18 / 46
VOL:18 悪い噂
しおりを挟む
重苦しい空気。モース伯爵は力なくソファに体を沈めているし、夫人はその隣で鼻を啜りながら枯れ果てた涙をハンカチに吸わせて大きなため息。
家令や執事となにやらやり取りをするのは後継ぎの長兄でヘロド男爵夫妻に至ってはムスっと不貞腐れるアリッサと横並びで床に両膝をついていた。
フィリップはというと、騎士たちが帰った後モース伯爵のパワーに念が加わった拳を受けて鼻が折れたのか曲がったまま未だに失神していた。
「あの…」
重苦しい空気のまま2時間が経過した時、ヘロド男爵が小さく声をあげた。
モース伯爵は「なんだ」と聞く気力もないし、夫人は小さな声なのに酷く驚いて泣きだす。
「アリッサにも言い聞かせていたのですが、監督不行き届きは否めません。幾度となく抗議文も受け取り都度謝罪はしておりましたが…爵位を返上し屋敷などを売った金で賠償を――」
「足りるわけがないだろう!!そもそもでだ!誰にッ!誰にその金を払うんだッ!」
憤ったモース伯爵はヘロド男爵を怒鳴りつけた。
金で留飲を下げてくれるのならこんな簡単なことはない。
金やダイヤモンド、石炭と違ってアメジストは採掘方法さえ知っていれば半永久的に採掘が可能で、パルプ伯爵は建前として管理が大変とは言ったが、得られる利益を考えれば労力は微々たるもの。金を産む鉱山のある領地ですら固辞したのだ。
そこに見えるのは金で済ませる気はない、という強い意志。
「折角…何事もなくただ3年を過ごせば実費だけで済ませてくれる婚約解消だったのに。アァァーッ!!」
髪をわしゃわしゃと掻きむしり雄叫びをあげるモース伯爵の苦悩はヘロド男爵もよく判る。
ヘロド男爵家も曽祖父の代から地味に利益を上げてきたが、ここに来て後継ぎのアリッサの兄が更に使いやすくなった製品に改良をして売り上げを伸ばしていた。
大儲けと行かないまでもこつこつと信用を積み重ねて来て、安い類似品が出ても「ヘロド男爵だから」と買い続けてくれたり、アリッサの不手際で悪い噂が流れても「事業は別」と言ってくれる固定客も何人もいた。
婚約をしている当事者ではないけれど、婚約を無くすに至る過程でキーマンになったアリッサ。過日モース伯爵から「解消で済みそうだ」と言われてモース伯爵家が払う事になった実費を半分受け持つことになり、気分としてはこれで終わったと考えていた矢先の事。
「アリッサ。自分でどうにも出来ないのなら安請け合いはするなと言っただろう」
「請け負ってないもん。頼まれただけ。パパだって言ってるじゃない。弱いものには優しくしろって」
「それとこれとは話が違うだろう。なんでもごちゃ混ぜにして物を言うな」
「はーい。もう言いませーん」
こうなってもアリッサは自分が何か悪いことをしたとは全く思っていなかった。
だからこそ、この場はモース伯爵とヘロド男爵が連名で謝罪をするための面会を求める先触れを出し、パルプ伯爵の返事を待とうと解散になったのに、翌日にはフィリップとアリッサが朝からパルプ伯爵家に押しかけた。
パルプ伯爵家の門の前で「会わせろ」とごねる2人がいると連絡が入り、慌てて駆けつけるも到着した時には門番に「もう帰った」と言われてしまう。
戻ってきたらこっぴどく叱らねばと思えば友人の家なのか宿屋なのかに泊まっているようで外泊が続く。
叱られると解っているので帰ってこないのだ。
これでは親が謝罪をしようとも、何の意味もない。
余計にパルプ伯爵を怒らせるだけなのだが最悪な事にまたアリッサに何か用立てて貰う事を頼んでいた令嬢がいて、アリッサは「シャロットが品物を囲ってしまっている」とも取れる発言をした事から、噂は尾ひれを付けて広まり「シャロットが品物を詐取」「横流しをしている」など言われ始め、全く関係ないの無い「正義の善意者」がパルプ伯爵家に直接文句を言っていく事態になってしまった。
「どうしてくれるんだね?」
「本当に申し訳ない。噂については根も葉もない、根拠がないと打消しをしているんですが」
「ハッ。そんな焼け石に水いや、燃え盛る炎に油を注いでどうするんだ」
「しかし、そうするしか手の打ちようもなく」
噂の発生源は特定できても「約束を守って貰えず借りられなかった」と憤慨をしているので「先日の話は誇張してしまった」と訂正もしてくれない。
悪い噂が広がる中で、婚約解消が婚約破棄で貴族院からも決定の通知が来たことから、世間では「悪徳令嬢のパルプ伯爵令嬢の方が破棄されて然るべき」と言われる羽目になってしまったのだった。
家令や執事となにやらやり取りをするのは後継ぎの長兄でヘロド男爵夫妻に至ってはムスっと不貞腐れるアリッサと横並びで床に両膝をついていた。
フィリップはというと、騎士たちが帰った後モース伯爵のパワーに念が加わった拳を受けて鼻が折れたのか曲がったまま未だに失神していた。
「あの…」
重苦しい空気のまま2時間が経過した時、ヘロド男爵が小さく声をあげた。
モース伯爵は「なんだ」と聞く気力もないし、夫人は小さな声なのに酷く驚いて泣きだす。
「アリッサにも言い聞かせていたのですが、監督不行き届きは否めません。幾度となく抗議文も受け取り都度謝罪はしておりましたが…爵位を返上し屋敷などを売った金で賠償を――」
「足りるわけがないだろう!!そもそもでだ!誰にッ!誰にその金を払うんだッ!」
憤ったモース伯爵はヘロド男爵を怒鳴りつけた。
金で留飲を下げてくれるのならこんな簡単なことはない。
