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第03話 時間の値段
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世の中で一番高価なものはなんだろう。
そう考えた時、コルネリアは「時間だ」と答えるが婚約破棄に当たり父親がハーベ伯爵家に提示する慰謝料の金額を見て愕然とした。
婚約期間は14年間。請求しようとしている金額は300万だった。
月に5万ほどのアルバイトをしても年間で60万。5年を過ぎればアルバイトをしていた方がずっと取りが良い計算になる金額。しかしこれでもかなり盛ったほう。
婚約破棄の慰謝料と言うのは気持ちの金額と相場の金額には大きな隔たりがある。
「仕方ないか~。解消なら貰えない金額だものね」
年頃になり当事者の2人が嫌だと言うのなら婚約は解消する。その場合なら慰謝料など発生しない。曾祖父母や祖父母の時代なら貞操観念が強く叫ばれていたのでカスパルの行為はかなり咎められたかと思いきやそうでもない。
強い貞操観念が求められたのは女性だけで、男性は愛人の1人や2人は当たり前。完全な男尊女卑の時代なので結局女性は「女遊びも許容できない」と逆にレッテルを貼られるだけの泣き寝入りの時代だった。
そんな時代からすれば夫や婚約者の不貞行為について女性が僅かでも金銭的に補償が得られるようになったのは僥倖なのかも知れない。
「書類は出来た。一緒に行くかい?」
「えぇ、勿論よ」
カスパルの行為は最低だが、ハッキリ言ってハーベ伯爵夫妻の言動も褒められたものではない。
コルネリアは思うのだ。
父のジェッタ伯爵はカスパルを責めるけれど、ハーベ伯爵夫妻も相当なもの。
今回はハーベ伯爵の方から「息子がすまなかった」と侘びを入れてきたようだが婚約者としてハーベ伯爵家に行くと優しかったのは兄の2人。夫妻のコルネリアに対しての態度は最低だった。
『借金さえする必要が無ければわざわざ同じ爵位なんかには婿に出さない』
『息子の妻になれる喜び。感じた事ないの?』
2人は親馬鹿、いやバカ親なのだ。
子息の間では高嶺の花だった「カトレアの君」を妻に出来た。
その妻によく似た末っ子を甘やかす父親。
兄弟で唯一自分にそっくりな麗しい見た目の息子が自慢の母親。
平々凡々なコルネリアは「誉だろう?」と言われ続けて「期間限定だけどね」と遠回しに時期が来れば婚約も解消すると言われ続けてきた。
ハーベ伯爵夫妻にとっては婚約中は息子が婿養子になる立場だろうがコルネリアは「嫁」で前時代的な考えを持っていた。
子供を身内贔屓するにも限度と言うものがあるだろうとコルネリアはいつも思っていた。
――見た目だけで中身は最低の最悪、親も害悪な男なんかお断りよ――
カスパルの本意は解らずとも、周囲は「婚約解消ありき」だったのでハーベ伯爵夫妻のコルネリアへの当りも最悪だったのだ。
その上、ハーベ伯爵家に行って何をするかと言えば時に赤子になったり、時に暴力的になったりで誰かの介助が無いと生きていけない先代伯爵夫人の世話。
「そういうことか!」とコルネリアが閃いたのは先代伯爵夫人の呆け具合はどんどん進行し、もうコルネリアくらいしか面倒を見られる人間がいなかった。
使用人も「この給料じゃやれない」と辞めていくし、使用人が怪我をしてしまうと治療費なども出さねばならない。その点コルネリアならカスパルの婚約者なのだから身内も同然。
先代伯爵夫人が神に召される頃には婚約も解消になるのだから使い倒せとばかりにこき使われていた。
しかし人の寿命など推し量れるものではなく、先代夫人はまだまだ神の御許には旅立ちそうにない。コルネリアもカスパルも19歳。このままではカスパルがジェッタ伯爵家に婿養子に行き、先代夫人の面倒を看るものがいなくなるので体よく爵位を譲るとして長兄に押し付けるのだろう。
「ま、どうでもいいわ。カスパルのお兄さんは可哀想だけどお兄さんたちだって見て見ぬ振りで何もしてくれなかったんだから、これからは手厚く介護してあげればいいだけだもの」
