旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru

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女神の涙と死者の魂

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ドレーユ侯爵はテーブルに置いた小箱の蓋を取る。
コトリと蓋をテーブルに置くと、シャロンに小箱の中身を見せる。
白い布が敷き詰められた中に、深紅の石と紺碧の石が並んでいる。

「紺碧の石の名前は 女神の涙、深紅の石の名前は 死者の魂です」

シャロンは宝石にはあまり詳しくはない。
大きければ良いものではないし、カット面が多くてもよろしくない。
透明度だとか硬度だとか、産地だとかいろいろな条件が絡まる宝石。
シャロンにはその価値が見いだせない。

「どうぞ手に取ってみてください」
「そっそんな、畏れ多いですわ」
「いいえ。この子たちは貴女を待っていたのです。いやこの言い方は
語弊がありますね。貴女の元にやって来た。これが正解でしょう」
「わたくしが、引き寄せたと?」
「えぇ。何事も適材適所。宝石に限らずですけどもね。
さぁ、手に取ってみてください」

シャロンは少し震える手で、まずは紺碧の石を手にする。
手のひらに乗せると紺碧の石は薄っすらと青白いオーラを放つ。

「えっ?えっ??あの…何か光がっ…あっ!」

シャロンは青白いオーラを放つ宝石を乗せた手のひらに熱を感じる。
箱に戻して良いものか変わらず、おろおろしてしまう。

「貴女は今、手のひらに熱を感じているのでは?」

ーーどうしてわかるの?ーー

光に驚くのは視覚で判断できるが、手のひらに感じる熱は
熱いわけではなく、人肌よりも温かい程度である。
何より、それがどうして 熱 なのか?を知っているのだろうと
宝石よりもドレーユ侯爵に驚いた。

「さぁ、一度置いて、次はそちらを手に取ってみてください」

シャロンは空いた手の親指と人差し指で宝石をつまむと
そっと箱に戻し、もうひとつの宝石を手のひらに乗せる。
乗せた瞬間、宝石が霧に包まれるような細かい粒子に囲まれる。
そして手のひらに感じたのは、チクリとした痛みである。
熱ではなく針、いや、木の棘がプツリと刺さったような
突くよりも刺さるという痛みである。

ドレーユ侯爵は何もかもお見通しなのか、

「少し痛かったでしょう?ですが感じるだけで傷にはなりません。
ご安心なさい。さぁ戻して」

そっと石を箱に戻すとシャロンは自分の手のひらをまじまじと見つめる。

「この2つの石ですが、ご説明いたしましょう」
「は、はい。お願いいたします」

シャロンは眺めていた手を慌てて膝に戻す。

「先に貴女が手にした紺碧の石。さすがですね。
これは 女神の涙 と言います。
1000年以上前、この地が戦乱で荒れ果てた事を嘆いた女神の涙が
天からポツリと落ち、地上に草木を生やし、人々の心を洗い流したと
伝えられています」

「少し温かみを感じたのですが」

「えぇ。そうでしょう。その温もりは女神の抱擁とも言われます」

「女神の…抱擁…」

反復するようにシャロンは呟く。

「そして深紅の石は 死者の魂 と言います。
こちらは人々の心を洗い流した時に、亡くなった者は不浄のままだと
されないように女神がその魂を集め浄化したと伝えられています」

「魂の浄化ですか…」

「貴女には、愛と死の女神であるフーレィリヤの加護がある。
貴女こそその石の本当の持ち主なのです」

「あの…私にはこのような宝石を買った覚えも、
買ってもらった覚えもありませんし、持ち主ではないと思います」

「フフフ。貴女は本当に困ったひとだ。
この石は金で買えるようなものではないのです。
そして、持ち主こそこの石に本当の働きをさせることが出来るのです」

「本当の働きとは…この石を使って何かをするのですか」

「えぇ。そろそろ妖精の目覚める頃ですから
その時が来た…という事でしょうね」

「それは、この石を使ってシリウスを、いえ彼を
どうにかするという事なのですか?
嫌です。嫌です。あの人はもう死んでしまうのでしょう?
体は屍となって、魂は妖精になるのでしょう?嫌です!
もう、もう…シリウスに辛い事をさせたくないっ!」

ドレーユ侯爵は目の前で涙を流し、もうシリウスに何もしないでと
嗚咽交じりに懇願するシャロンを慈しむような目で見ている。

「時間はもうありません。完全に屍となる前に‥‥
貴女にはやるべき事があるのです」

「嫌ですっ」

「困りましたね…」

ドレーユ侯爵は宝石を2つ手に取ると、席を立ち
シャロンの隣に行き、シャロンの手に2つの宝石を握らせた。
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