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第35話 愛に応える必要はない
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「いやぁぁーっ!違うの!違うのぉーっ!お姉様!見てたでしょう?違うのぉーっ!悪いのはお姉様なのぉー!!」
半狂乱になったマリアは、ガクンとその場に崩れ落ちたシルヴェリオの胸からナイフを引き抜こうと再度柄を握った。ナイフさえ引き抜けば無かった事になるかも知れない、仕切り直しだと考えたのだ。
「止めろ!ナイフを抜かせるな!」
兵士が声をあげてマリアに飛び掛かり、マリアはあっという間に拘束された。理由はどうあれファティーナを狙ったのなら国賓である事から外交問題。今回は国王が自ら招いているので国家ぐるみの要人暗殺とされればまた戦になる可能性もある。第1王子の息子を狙ったのなら王族の暗殺。言い逃れは出来なかった。
会場で人の輪はもう1つ出来ていた。先代ネブルグ公爵の周囲である。
「どう責任を取られるおつもりか!」
「なんだ、その口の利き方は!お前は伯爵家だろう!私が公爵家の人間だと解っての言葉か!」
先代ネブルグ公爵は唾を飛ばして反論したが、伯爵とは別に後ろにいた夫人も声をあげた。
「言葉使いがどうこう言えて?」
「そうよ。ヘゼル王国と開戦するならお一人でなさって」
「戦はもうこりごりよ。何処の公爵家ですって?恥を知りなさいよ」
「違う!あの女は離縁をしているんだ!」
「じゃぁどうして連れてきたのよ。当主夫人でしょう?入場を見たわよ」
周囲からは矢のような怒号と侮蔑の視線が先代ネブルグ公爵に突き刺さる。
その場から連れ出してくれる英雄が兵士たち。決してやさしくはない。襟元を掴まれて喉仏にシャツが食い込み息が出来ない。乱暴に「立て」と罪人同様の扱いを受け、連れて行かれた先はかつてファティーナが収監された日の当たらない地下牢だった。
アロンツォも同じように連行され、マリアは手足に枷、口にも枷を嵌められて向かいの牢に放り込まれた。
「父上…どうなるんです?まさか死罪じゃないですよね?刺されたのはシルヴェリオだし、大丈夫ですよね」
「悪夢だ…悪夢だ…これは悪夢なんだ」
「父上っ!しっかりしてください!ファティーナのように王子を狙った訳じゃない。シルヴェリオが受けたんだから釈放されますよね?!」
「違う…あの事件は私が仕組んだ…ファティーナじゃないんだ。知られたんだ!ファティーナは全てを知って復讐しようと呪いをかけたんだ!!」
アロンツォは先代公爵の言葉に言葉を失った。
両親たちの思惑と自分とマリアの思惑が重なってしまったのが第1王子暗殺事件でファティーナは罪を着せられただけ。
「やっと自白が取れた。長かったよ。でも呪いだなんて魔導士を何だと思ってるんだろうな。失敬な」
ハッとアロンツォが振り返ればそこには立太子が発表されたばかりの第1王子サミュエルがいた。
ガチャンと握った鉄格子が音を立てる。アロンツォはサミュエルに縋るしかないと懇願した。
「殿下!私は何も知らなかったんです。今回の事はそちらにいるマリアが勝手にした事ですし、前回の事だって父が勝手にした事です。今回、弟が死にました!ファティーナなのか王子なのかを庇って死んだんです!シルヴェリオに免じて私だけでも恩赦を!お願いいたします!」
「反吐が出る。よく聞け。王族の暗殺は3親等までは全て処刑だ。お前たちは13年間、生き延びたではないか。もう十分だろう」
「そんなっ!ではシルヴェリオは犬死ではありませんか!王族を身を挺し守ったシルヴェリオに免じて恩赦を!」
「なぜそんなに弟を死んだことにしたいのか意味が解らない。そして自分だけが助かればいい‥そんなお前に虫唾が走る。安心しろ。一思いに死なせはしない。現行犯だし聴取も不要だ。13年間を振り返りながら数時間で逝かせてやろう。執行せよ!」
サミュエルの号令に牢の中を緩く照らしていたランプが兵士によって消される。灯りは去って行くサミュエルの足元を照らす灯りのみ。