そう思い、父親と出向いて驚いた。
厚顔無恥とはこの事だろうか。カスパルの女好きが可愛く思えた。
「慰謝料は300万だが、これは我々からの好意で100万を上乗せするよ」
そういって札束をもう1束乗せてきたのはハーベ伯爵。
しかしタダほど怖いものはない。当然裏がある。
「で?どうだろう。これからも先代夫人の面倒を看に来てくれないか?リアが来ると喜ぶし我々も助かる。この世は共助で成り立っていると思わないか?」
「いえ、もう関係なくなりますし訪問は遠慮いたしますわ」
「そんなに割り切らなくても。今までは家族も同然だったじゃないか。ある日突然こうやって縁が切れたからと他人なんて寂しいじゃないか」
「いいえ?寂しさなど御座いません。私のような素人に頼むよりも今後は病状も進行していますしプロにお任せした方が良いと思います」
「素人なのにプロに任せた方が良いなんてアドバイスは矛盾してるだろう?そんな事を決めるのはリアじゃないと思うんだが?」
要は金を払わずに面倒を看てくれる人が欲しいだけ。この家でまともな人間はいないのかとジェッタ伯爵と顔を見合わせたコルネリアにハーベ伯爵家の次兄が呆れた声を出した。
「いい加減にしなよ。困っているだろう。そもそもでその素人に何もかも押し付けていた父さんたちがどうかしているよ。カスパルの所業もあるし今後の事を提案するなら、慰謝料だって倍額にして深く頭を下げるべきだ」
話の判る次兄…ではない。ただこの家族の中にあって周囲をよく見ている。
ハーベ伯爵家がジェッタ伯爵家から金を借りていた事や、担保としてカスパルを差し出し婚約をしていた事、明らかに下手を打てないのに何を考えているのかカスパルが迷惑をかけっ放し。
ただでさえ醜聞の婚約破棄なのだからと、ジェッタ伯爵家絡みで事業が滞る事を懸念しての言葉だった。
しかし、理由などどうでもいい。次兄が更にと上乗せしてきた300万。合計700万を慰謝料として受け取ったジェッタ伯爵。
これで婚約は破棄と言う形で決着をし、両家の繋がりは国王陛下を支える臣下の1人という繋がりだけになったのだった。
そう考えた時、コルネリアは「時間だ」と答えるが婚約破棄に当たり父親がハーベ伯爵家に提示する慰謝料の金額を見て愕然とした。
婚約期間は14年間。請求しようとしている金額は300万だった。
月に5万ほどのアルバイトをしても年間で60万。5年を過ぎればアルバイトをしていた方がずっと取りが良い計算になる金額。しかしこれでもかなり盛ったほう。
婚約破棄の慰謝料と言うのは気持ちの金額と相場の金額には大きな隔たりがある。
「仕方ないか~。解消なら貰えない金額だものね」
年頃になり当事者の2人が嫌だと言うのなら婚約は解消する。その場合なら慰謝料など発生しない。曾祖父母や祖父母の時代なら貞操観念が強く叫ばれていたのでカスパルの行為はかなり咎められたかと思いきやそうでもない。
強い貞操観念が求められたのは女性だけで、男性は愛人の1人や2人は当たり前。完全な男尊女卑の時代なので結局女性は「女遊びも許容できない」と逆にレッテルを貼られるだけの泣き寝入りの時代だった。
そんな時代からすれば夫や婚約者の不貞行為について女性が僅かでも金銭的に補償が得られるようになったのは僥倖なのかも知れない。
「書類は出来た。一緒に行くかい?」
「えぇ、勿論よ」
カスパルの行為は最低だが、ハッキリ言ってハーベ伯爵夫妻の言動も褒められたものではない。
コルネリアは思うのだ。
父のジェッタ伯爵はカスパルを責めるけれど、ハーベ伯爵夫妻も相当なもの。
今回はハーベ伯爵の方から「息子がすまなかった」と侘びを入れてきたようだが婚約者としてハーベ伯爵家に行くと優しかったのは兄の2人。夫妻のコルネリアに対しての態度は最低だった。
『借金さえする必要が無ければわざわざ同じ爵位なんかには婿に出さない』
『息子の妻になれる喜び。感じた事ないの?』
2人は親馬鹿、いやバカ親なのだ。
子息の間では高嶺の花だった「カトレアの君」を妻に出来た。
その妻によく似た末っ子を甘やかす父親。
