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第13話 人生初の経験が目白押し
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初めてのデート。
顔合わせの翌日ではあったので、聊か両親も驚いた顔をしていたけれど反対する理由はない。
コルネリアの母親はヴェッセルの出来過ぎた彫刻美を思わせるかんばせに久方になる乙女心を爆発させているし、父親も自分が持ち込んだ縁談なのだから反対する事も出来ない。
「あんな青年がまだ婚約者もいなかったなんて。神様もやる事が憎いわ」
噂を知らない訳ではないが、全てをプラス思考に変換する威力を美丈夫は持ち合わせているらしい。
約束の時間は9時だが、ヴェッセルは8時過ぎには到着して「女性の支度を待つ楽しみですから」とジェッタ伯爵家の自慢にもならない庭を散策し、時間を潰す。
「時間に遅れない…いえ、待ち合わせの時間に余裕をもって到着するなんて素敵ね」
「お母様、それ、当たり前のことです」
コルネリアの髪を結い上げながら夫人は感嘆の声も混じった言葉を漏らす。
当たり前のことをされて「凄い」と思ってしまうくらいに今までのカスパルは酷かったと言う事だ。茶会や夜会、双方の両親が招待状を争奪戦でもぎ取って来たが、挨拶もそこそこにカスパルは帰ってしまうし挨拶以前にカスパルが約束の時間に間に合って到着した事は一度もない。
当然、ジェッタ伯爵家にコルネリアを迎えに来る事も、夜会用などに小物1つ贈って貰った事も1度たりとも無かった。
「お待たせいたしました」
何やら父親と話が盛り上がっていたので声を掛けるのを少し躊躇ったがコルネリアが声を掛けると、父のジェッタ伯爵がものすごく嬉しそうな顔を向けた。その表情は年齢を感じさせずまるで少年だった。
「リア!彼は凄いよ。今度ルアーフィッシングに行く約束をしたんだ」
ジェッタ伯爵の趣味は釣り。釣りと言ってもブラックバスやスズキという魚の引きを楽しむ釣りが趣味なのだが、屋敷に来た時に母にはフルーツティー、父には疑似餌を贈り物で持って来るとは。
――モノで釣られないでよね――
そう思っては見たものの、「これは君に」と頭に載せられたのは麦稈帽子。世間では麦わら帽子やストローハットと呼ばれる帽子だ。
「わぁ…」
コルネリアも感嘆交じりの声をあげるつもりはなかったが、あまりの優しい被り心地に声が漏れてしまった。汎用品はチクチクとする部分があるものだが、被せられた帽子はとても柔らかくて軽い。
そっと姿見鏡を見てみると、ヴェッセルの瞳の色と同じ緋色のリボンが目に入った。
「昨日の帰りにこの帽子を見かけてね。似合うと思ったんだ」
「あ、ありがとうございます」
コルネリアは素直に嬉しかった。
実はデートに迎えに来てもらったのも、贈り物をされたのも、「似合う」と家族以外に褒められたのも人生で初めての経験だ。
「こちらこそ昨日の今日での申し入れに答えてくれてありがとう。さぁ、行こうか」
腕を「く」の字に折ってさりげないエスコートも様になっている。
「ではお嬢様を本日はお借りいたします。帰宅は16時前後です」
しっかりと両親に向かって言葉をかけるのを忘れない。
あまりにも慣れているので、折角帽子で浮き立った気持ちが下がりそうになるが「さぁ」と玄関を出て今度は違う気持ちが一気に急上昇。
玄関先に馬車が無い。ヴェッセルとコルネリアを待っていたのはヴェッセルの愛馬1頭だけでどんなに周囲を見回しても乗り物になるのは馬だけ。
――え?私、走るの?だから汚れてもいい服?――
走るのであれば行き先は近場だと助かるのだがと思ったら、鐙に足を引っかけさせられてヴェッセルの手が腰に触れたかと思ったら声をあげる間もなく馬の背に持ち上げられた。
――人生初の横乗り&相乗り騎乗?!――
「俺の腕に背中を靠れさせるんだ。絶対に落とさないから安心して」
「は、はい」
背中と胸の前にヴェッセルの腕があるものの、馬が歩き出すと「ひゃぁ!」声が出てしまう。
「怖かったら俺の体に腕を回して掴まっていればいいよ。密着するけどね」
恥ずかしさと恐怖。どちらが上かと言えば恐怖。慣れればどうってことはないのだろうが生まれて初めて馬の背に乗り揺られる恐怖は半端ない。鬣を掴んでもいいのだろうか。いやそんな事をしたら自分だって髪を掴まれて引かれたら痛いのだから馬だって痛いと暴れるんじゃ?と思うと鬣は掴めない。
なら恥ずかしさは二の次でヴェッセルにしがみ付いた方がまだマシ。
プルプル震えながらヴェッセルの体に手を回す。
男性にこんなに密着するのも人生で初めて。
もう記憶にもないほどの幼い日に父に抱っこされた事はあるだろうが記憶にないので人生初としていいだろう。
「なかなかいいもんだな。賭けさせたりはしないから安心していいよ」
――いや、もう走ってますよね――
決して馬は走ってはいないが、コルネリアの感覚では全力ではないけれど疾走に近い。
――前途多難なデートになりそう――