何故地下牢があるのか。城の周りに何故水を張った堀があるのか。
敵を捕縛したり、侵入を防ぐためだけではない。ゆっくりと足元に溜まって行く水を見てマリアは枷を介して獣のような声をあげ、アロンツォと先代公爵は声の限り叫んだが声を聞き届ける者は誰もいなかった。
★~★
会場から医療室に運び込まれたシルヴェリオはもう声を出す事もなく、息をしているかも鼻や口に塗れた手を翳しても感じ取ることは出来なかった。
目は見開いていて、覗き込んでも反応がない。
顔や衣服から見えている手はどんどん蒼白になっていく。
「ファティーナさん。宜しいのですか?」
「・・・・」
「いいんですか?僕ちゃん、死んじゃいますよ?」
リーディス王国にもファティーナのように医療部門が得意な魔導士はいる。医師と魔導士が必死にシルヴェリオの命を繋ぎ止めようとしているのはファティーナにも判る。
ただ維持がやっとで例えるなら消えそうな炎に燃えやすい物を火が付きやすいようにくべているだけ。くべるものが無くなれば火は消える。
目の前で起こった事にファティーナは混乱して何もかも判らなくなった。
何を考えているかではなく、考えている事すら判らなかった。真っ白の状態とも言える。
ポツリと口から言葉がやっと零れた。
「愛していると言ったの」
「でしょうね」
「でも信じられなかったの」
「そんな事もあるかと」
「どうしたらいい?」
「あなたは愛さなくていいんじゃないですか?愛に応えようとしなくていいかと」
「え?」
「あなたにも思う事はあるでしょう。そこへ1か月、2カ月で全てを無かった事にするほど13年は短くありません。だけど今、彼を助けられるのはあなたしかいません。答えなんて直ぐには出ませんよ」
ファティーナは魔導士の「ねっ?」とウィンクする姿にクスっと笑った。
「そうね。治して、ほら!他に好きな人出来たじゃないって嫌味を言うのもいいかも」
「そう言う事です」
「行くわ。私にしか出来ないとか言われたらやるしかないわ」
「お代はどうします?」
「今度、彼にポケットマネーで服でも買ってきてあげて。おじさんっぽくないやつ」
「にゃんで私が?!」
「だって、あなたからの依頼だもの」
半狂乱になったマリアは、ガクンとその場に崩れ落ちたシルヴェリオの胸からナイフを引き抜こうと再度柄を握った。ナイフさえ引き抜けば無かった事になるかも知れない、仕切り直しだと考えたのだ。
「止めろ!ナイフを抜かせるな!」
兵士が声をあげてマリアに飛び掛かり、マリアはあっという間に拘束された。理由はどうあれファティーナを狙ったのなら国賓である事から外交問題。今回は国王が自ら招いているので国家ぐるみの要人暗殺とされればまた戦になる可能性もある。第1王子の息子を狙ったのなら王族の暗殺。言い逃れは出来なかった。
会場で人の輪はもう1つ出来ていた。先代ネブルグ公爵の周囲である。
「どう責任を取られるおつもりか!」
「なんだ、その口の利き方は!お前は伯爵家だろう!私が公爵家の人間だと解っての言葉か!」
先代ネブルグ公爵は唾を飛ばして反論したが、伯爵とは別に後ろにいた夫人も声をあげた。
「言葉使いがどうこう言えて?」
「そうよ。ヘゼル王国と開戦するならお一人でなさって」
「戦はもうこりごりよ。何処の公爵家ですって?恥を知りなさいよ」
「違う!あの女は離縁をしているんだ!」
「じゃぁどうして連れてきたのよ。当主夫人でしょう?入場を見たわよ」
周囲からは矢のような怒号と侮蔑の視線が先代ネブルグ公爵に突き刺さる。
その場から連れ出してくれる英雄が兵士たち。決してやさしくはない。襟元を掴まれて喉仏にシャツが食い込み息が出来ない。乱暴に「立て」と罪人同様の扱いを受け、連れて行かれた先はかつてファティーナが収監された日の当たらない地下牢だった。
アロンツォも同じように連行され、マリアは手足に枷、口にも枷を嵌められて向かいの牢に放り込まれた。
「父上…どうなるんです?まさか死罪じゃないですよね?刺されたのはシルヴェリオだし、大丈夫ですよね」
「悪夢だ…悪夢だ…これは悪夢なんだ」