兄弟で唯一自分にそっくりな麗しい見た目の息子が自慢の母親。
平々凡々なコルネリアは「誉だろう?」と言われ続けて「期間限定だけどね」と遠回しに時期が来れば婚約も解消すると言われ続けてきた。
ハーベ伯爵夫妻にとっては婚約中は息子が婿養子になる立場だろうがコルネリアは「嫁」で前時代的な考えを持っていた。
子供を身内贔屓するにも限度と言うものがあるだろうとコルネリアはいつも思っていた。
――見た目だけで中身は最低の最悪、親も害悪な男なんかお断りよ――
カスパルの本意は解らずとも、周囲は「婚約解消ありき」だったのでハーベ伯爵夫妻のコルネリアへの当りも最悪だったのだ。
その上、ハーベ伯爵家に行って何をするかと言えば時に赤子になったり、時に暴力的になったりで誰かの介助が無いと生きていけない先代伯爵夫人の世話。
「そういうことか!」とコルネリアが閃いたのは先代伯爵夫人の呆け具合はどんどん進行し、もうコルネリアくらいしか面倒を見られる人間がいなかった。
使用人も「この給料じゃやれない」と辞めていくし、使用人が怪我をしてしまうと治療費なども出さねばならない。その点コルネリアならカスパルの婚約者なのだから身内も同然。
先代伯爵夫人が神に召される頃には婚約も解消になるのだから使い倒せとばかりにこき使われていた。
しかし人の寿命など推し量れるものではなく、先代夫人はまだまだ神の御許には旅立ちそうにない。コルネリアもカスパルも19歳。このままではカスパルがジェッタ伯爵家に婿養子に行き、先代夫人の面倒を看るものがいなくなるので体よく爵位を譲るとして長兄に押し付けるのだろう。
「ま、どうでもいいわ。カスパルのお兄さんは可哀想だけどお兄さんたちだって見て見ぬ振りで何もしてくれなかったんだから、これからは手厚く介護してあげればいいだけだもの」
そう思い、父親と出向いて驚いた。
厚顔無恥とはこの事だろうか。カスパルの女好きが可愛く思えた。
「慰謝料は300万だが、これは我々からの好意で100万を上乗せするよ」
そういって札束をもう1束乗せてきたのはハーベ伯爵。
しかしタダほど怖いものはない。当然裏がある。
「で?どうだろう。これからも先代夫人の面倒を看に来てくれないか?リアが来ると喜ぶし我々も助かる。この世は共助で成り立っていると思わないか?」
「いえ、もう関係なくなりますし訪問は遠慮いたしますわ」
「そんなに割り切らなくても。今までは家族も同然だったじゃないか。ある日突然こうやって縁が切れたからと他人なんて寂しいじゃないか」
「いいえ?寂しさなど御座いません。私のような素人に頼むよりも今後は病状も進行していますしプロにお任せした方が良いと思います」
「素人なのにプロに任せた方が良いなんてアドバイスは矛盾してるだろう?そんな事を決めるのはリアじゃないと思うんだが?」
要は金を払わずに面倒を看てくれる人が欲しいだけ。この家でまともな人間はいないのかとジェッタ伯爵と顔を見合わせたコルネリアにハーベ伯爵家の次兄が呆れた声を出した。
「いい加減にしなよ。困っているだろう。そもそもでその素人に何もかも押し付けていた父さんたちがどうかしているよ。カスパルの所業もあるし今後の事を提案するなら、慰謝料だって倍額にして深く頭を下げるべきだ」
話の判る次兄…ではない。ただこの家族の中にあって周囲をよく見ている。
ハーベ伯爵家がジェッタ伯爵家から金を借りていた事や、担保としてカスパルを差し出し婚約をしていた事、明らかに下手を打てないのに何を考えているのかカスパルが迷惑をかけっ放し。
ただでさえ醜聞の婚約破棄なのだからと、ジェッタ伯爵家絡みで事業が滞る事を懸念しての言葉だった。
しかし、理由などどうでもいい。次兄が更にと上乗せしてきた300万。合計700万を慰謝料として受け取ったジェッタ伯爵。
これで婚約は破棄と言う形で決着をし、両家の繋がりは国王陛下を支える臣下の1人という繋がりだけになったのだった。
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