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第14話 デートの行き先
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30分近く馬に揺られていると段々と慣れてくる。
「思ったよりも怖くないだろう?」
「そうですね…」
「結婚をしたら2人で軽食を持って遠出もしよう。いい場所を知ってるんだ」
「遠出…それは私も馬に乗る…え?あの2,3回でお断りするんですよ?」
「断るかどうかは俺を知ってから。だろ?きっと4回目、5回目も期待すると思うけどな」
そうは言うものの、余裕が出来て周囲を見回すととてもデートに相応しいと思える場所ではないような気がするのも確か。
華やかな商店街や、落ち着いて話の出来る公園などとは全く違う世界が広がっていた。
漂ってくる香りは川底のヘドロのような香りだし、そこに得も言われぬ嗅いだこともないような生活臭が混じってさらに鼻が曲がりそう。
空を見上げれば青空を遮っているのは向かいの家の窓にロープを渡し、干している洗濯物。
生活感がこれほど溢れた空を見るのも初めてかも知れない。
耳に聞こえてくるのは小鳥の囀りではなく、誰かを怒鳴る声や大声で笑う声。時に子供が歓声をあげて走る声が足音と共に混じるけれど、視覚だけでなく聴覚にも生活感溢れる音がひっきりなしに入ってくる。
――ここってもしかして貧民窟?――
もしかしなくてもそこは貧民窟だった。他国の大使館内でもないのにここには独自のルールがあって騎士団や憲兵団すら立ち入る事を恐れる治外法権区域。
コルネリアも幼い頃から「近寄ってはいけない」と両親にきつく注意をされた場所だった。
しかしヴェッセルの顔を見上げると何も気にしていないように見える。
「色々と考えたんだ。初めてのデートだし無難に短めの劇でも見て食事をして、公園を少し歩いてとか。だけど君は口を開けて、声を出して隠す事もせずに笑ってくれたのに俺が取り繕うのはなんか違うと思ったんだ」
――あ…それ忘れて欲しいんだけど――
「俺は昨日の今日でと思われるかも知れないが、本気で将来の事を考えてもいいかなって思ったんだ」
「あの馬鹿笑いで?」
「そう。初見でなかなか出来る事じゃないよ」
「そうでしょうか」
「俺と付き合う事になればこの先、疑いを持つこともあると思う。ただでさえ褒められるような噂を背負っていないしね。でも君には本当のことを知っておいてもらいたいんだ」
コルネリアにはヴェッセル少しだけ手綱を握る手に力が入ったようにも見えた。
「違うなら違うと言えばいいのに」
「アハハ。そうなんだけど言いたい奴には言わせておけばいいかなって。他人の口を塞ぐことは出来ないしやってる事を皆が皆理解してくれるとも思っていない。考えてもみなよ。戦争反対って言っても必ず文句を言う奴はいるし、100人が善行だと言っても次の101人目は偽善だとか点数稼ぎって言うかも知れない。善行だと口にする者だって心の中じゃ真逆の事を考えている場合だってある。なら他人なんだし好きにさせておけばいいと俺は思ってるんだ」
ヴェッセルの二つ名はどれも褒められたものではない。「娼館の帝王」「神を凌ぐ絶倫」とも言われるし、補足するように「ストライクゾーンの女の年齢は生まれてから死ぬまで」「時に男も胸に抱かれて啼く」といろいろ。
他にも「無法地帯の荒くれ者」だったり「趣味は首狩り」となんとも言われ放題。
その言葉を裏付けるのか、先ほどよりも一層貧民窟感が強くなったこの場に入るとコルネリアと同乗するヴェッセルは色んな人から気さくに声を掛けられる。
前歯が数本しかない髪はぼさぼさの浮浪者の方がもっと紳士らしい身なりでは?と思う男性や萎びて垂れ下がった胸を隠そうともしない老婆、色街の破落戸が可愛く見えるソチラ系の男性集団。
家の前で樽を椅子とテーブルにしてカードゲームに勤しむ者もヴェッセルだと見るや「よぅ!」「寄ってくか?」「こんな所でデートか?」「新入りのネェちゃん?」声を掛けてくるのでその度にコルネリアは体がびくっと跳ねる。
――まさか、私、売られるの?――
体中から嫌な汗が噴き出すが、1軒の家の前で馬がピタリと歩みを止めた。
「着いたよ。降りようか」
「は、はい…」
「怖がらなくていいよ」
――そう言われても――
今日は朝から初めて尽くしなのだが、いきなりハードルの高い案件を任されたような気がして立っているのもやっと。
そんなコルネリアの手を握り、ヴェッセルが今にも壊れそうな玄関扉を思しき扉を「元気かー!」声を掛けて勢いよく開けた。
「きゃぁ♡来てくれたの~。うぅんとサービスしちゃう♡…って誰?」