「父上っ!しっかりしてください!ファティーナのように王子を狙った訳じゃない。シルヴェリオが受けたんだから釈放されますよね?!」
「違う…あの事件は私が仕組んだ…ファティーナじゃないんだ。知られたんだ!ファティーナは全てを知って復讐しようと呪いをかけたんだ!!」
アロンツォは先代公爵の言葉に言葉を失った。
両親たちの思惑と自分とマリアの思惑が重なってしまったのが第1王子暗殺事件でファティーナは罪を着せられただけ。
「やっと自白が取れた。長かったよ。でも呪いだなんて魔導士を何だと思ってるんだろうな。失敬な」
ハッとアロンツォが振り返ればそこには立太子が発表されたばかりの第1王子サミュエルがいた。
ガチャンと握った鉄格子が音を立てる。アロンツォはサミュエルに縋るしかないと懇願した。
「殿下!私は何も知らなかったんです。今回の事はそちらにいるマリアが勝手にした事ですし、前回の事だって父が勝手にした事です。今回、弟が死にました!ファティーナなのか王子なのかを庇って死んだんです!シルヴェリオに免じて私だけでも恩赦を!お願いいたします!」
「反吐が出る。よく聞け。王族の暗殺は3親等までは全て処刑だ。お前たちは13年間、生き延びたではないか。もう十分だろう」
「そんなっ!ではシルヴェリオは犬死ではありませんか!王族を身を挺し守ったシルヴェリオに免じて恩赦を!」
「なぜそんなに弟を死んだことにしたいのか意味が解らない。そして自分だけが助かればいい‥そんなお前に虫唾が走る。安心しろ。一思いに死なせはしない。現行犯だし聴取も不要だ。13年間を振り返りながら数時間で逝かせてやろう。執行せよ!」
サミュエルの号令に牢の中を緩く照らしていたランプが兵士によって消される。灯りは去って行くサミュエルの足元を照らす灯りのみ。
何故地下牢があるのか。城の周りに何故水を張った堀があるのか。
敵を捕縛したり、侵入を防ぐためだけではない。ゆっくりと足元に溜まって行く水を見てマリアは枷を介して獣のような声をあげ、アロンツォと先代公爵は声の限り叫んだが声を聞き届ける者は誰もいなかった。
★~★
会場から医療室に運び込まれたシルヴェリオはもう声を出す事もなく、息をしているかも鼻や口に塗れた手を翳しても感じ取ることは出来なかった。
目は見開いていて、覗き込んでも反応がない。
顔や衣服から見えている手はどんどん蒼白になっていく。
「ファティーナさん。宜しいのですか?」
「・・・・」
「いいんですか?僕ちゃん、死んじゃいますよ?」
リーディス王国にもファティーナのように医療部門が得意な魔導士はいる。医師と魔導士が必死にシルヴェリオの命を繋ぎ止めようとしているのはファティーナにも判る。
ただ維持がやっとで例えるなら消えそうな炎に燃えやすい物を火が付きやすいようにくべているだけ。くべるものが無くなれば火は消える。
目の前で起こった事にファティーナは混乱して何もかも判らなくなった。
何を考えているかではなく、考えている事すら判らなかった。真っ白の状態とも言える。
ポツリと口から言葉がやっと零れた。
「愛していると言ったの」
「でしょうね」
「でも信じられなかったの」
「そんな事もあるかと」
「どうしたらいい?」
「あなたは愛さなくていいんじゃないですか?愛に応えようとしなくていいかと」
「え?」
「あなたにも思う事はあるでしょう。そこへ1か月、2カ月で全てを無かった事にするほど13年は短くありません。だけど今、彼を助けられるのはあなたしかいません。答えなんて直ぐには出ませんよ」
ファティーナは魔導士の「ねっ?」とウィンクする姿にクスっと笑った。
「そうね。治して、ほら!他に好きな人出来たじゃないって嫌味を言うのもいいかも」
「そう言う事です」
「行くわ。私にしか出来ないとか言われたらやるしかないわ」
「お代はどうします?」
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「にゃんで私が?!」
「だって、あなたからの依頼だもの」
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