婚約も二度目なら

cyaru

文字の大きさ
3 / 36

第03話  時間の値段

しおりを挟む
世の中で一番高価なものはなんだろう。

そう考えた時、コルネリアは「時間だ」と答えるが婚約破棄に当たり父親がハーベ伯爵家に提示する慰謝料の金額を見て愕然とした。

婚約期間は14年間。請求しようとしている金額は300万だった。

月に5万ほどのアルバイトをしても年間で60万。5年を過ぎればアルバイトをしていた方がずっと取りが良い計算になる金額。しかしこれでもかなり盛ったほう。

婚約破棄の慰謝料と言うのは気持ちの金額と相場の金額には大きな隔たりがある。

「仕方ないか~。解消なら貰えない金額だものね」

年頃になり当事者の2人が嫌だと言うのなら婚約は解消する。その場合なら慰謝料など発生しない。曾祖父母や祖父母の時代なら貞操観念が強く叫ばれていたのでカスパルの行為はかなり咎められたかと思いきやそうでもない。

強い貞操観念が求められたのは女性だけで、男性は愛人の1人や2人は当たり前。完全な男尊女卑の時代なので結局女性は「女遊びも許容できない」と逆にレッテルを貼られるだけの泣き寝入りの時代だった。

そんな時代からすれば夫や婚約者の不貞行為について女性が僅かでも金銭的に補償が得られるようになったのは僥倖なのかも知れない。

「書類は出来た。一緒に行くかい?」
「えぇ、勿論よ」

カスパルの行為は最低だが、ハッキリ言ってハーベ伯爵夫妻の言動も褒められたものではない。

コルネリアは思うのだ。
父のジェッタ伯爵はカスパルを責めるけれど、ハーベ伯爵夫妻も相当なもの。
今回はハーベ伯爵の方から「息子がすまなかった」と侘びを入れてきたようだが婚約者としてハーベ伯爵家に行くと優しかったのは兄の2人。夫妻のコルネリアに対しての態度は最低だった。

『借金さえする必要が無ければわざわざ同じ爵位なんかには婿に出さない』
『息子の妻になれる喜び。感じた事ないの?』

2人は親馬鹿、いやバカ親なのだ。

子息の間では高嶺の花だった「カトレアのきみ」を妻に出来た。
その妻によく似た末っ子を甘やかす父親。

兄弟で唯一自分にそっくりな麗しい見た目の息子が自慢の母親。

平々凡々なコルネリアは「ほまれだろう?」と言われ続けて「期間限定だけどね」と遠回しに時期が来れば婚約も解消すると言われ続けてきた。

ハーベ伯爵夫妻にとっては婚約中は息子が婿養子になる立場だろうがコルネリアは「嫁」で前時代的な考えを持っていた。

子供を身内贔屓するにも限度と言うものがあるだろうとコルネリアはいつも思っていた。

――見た目だけで中身は最低の最悪、親も害悪な男なんかお断りよ――

カスパルの本意は解らずとも、周囲は「婚約解消ありき」だったのでハーベ伯爵夫妻のコルネリアへの当りも最悪だったのだ。


その上、ハーベ伯爵家に行って何をするかと言えば時に赤子になったり、時に暴力的になったりで誰かの介助が無いと生きていけない先代伯爵夫人の世話。

「そういうことか!」とコルネリアが閃いたのは先代伯爵夫人の呆け具合はどんどん進行し、もうコルネリアくらいしか面倒を見られる人間がいなかった。

使用人も「この給料じゃやれない」と辞めていくし、使用人が怪我をしてしまうと治療費なども出さねばならない。その点コルネリアならカスパルの婚約者なのだから身内も同然。

先代伯爵夫人が神に召される頃には婚約も解消になるのだから使い倒せとばかりにこき使われていた。

しかし人の寿命など推し量れるものではなく、先代夫人はまだまだ神の御許には旅立ちそうにない。コルネリアもカスパルも19歳。このままではカスパルがジェッタ伯爵家に婿養子に行き、先代夫人の面倒を看るものがいなくなるので体よく爵位を譲るとして長兄に押し付けるのだろう。

「ま、どうでもいいわ。カスパルのお兄さんは可哀想だけどお兄さんたちだって見て見ぬ振りで何もしてくれなかったんだから、これからは手厚く介護してあげればいいだけだもの」



そう思い、父親と出向いて驚いた。
厚顔無恥とはこの事だろうか。カスパルの女好きが可愛く思えた。

「慰謝料は300万だが、これは我々からの好意で100万を上乗せするよ」

そういって札束をもう1束乗せてきたのはハーベ伯爵。
しかしタダほど怖いものはない。当然裏がある。

「で?どうだろう。これからも先代夫人の面倒を看に来てくれないか?リアが来ると喜ぶし我々も助かる。この世は共助で成り立っていると思わないか?」

「いえ、もう関係なくなりますし訪問は遠慮いたしますわ」

「そんなに割り切らなくても。今までは家族も同然だったじゃないか。ある日突然こうやって縁が切れたからと他人なんて寂しいじゃないか」

「いいえ?寂しさなど御座いません。私のような素人に頼むよりも今後は病状も進行していますしプロにお任せした方が良いと思います」

「素人なのにプロに任せた方が良いなんてアドバイスは矛盾してるだろう?そんな事を決めるのはリアじゃないと思うんだが?」


要は金を払わずに面倒を看てくれる人が欲しいだけ。この家でまともな人間はいないのかとジェッタ伯爵と顔を見合わせたコルネリアにハーベ伯爵家の次兄が呆れた声を出した。

「いい加減にしなよ。困っているだろう。そもそもでその素人に何もかも押し付けていた父さんたちがどうかしているよ。カスパルの所業もあるし今後の事を提案するなら、慰謝料だって倍額にして深く頭を下げるべきだ」

話の判る次兄…ではない。ただこの家族の中にあって周囲をよく見ている。
ハーベ伯爵家がジェッタ伯爵家から金を借りていた事や、担保としてカスパルを差し出し婚約をしていた事、明らかに下手を打てないのに何を考えているのかカスパルが迷惑をかけっ放し。

ただでさえ醜聞の婚約破棄なのだからと、ジェッタ伯爵家絡みで事業が滞る事を懸念しての言葉だった。

しかし、理由などどうでもいい。次兄が更にと上乗せしてきた300万。合計700万を慰謝料として受け取ったジェッタ伯爵。

これで婚約は破棄と言う形で決着をし、両家の繋がりは国王陛下を支える臣下の1人という繋がりだけになったのだった。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

今夜で忘れる。

豆狸
恋愛
「……今夜で忘れます」 そう言って、私はジョアキン殿下を見つめました。 黄金の髪に緑色の瞳、鼻筋の通った端正な顔を持つ、我がソアレス王国の第二王子。大陸最大の図書館がそびえる学術都市として名高いソアレスの王都にある大学を卒業するまでは、侯爵令嬢の私の婚約者だった方です。 今はお互いに別の方と婚約しています。 「忘れると誓います。ですから、幼いころからの想いに決着をつけるため、どうか私にジョアキン殿下との一夜をくださいませ」 なろう様でも公開中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...