そこには顎にくっきりと切れ目が入り、青々とした髭の剃り痕と、クネクネと腰を揺らす「生物学上は男性」だけれど、気持ちは女性の中の女性がいたのだった。
「思ったよりも怖くないだろう?」
「そうですね…」
「結婚をしたら2人で軽食を持って遠出もしよう。いい場所を知ってるんだ」
「遠出…それは私も馬に乗る…え?あの2,3回でお断りするんですよ?」
「断るかどうかは俺を知ってから。だろ?きっと4回目、5回目も期待すると思うけどな」
そうは言うものの、余裕が出来て周囲を見回すととてもデートに相応しいと思える場所ではないような気がするのも確か。
華やかな商店街や、落ち着いて話の出来る公園などとは全く違う世界が広がっていた。
漂ってくる香りは川底のヘドロのような香りだし、そこに得も言われぬ嗅いだこともないような生活臭が混じってさらに鼻が曲がりそう。
空を見上げれば青空を遮っているのは向かいの家の窓にロープを渡し、干している洗濯物。
生活感がこれほど溢れた空を見るのも初めてかも知れない。
耳に聞こえてくるのは小鳥の囀りではなく、誰かを怒鳴る声や大声で笑う声。時に子供が歓声をあげて走る声が足音と共に混じるけれど、視覚だけでなく聴覚にも生活感溢れる音がひっきりなしに入ってくる。
――ここってもしかして貧民窟?――
もしかしなくてもそこは貧民窟だった。他国の大使館内でもないのにここには独自のルールがあって騎士団や憲兵団すら立ち入る事を恐れる治外法権区域。
コルネリアも幼い頃から「近寄ってはいけない」と両親にきつく注意をされた場所だった。
しかしヴェッセルの顔を見上げると何も気にしていないように見える。
「色々と考えたんだ。初めてのデートだし無難に短めの劇でも見て食事をして、公園を少し歩いてとか。だけど君は口を開けて、声を出して隠す事もせずに笑ってくれたのに俺が取り繕うのはなんか違うと思ったんだ」
――あ…それ忘れて欲しいんだけど――
「俺は昨日の今日でと思われるかも知れないが、本気で将来の事を考えてもいいかなって思ったんだ」
「あの馬鹿笑いで?」
「そう。初見でなかなか出来る事じゃないよ」
「そうでしょうか」
「俺と付き合う事になればこの先、疑いを持つこともあると思う。ただでさえ褒められるような噂を背負っていないしね。でも君には本当のことを知っておいてもらいたいんだ」
コルネリアにはヴェッセル少しだけ手綱を握る手に力が入ったようにも見えた。
「違うなら違うと言えばいいのに」
「アハハ。そうなんだけど言いたい奴には言わせておけばいいかなって。他人の口を塞ぐことは出来ないしやってる事を皆が皆理解してくれるとも思っていない。考えてもみなよ。戦争反対って言っても必ず文句を言う奴はいるし、100人が善行だと言っても次の101人目は偽善だとか点数稼ぎって言うかも知れない。善行だと口にする者だって心の中じゃ真逆の事を考えている場合だってある。なら他人なんだし好きにさせておけばいいと俺は思ってるんだ」
ヴェッセルの二つ名はどれも褒められたものではない。「娼館の帝王」「神を凌ぐ絶倫」とも言われるし、補足するように「ストライクゾーンの女の年齢は生まれてから死ぬまで」「時に男も胸に抱かれて啼く」といろいろ。
他にも「無法地帯の荒くれ者」だったり「趣味は首狩り」となんとも言われ放題。
その言葉を裏付けるのか、先ほどよりも一層貧民窟感が強くなったこの場に入るとコルネリアと同乗するヴェッセルは色んな人から気さくに声を掛けられる。
前歯が数本しかない髪はぼさぼさの浮浪者の方がもっと紳士らしい身なりでは?と思う男性や萎びて垂れ下がった胸を隠そうともしない老婆、色街の破落戸が可愛く見えるソチラ系の男性集団。
家の前で樽を椅子とテーブルにしてカードゲームに勤しむ者もヴェッセルだと見るや「よぅ!」「寄ってくか?」「こんな所でデートか?」「新入りのネェちゃん?」声を掛けてくるのでその度にコルネリアは体がびくっと跳ねる。
――まさか、私、売られるの?――
体中から嫌な汗が噴き出すが、1軒の家の前で馬がピタリと歩みを止めた。
「着いたよ。降りようか」
「は、はい…」
「怖がらなくていいよ」
――そう言われても――
今日は朝から初めて尽くしなのだが、いきなりハードルの高い案件を任されたような気がして立っているのもやっと。
そんなコルネリアの手を握り、ヴェッセルが今にも壊れそうな玄関扉を思しき扉を「元気かー!」声を掛けて勢いよく開けた。
「きゃぁ♡来てくれたの~。うぅんとサービスしちゃう♡…って誰?」
そこには顎にくっきりと切れ目が入り、青々とした髭の剃り痕と、クネクネと腰を揺らす「生物学上は男性」だけれど、気持ちは女性の中の女性がいたのだった。
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