恐怖で顔が引き攣りながらコルネリアは周囲を見る余裕もなくデートに出掛けたのだった。
顔合わせの翌日ではあったので、聊か両親も驚いた顔をしていたけれど反対する理由はない。
コルネリアの母親はヴェッセルの出来過ぎた彫刻美を思わせるかんばせに久方になる乙女心を爆発させているし、父親も自分が持ち込んだ縁談なのだから反対する事も出来ない。
「あんな青年がまだ婚約者もいなかったなんて。神様もやる事が憎いわ」
噂を知らない訳ではないが、全てをプラス思考に変換する威力を美丈夫は持ち合わせているらしい。
約束の時間は9時だが、ヴェッセルは8時過ぎには到着して「女性の支度を待つ楽しみですから」とジェッタ伯爵家の自慢にもならない庭を散策し、時間を潰す。
「時間に遅れない…いえ、待ち合わせの時間に余裕をもって到着するなんて素敵ね」
「お母様、それ、当たり前のことです」
コルネリアの髪を結い上げながら夫人は感嘆の声も混じった言葉を漏らす。
当たり前のことをされて「凄い」と思ってしまうくらいに今までのカスパルは酷かったと言う事だ。茶会や夜会、双方の両親が招待状を争奪戦でもぎ取って来たが、挨拶もそこそこにカスパルは帰ってしまうし挨拶以前にカスパルが約束の時間に間に合って到着した事は一度もない。
当然、ジェッタ伯爵家にコルネリアを迎えに来る事も、夜会用などに小物1つ贈って貰った事も1度たりとも無かった。
「お待たせいたしました」
何やら父親と話が盛り上がっていたので声を掛けるのを少し躊躇ったがコルネリアが声を掛けると、父のジェッタ伯爵がものすごく嬉しそうな顔を向けた。その表情は年齢を感じさせずまるで少年だった。
「リア!彼は凄いよ。今度ルアーフィッシングに行く約束をしたんだ」
ジェッタ伯爵の趣味は釣り。釣りと言ってもブラックバスやスズキという魚の引きを楽しむ釣りが趣味なのだが、屋敷に来た時に母にはフルーツティー、父には疑似餌を贈り物で持って来るとは。
――モノで釣られないでよね――
そう思っては見たものの、「これは君に」と頭に載せられたのは麦稈帽子。世間では麦わら帽子やストローハットと呼ばれる帽子だ。
「わぁ…」
コルネリアも感嘆交じりの声をあげるつもりはなかったが、あまりの優しい被り心地に声が漏れてしまった。汎用品はチクチクとする部分があるものだが、被せられた帽子はとても柔らかくて軽い。
そっと姿見鏡を見てみると、ヴェッセルの瞳の色と同じ緋色のリボンが目に入った。
「昨日の帰りにこの帽子を見かけてね。似合うと思ったんだ」
「あ、ありがとうございます」
コルネリアは素直に嬉しかった。
実はデートに迎えに来てもらったのも、贈り物をされたのも、「似合う」と家族以外に褒められたのも人生で初めての経験だ。
「こちらこそ昨日の今日での申し入れに答えてくれてありがとう。さぁ、行こうか」
腕を「く」の字に折ってさりげないエスコートも様になっている。
「ではお嬢様を本日はお借りいたします。帰宅は16時前後です」
しっかりと両親に向かって言葉をかけるのを忘れない。
あまりにも慣れているので、折角帽子で浮き立った気持ちが下がりそうになるが「さぁ」と玄関を出て今度は違う気持ちが一気に急上昇。
玄関先に馬車が無い。ヴェッセルとコルネリアを待っていたのはヴェッセルの愛馬1頭だけでどんなに周囲を見回しても乗り物になるのは馬だけ。
――え?私、走るの?だから汚れてもいい服?――
走るのであれば行き先は近場だと助かるのだがと思ったら、鐙に足を引っかけさせられてヴェッセルの手が腰に触れたかと思ったら声をあげる間もなく馬の背に持ち上げられた。
――人生初の横乗り&相乗り騎乗?!――
「俺の腕に背中を靠れさせるんだ。絶対に落とさないから安心して」
「は、はい」
背中と胸の前にヴェッセルの腕があるものの、馬が歩き出すと「ひゃぁ!」声が出てしまう。
「怖かったら俺の体に腕を回して掴まっていればいいよ。密着するけどね」
恥ずかしさと恐怖。どちらが上かと言えば恐怖。慣れればどうってことはないのだろうが生まれて初めて馬の背に乗り揺られる恐怖は半端ない。鬣を掴んでもいいのだろうか。いやそんな事をしたら自分だって髪を掴まれて引かれたら痛いのだから馬だって痛いと暴れるんじゃ?と思うと鬣は掴めない。
なら恥ずかしさは二の次でヴェッセルにしがみ付いた方がまだマシ。
プルプル震えながらヴェッセルの体に手を回す。
男性にこんなに密着するのも人生で初めて。
もう記憶にもないほどの幼い日に父に抱っこされた事はあるだろうが記憶にないので人生初としていいだろう。
「なかなかいいもんだな。賭けさせたりはしないから安心していいよ」
――いや、もう走ってますよね――
決して馬は走ってはいないが、コルネリアの感覚では全力ではないけれど疾走に近い。
――前途多難なデートになりそう――
恐怖で顔が引き攣りながらコルネリアは周囲を見る余裕もなくデートに出掛けたのだった。
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