旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru

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番外編

ツツジの咲き誇る小道

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広い庭園で剣の素振りをする少年が1人。

シュッシュっとリズムよく剣が空を斬る。

「そろそろ休憩をなさい」

女性に声を掛けられると、ハイと返事をして汗をぬぐいつつ
冷たい果実水が置かれたテーブルに向かって歩く。

「叔父上はまだ到着されないのですか」
「そうねぇ。あの子は気まぐれですもの。放っておきましょう」

女性は椅子に腰かけるとメイドから裁縫箱を受け取り
静かに刺繍を始める。

「水仙の花ですか」
「えぇ。妻を娶らず、やっとと思えば養子をとって。
本当に何を考えているのやら。刺繍のないハンカチーフばかりなのよ。
どなたか、勘違いをして嫉妬の上に既成事実でも作ってくれないかしら」

女性の刺繍するハンカチーフはドレーユ侯爵に渡るようだ。
女性は布地にカラフルな糸を丁寧に通しながら少年に語る。

「来週、貴方にどうかなと思うお嬢さんを誘っているわ。
お行儀よく、間違っても女の子に剣の話をしてはダメよ」

「まだ、早いと思います。僕は8歳なのですよ」

「遅いくらいですよ」

「ですが‥‥僕は‥‥」

ーー僕は、人質の身の上ですーー

少年は喉元まで出かかった言葉を発することが出来ない。
目の前で刺繍をする女性は、実の子供と同様に愛してくれている。
何一つ不自由のない生活をさせてもらっている。
月に数回やって来る女性の弟であるドレーユ侯爵を父だと思っていたが
どうやら違うらしいと最近自覚をしたばかりである。

両親について思い出そうとしても、その手掛かりは何もない。

ーー自分は一体何者なんだろうーー

そう思うようになり、最近は剣を素振りする事で気を紛らわす。
おかげで手のひらはなんどもマメがつぶれて固くなり
剣ダコも出来てしまった。

果実水を半分ほど飲んでテーブルに置く。
女性は刺繍から目線を外すことなく語りかける。

「本当は貴方が好きだと言う女性が一番なのだけれどね」

女の子にまだ興味がないと言えばうそになるが
恋愛の対象となるような女性は身の回りにはいない。
一番若いメイドでも30代である。

碧い糸を布地の裏側で玉止めすると女性は顔を上げた。

「とにかく、来週よ。粗相のないようにね」

パチンとウィンクをすると席を立つ。
裁縫箱と刺繍をメイドが静かに片づけて去っていく。

1人残された少年の元に紳士がやって来る。
シルバーグレーの髪にまた白髪が増えたと少年は思った。

「僕の両親はどんなひとなのですか」

少し目じりを下げ、優しい微笑でドレーユ侯爵は答える。

「親とは生みの親とは限らない、育ての親とも限らない。
君はニキティス。その名の意味は勝利。最後に勝利を勝ち取る者。
全てを知るにはまだ君は幼い。先ずは己を掴み取りなさい。
愛を乞うて愛を離さぬようになればその答えは導かれるでしょう」



翌週、1人の令嬢が両親とともにやって来る。

名をディーテルと名乗る。
淡い水色の髪、薄い黄色い瞳のすこしぽっちゃり目の令嬢である。
両親と思われる大人をチラチラとみて不安げな表情である。

「お菓子…食べなよ」

そっと菓子の入ったカゴを令嬢に寄せた。
令嬢は小さく首を横に振る。

「好きなお菓子じゃなかったかな。ごめんね」
「違う・・」

令嬢は小さな声で呟く。

「何が違うの?」
「お母様が‥‥お菓子は太るからダメだっていうの」
「そうなんだ…でも1個なら大丈夫だよ」
「本当に?叱られない?」
「叱られるなら僕も一緒に叱られてあげるよ」

そう言うと、パッと花が咲いたような笑顔になり、
お菓子を1つ口に頬張った。

「美味しい!甘くてとっても美味しい!」

令嬢の周りにポンポンと花が咲いたように見えた。
1個が2個になり3個になった。
メイドが令嬢を迎えに来た。

「また、おいでよ」
「いいの?」
「うん。何が好き?用意しておくよ」
「一緒に…食べてくれるの?」
「うん。一緒に食べよう。沢山食べよう」
「ありがとう!カスタードとかリンゴが好きなの」

馬車に乗りこむ令嬢をみて、ちょっとだけ胸が痛んだ。

ーー帰らないでほしいなーー

そう思っていると、気持ちを見透かされたかと思う言葉を掛けられる。

「あら?キューピッドにハートを射抜かれたみたいね」

ウフフと女性は嬉しそうに笑った

☆~☆~☆

10年後、年に一度の式典で騎士団の鼓笛隊の隊列に少年はいた。
いや、もう少年ではない。18歳はこの国ではもう成人である。
青年と言った方が良いだろう。
青年は剣よりも音楽で人を癒し、救う道を選んだ。

出番はもう終わった。青年は楽器を預けると観覧席に向かう。
観覧席には沢山の人がいた。

「ニキティス様、こちらですわ」

従者に日傘をさしかけてもらった少女は小さく手を振る。
すこし小走りになり少女の元に行く。
少女の名はディーテル。

「お待たせ。ずいぶん待たせてしまったね」
「いいえ?あら、汗が」

ディーテルはハンカチでニキティスの汗を押し当てるように吸い取る。

「この後はよろしいの?」
「うん。大丈夫だ。さぁ君の父上の元に行こう」
「お父様、許してくださるかしら」
「大丈夫。叱られるときは僕も一緒だ」
「ウフフ…そうですわね」

