あなたは愛さなくていい

cyaru

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第33話  渾身の求婚

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リーディス王国に出立する日、魔導士が準備を整えてやって来るのは午後。転移をして向かうため旅程としての時間は行きも帰りもないに等しい。

ファティーナはリーディス王国は国外追放になり、貴族籍も失ったが国土への立ち入りも拒否されているので国籍も失っている。現在はヘゼル王国の国籍となっているので正装も当然ヘゼル王国の正装となる。

わざわざこの1日の為に衣装を作るのは時間も金も無駄になる。
ヘゼル王国の女性の正装で未婚者と既婚者を区別するのは胸元。肩口に留め具があるが未婚者はデコルテを見せる仕様で既婚者はそこに薄いレース編みのショールをかける。

性的な意味ではなく、胸元は心臓にも近い。ヘゼル王国は心臓と心は同じだと考える国なので胸が大きい、小さいではなく愛を示すものと考えられている。既婚者が胸元を隠すのはもう愛を捧げる相手が決まっているという意味もある。

背格好が似ているからと王妃が「私のを使って」と従者に持たせてくれていた。

荷物も纏め終わる。ファティーナの荷物は周りが驚くほど少ない。
トランクの大半を占めるのが正装用の衣装で他には着替えが1日分。
予定は1泊2日で出来れば日帰り希望である。


シルヴェリオは朝食を食べた後、午前中に時間もあるので魔導士や従者を待つ間にファティーナを魚を捕獲する仕掛けを仕掛けた川に連れ出した。

この数日、ずっと考えていた。
ここに来る途中、「乗ってく?」と馬車に同乗させてくれたエリオナルが言っていた。

「言葉にしなきゃ、伝わらない」と。

1人の女性をずっと愛しているエリオナルだって失敗をした。失敗だったと悔いた時はもう取り返しがつかなかった。そうなる前に伝えろと言ってくれたエリオナル。

シルヴェリオは人生で会えるのは今日が最後になるかもと思いながらも、この先、ファティーナ以上に好きになる、愛せる女性には巡り合えないと思った。

16歳という年齢は未来しかない年齢。きっと「他にも女性はいる」「まだ出会えてない女性の方が多い」という者も居るだろうがシルヴェリオに年齢は関係なかった。

――姉じゃない。母親を慕う気持でもない。僕はファティーナを愛している――

想いを伝えられないまま生涯を終えるより「何とも思ってない」「弟でもないし」と突き放される言葉に玉砕したほうがずっといい。

重い男と思われても、ファティーナ以外と結婚せねばならないのなら、一生未婚でいい。
ファティーナとの子供が持てないのなら養子すら要らない。

ファティーナが聞いたら蜘蛛の糸よりも細い目になり「聞かなかったことにする」と言われそうな強い決意でファティーナと共に川に向かった。


「どうしたの?もうすぐ皆が来るわ」
「姉様!やった!アユがかかってるよ!」
「だから!今日の晩御飯も昼ごはんも要らないの。逃がしてあげて」
「姉様、ここから入って来るんだけど、逃げられないんだ。上手く作れてるだろ?」
「いい加減にして、ココに連れてきたのは仕掛けを見せるためなの?」

ファティーナの言葉を全く聞いていない風のシルヴェリオにファティーナも苛立ってしまう。「帰るわ」と体を反転させたファティーナを数歩追いかけてシルヴェリオはファティーナを後ろから抱きしめた。

「姉様、違う。ファティーナ。好きだ。愛してる」
「は?」
「僕、ファティーナを愛してるんだ。好きで好きで堪らないんだ」
「はいはい。ハッキリ言うけどそれ、思い込みだったり幻想だったり妄想よ」
「違う!この気持ちは本物なんだ。思い込みでこんな事しない!」

クルリとファティーナの体を自分の方に向けて、唇を奪った。
そして強く、胸の中に取り込むように抱きしめた。

「あのね、貴方は16歳なの。この先の人生できっとこの人だって人が現れるわ。今は幼い頃の思い出が強く重なってしまっているから混乱しているだけ。落ち着きなさい」

「落ち着いてるよ!ずっと!ずっと考えてた!この思いはガキの頃の想いとは違う!僕は!」

「いい加減して!貴方も!アロンツォも!兄弟で私をどうしたいの!やっと諦められた、吹っ切れた!なのにどうして貴方が癒えかかった傷口を抉るの!」

「愛してるからだよ!僕の全てをファティーナに捧げる!疑うのなら信じられるまで僕を見てよ!16歳がなんだよ!年齢なんか関係ない!好きなものは好きだ!それだけだよ!」

「はぁー。あのね。帰国したら貴方のお父様に聞きなさい?そういうのは若い頃の麻疹。そう言うわよ。もう誰かに振り回されるのは沢山なの。なんで1度ならずとも2度も…今度は私から何を奪いたいの?!領地だけじゃ不満なの?!何もかも奪ったのは貴方達よ!全部、全部あなた達が奪ったじゃない!」

今まで他者に恨み言を言った事はなかったけれど、ファティーナは感情的になり、顔も涙でグシャグシャ。心の底にずっと押し込んできた気持ちは一旦堰を切ると「シルヴェリオには関係ない」と解っていても止まらなかった。

「もう、私を自由にしてよ。何も奪わないで。本当にもう何もないの」
「うん…ごめん。全部…ごめん」

ファティーナが泣き止むまでシルヴェリオはずっとファティーナを抱きしめて離さなかった。

「もう…大丈夫。ごめんなさい。貴方には何の罪もないのに。八つ当たりをしてしまったわ。ほんと。自分が嫌になるわ。なんて大人げない」
「いいんだ。言ったろ?年齢は関係ない。僕の家族がしてしまった事だ。僕は受け止めなきゃいけない。ただ、これだけは信じて欲しい。僕は何があってもファティーナを裏切らない。愛している気持ちは未来永劫変わらない。謝罪に来たのに許しを得もしないで今度は僕の勝手な気持ちを押し付けてしまった。ごめん…」

★~★

「戻ろうか。姉様」
「・・・・・えぇ」

その後は並んで家まで戻った2人。
2人の間には手を伸ばせば繋げるけれど空間があった。

魔導士達が来るまで静かな時間を1カ月、向かい合って食事をしたテーブルを挟んで向き合って座って過ごし、2人はリーディス王国に転移した。
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