金やダイヤモンド、石炭と違ってアメジストは採掘方法さえ知っていれば半永久的に採掘が可能で、パルプ伯爵は建前として管理が大変とは言ったが、得られる利益を考えれば労力は微々たるもの。金を産む鉱山のある領地ですら固辞したのだ。
そこに見えるのは金で済ませる気はない、という強い意志。
「折角…何事もなくただ3年を過ごせば実費だけで済ませてくれる婚約解消だったのに。アァァーッ!!」
髪をわしゃわしゃと掻きむしり雄叫びをあげるモース伯爵の苦悩はヘロド男爵もよく判る。
ヘロド男爵家も曽祖父の代から地味に利益を上げてきたが、ここに来て後継ぎのアリッサの兄が更に使いやすくなった製品に改良をして売り上げを伸ばしていた。
大儲けと行かないまでもこつこつと信用を積み重ねて来て、安い類似品が出ても「ヘロド男爵だから」と買い続けてくれたり、アリッサの不手際で悪い噂が流れても「事業は別」と言ってくれる固定客も何人もいた。
婚約をしている当事者ではないけれど、婚約を無くすに至る過程でキーマンになったアリッサ。過日モース伯爵から「解消で済みそうだ」と言われてモース伯爵家が払う事になった実費を半分受け持つことになり、気分としてはこれで終わったと考えていた矢先の事。
「アリッサ。自分でどうにも出来ないのなら安請け合いはするなと言っただろう」
「請け負ってないもん。頼まれただけ。パパだって言ってるじゃない。弱いものには優しくしろって」
「それとこれとは話が違うだろう。なんでもごちゃ混ぜにして物を言うな」
「はーい。もう言いませーん」
こうなってもアリッサは自分が何か悪いことをしたとは全く思っていなかった。
だからこそ、この場はモース伯爵とヘロド男爵が連名で謝罪をするための面会を求める先触れを出し、パルプ伯爵の返事を待とうと解散になったのに、翌日にはフィリップとアリッサが朝からパルプ伯爵家に押しかけた。
パルプ伯爵家の門の前で「会わせろ」とごねる2人がいると連絡が入り、慌てて駆けつけるも到着した時には門番に「もう帰った」と言われてしまう。
戻ってきたらこっぴどく叱らねばと思えば友人の家なのか宿屋なのかに泊まっているようで外泊が続く。
叱られると解っているので帰ってこないのだ。
これでは親が謝罪をしようとも、何の意味もない。
余計にパルプ伯爵を怒らせるだけなのだが最悪な事にまたアリッサに何か用立てて貰う事を頼んでいた令嬢がいて、アリッサは「シャロットが品物を囲ってしまっている」とも取れる発言をした事から、噂は尾ひれを付けて広まり「シャロットが品物を詐取」「横流しをしている」など言われ始め、全く関係ないの無い「正義の善意者」がパルプ伯爵家に直接文句を言っていく事態になってしまった。
「どうしてくれるんだね?」
「本当に申し訳ない。噂については根も葉もない、根拠がないと打消しをしているんですが」
「ハッ。そんな焼け石に水いや、燃え盛る炎に油を注いでどうするんだ」
「しかし、そうするしか手の打ちようもなく」
噂の発生源は特定できても「約束を守って貰えず借りられなかった」と憤慨をしているので「先日の話は誇張してしまった」と訂正もしてくれない。
悪い噂が広がる中で、婚約解消が婚約破棄で貴族院からも決定の通知が来たことから、世間では「悪徳令嬢のパルプ伯爵令嬢の方が破棄されて然るべき」と言われる羽目になってしまったのだった。
1,440
あなたにおすすめの小説
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
元婚約者に未練タラタラな旦那様、もういらないんだけど?
しゃーりん
恋愛
結婚して3年、今日も旦那様が離婚してほしいと言い、ロザリアは断る。
いつもそれで終わるのに、今日の旦那様は違いました。
どうやら元婚約者と再会したらしく、彼女と再婚したいらしいそうです。
そうなの?でもそれを義両親が認めてくれると思います?
旦那様が出て行ってくれるのであれば離婚しますよ?というお話です。
恩知らずの婚約破棄とその顛末
みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。
それも、婚約披露宴の前日に。
さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという!
家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが……
好奇にさらされる彼女を助けた人は。
前後編+おまけ、執筆済みです。
【続編開始しました】
執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。
矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
〖完結〗その愛、お断りします。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚して一年、幸せな毎日を送っていた。それが、一瞬で消え去った……
彼は突然愛人と子供を連れて来て、離れに住まわせると言った。愛する人に裏切られていたことを知り、胸が苦しくなる。
邪魔なのは、私だ。
そう思った私は離婚を決意し、邸を出て行こうとしたところを彼に見つかり部屋に閉じ込められてしまう。
「君を愛してる」と、何度も口にする彼。愛していれば、何をしても許されると思っているのだろうか。
冗談じゃない。私は、彼の思い通りになどならない!
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる