よく玄関を開けて硬直した。
「姉様、おはよう!いい天気だね」
そこには昨夜帰ったはずのシルヴェリオが満面の笑みで草むしりをしていた。
――どうしてこんな大事な記憶を忘れていたんだろう――
手際よく動くファティーナの手は優しくて土や砂、植物の葉の裏にある細かい棘やささくれた木のバラが傷口に残っていないか丁寧に見て魔力を練り込んだ薬を塗布していく。
骨折していた足の指は数回撫でながら詠唱を唱えると骨折する前に戻った。
「ブワーって一気に治すのかと思ってた。凄いや。元通りだ」
「そんな訳ないでしょう?切り傷と骨折は違うわ。それに元通りにはならないわよ。時間が戻る訳じゃないから」
「だけど四肢の欠損も治したと聞いたよ」
「治したんじゃないわ。新しく作っただけ」
「やっぱり凄いや。そんな事も出来るんだ?」
「人間の体には骨も血管もスペアのようなものがあるから利用してるだけ。2度目、3度目になれば代用できる骨や血管はないからどうにもできないわ」
「スペアの骨ってあるんだ…」
「ごめんなさい。言い方が悪かったわ。使わない骨ね。お尻にあるのよ。尻尾の痕跡で尾骨。尾骶骨とも言うわ」
「尻尾かぁ。姉上は何でも知ってるんだな。凄いや」
「ネブルグ公爵家の書庫で読んだんだけど?」
シルヴェリオは過去を思い出すと甘えさせてくれたファティーナと重ねてしまい、つい気安い口調になってしまったが、ファティーナの対応は全く変わらない。
治療が終わってしまえばまた帰れと言われてしまう。
シルヴェリオは焦った。
1度目は母親を治療して欲しい、その一心だった。
2度目は謝罪をしなければとそれだけだった。
1度目には見えた欅の木は2度目には見えなかった。
もし、「帰れ」と言われて帰国すれば会いたいと思っても今度は彷徨う森ならぬ草むらすらないかも知れないと思うと焦ってしまう。
「あの…姉様」
「貴方の姉じゃないわ」
「僕には姉様だよ」
「悪いんだけど治療が終わったら――」
「ここに居たい!なんでもする。姉様は金も受け取ってくれないじゃないか。これじゃ全然謝った事にならない」
ファティーナは両腕の治療を終えてシルヴェリオの言葉には何も答えず道具を片付け始めた。
「お願い!掃除でも庭の草むしりでも水汲みでも何でもするから!」
「そう言うのは間に合ってるの。騎士のお給料で払ってくれるんでしょう?ならそうすればいいわ」
「じゃぁ毎月来てもいい?」
「勝手にどうぞ」
シルヴェリオはファティーナの返しにやはり3度目にここに来る事は出来ないんじゃないかと感じた。ファティーナは目を合わせようとしないし、治療道具の片づけが終わるとシルヴェリオに衣類を差し出した。
「あの、これは…」
「その服じゃ帰れないでしょう。靴はサイズが判らないけれどグラディエーターサンダルなら多少の調整は出来るでしょ。帰国したら捨ててくれていいわ」
「そうじゃ無い!どうして男物の服があるんだ?」
「ここに薬を持ってきてくれる方の着替えよ。雨に降られたりしたら着替えないといけないでしょう?薬を取りに来て風邪をひくなんて本末転倒だわ」
シルヴェリオが着てきた服はボロボロ。靴はエリオナルと別れて直ぐにつま先がパカパカと口を開けてしまい、それでも履き続けていたが底が抜けてしまい使い物にならなくなった。蔦を見つけて足の甲で縛ったが今度は前後に靴底が滑って結局靴を捨てた。
足裏に痛みを感じたのは裸足になった時くらいで家を見つけ、ファティーナに言われるまで爪が取れてしまった事も気が付かなかった。それだけ必死だった。
出された服に着替えて、サンダルの紐をしっかりと結ぶと治療をしてもらった事もあって、今までにないほど体は軽いし、今なら以前のように街道まで飛ばされれば走って帰れそうな気もする。
「姉上…」
「さぁ、帰って」
これ以上ここで抗ってしまえば有無を言わさず以前のように飛ばされてしまう。
シルヴェリオは「判った」と項垂れながら答え、自ら出て行った。
シルヴェリオが玄関の扉を閉めるとファティーナは「はぁー」長く息を吐き出した。
今回は前回のように突然ではあったが、シルヴェリオの気持ちを知った事で手が震える事もなかったし、心が乱れる事もなかった。
「さぁて。晩御飯。温め直そうかな」
っと鍋を見るが、焦げを落とすのに丁度な温度になってしまったのか鍋の側面に張り付いていた焦げが湯によって剥がれて浮いていた。
「食べなきゃだわよね‥‥もうちょっと料理の腕があればな~」
味も香りも「焦げ」な夕食を終えて、湯殿で鼻歌混じりに体を洗った後就寝したのだが…。
翌朝。
「今日の晩御飯は葦を取りに行ったついでに焼き魚にしちゃう??」
1人しかいないので誰に言うでもなく、夕食の具材になればいいなと竿はないので釣り糸の代わりになるツルの繊維をよって作った糸を籠に入れた。
「昨夜の残りの焦げも餌になるかな…ならないかな」
取り敢えず餌の代わりに焦げを葉っぱに包み、それも籠の中に入れた。
「忘れ物はないわね。釣り糸ヨシ!餌ヨシ!摘む野草を書いた紙ヨシ!今日も元気に頑張ろう!おぉー!」
指差し点呼も万全。
28歳になると誰に見せるわけでなくても「忘れちゃった。てへ♡」もイタくなる。
元気よく玄関を開けて硬直した。
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