ニキティスはディーテルの腰にそっと手を回し歩き始める。
婚約者である彼女には求婚を終えている。
彼女の父に結婚の承諾を貰うために2人はゆっくりと歩いた。

花が咲き誇る小道。両脇のツツジは祝福するかのように風に揺れた。

あの日の答え、自分が親になれば答えが判るのだろうか。
だとすれば、それはもうすぐ。
だって愛する人との歩みはこれから始まるのだから。

 ~Fin~

☆~☆~☆

ニキティス(ソティス)はあまりにも不遇で
幸せになってほしい一番のキャラでしたので
番外編を投稿させて頂きました。

cyaru
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感想 99

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みんなの感想(99件)

むぅき
2025.02.09 むぅき

いつも楽しく読ませていただいてます

ドレーユ侯爵のお話が公開されなくなったので…こちらのお話で脳内補完

いつか修正が終わり、公開できるようになったらいいな〜ドレーユ侯爵の話がまた読める日が来ることを他の作品を読みながら待っています

2025.02.09 cyaru

コメントありがとうございます。<(_ _)>

おやっ!!ドレーユ侯爵の話を!!覚えていてくださったなんて光栄です~♡

ドレーユ侯爵の話って結構文字数があるんですよね(;^_^A
だけど、この話とあとお嫁様の話のスピンオフ的な面もあるので、2月22日のニャンの日にでもぽちっと公開しとこうかな(;^_^A
R18になっているのでもしかすると年齢制限で弾かれてしまう可能性も無きにしも非ず?!

いやぁ、ホントに覚えててくださって嬉しいな(*^_^*)

ラストまでお付き合いいただきありがとうございました(*´▽`*人)

解除
あさぎ
2023.05.20 あさぎ

夫婦の揉め事話かと思いきや
壮大なお話でした
特に妖精のところは面白かったです
一粒で二度美味しい的な?お得感😆

肝心なことを話さない見栄っ張り夫は
事情はわかりましたが、愛する妻以外に
手を握られてたり
体に触れられてたり?が
平気な人なんだなあ、と残念な男でしたね
それもこれも妻が許してるのですから
とやかくいうことじゃないんだろう
と、思うものの、モヤモヤは少し残ります
よね、近すぎる距離は何だったのだ、と。
信頼や信用を失ったのに、一度殺められて
帳消しになったようで(笑)

妖精さんはすごい!
と思いました
ありがとうございました
あ!番外編は特によかったです!

2023.05.20 cyaru

コメントありがとうございます。<(_ _)>

この話はドレ―ユ侯爵の話があるんですけども、その中から抜粋した1章を補足を加えたんですよ(;^_^A
ドレ―ユ侯爵は「奇妙な石」を集めているんですけどもね(*^-^*)

こんな男!捨てちゃえ!っと、捨てるのは簡単なんですけども、その裏側を覗いてみると?って感じです。
夫婦には話し合いが必要なんですが、その話し合いも「業務上の秘密」となれば難しいですよねぇ。
リアルでも都市伝説のように言われている諜報活動をしている方々。一説では家族もその仕事が何なのか知らないとか、亡くなったら総理大臣から花が届くとか。色々言われておりますけども、そんな感じの秘密なら奥さんの事を愛していても言えないし…っと(;^_^A
ま、単にこの話はゲス王子のやらかしで、周りがトバッチリって感じなんですが、それでも相手が相手だと確定となるまでは手出しも出来ませんしね…。

あっさりと国をぶっ潰しちゃうドレ―ユ侯爵で御座いますが、夫婦の中にはそれでも・・・っと再構築をするカップルもいますし…ワシ基準ではかなりレッドゾーンに踏み込んでおりますが(笑)生まれ変わっての元鞘?みたいにしてみました(*^-^*)

番外編のニキティスは母親はクズなんですけども(父親もクズですが)、ニキティス自身には罪はないのと、別の国に預けられて育てられますが、両親がゲスなクズでも必ずしも子供はそうじゃないって事で、番外編となりました(*^-^*)
まぁ…シリウスが結果ダメだったけど命を賭して守った小さい命でもありますしね(^_-)-☆

ラストまでお付き合いいただきありがとう御座いました。<(_ _)>

解除
Sugar0117
2022.11.20 Sugar0117

短編作品に関わらず一気読みできませんでした。一旦別作品に息抜きしたりしてから戻って来ましたら、何だか魅力が半減した気持で読破しました。
ドレーユ侯爵が頻繁に登場する辺りから“神話”っぽい話が盛り込まれて雰囲気が変わりましたね。愛情一途な夫婦と対比する様に描かれていたクズ王子二人の性生活やソティスの母親の娼婦の様な生き様。
此れは離縁する夫婦の要因背景として必要だったのでしょうか🤔
イマイチ共感できない作品でした❗️
感想コメントに度々希望されている(?)不思議侯爵様をメインに新たな作品作りを期待してます(^^)
毎回楽しませて頂きありがとうございます♪

2022.11.20 cyaru

コメントありがとうございます。<(_ _)>

ドレーユ侯爵の話を読んでいないと判らないかも知れないですね(*^-^*)
彼を軸に置くと…いつくだったかな??5つか6つは既に公開し終わっているので新たに彼を軸に置く話はもう出てこないかと思います。

気持ちが半減した中、読んでくださってありがたいのですが「なんだかなぁ」と思いつつですと、読まれる方の負担になると思うので閉じて頂いても構わないですよ(*^-^*)無理は良くありませんので。

ラストまでお付き合いいただきありがとうございました。<(_ _)>

解除

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