破賢の魔術師

うめき うめ

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2巻

2-1

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 プロローグ



 呪う
 腕輪を呪う


 私をしばるこの腕輪を呪う


 呪う
 腕輪を呪う


 どんなに叩いて引っ張っても断ち切ることはできない 
 鉄の塊は私が奴隷どれいに堕ちたことを冷徹れいてつに告げる


 呪う
 腕輪を呪う


 泣いて叫んで懇願こんがんしても腕輪が外されることはない
 むしろ、男は嬉々ききとして私を殴った


 呪う
 腕輪を呪う


 醜く紫に腫れあがった体はもう動かない
 今日か、明日か
 残された時間はあとわず
 このおぞましい寝床で私は死んでいくだろう


 呪う
 腕輪を呪う


 あらゆる呪詛じゅそを腕輪にこめて
 今はただ、死後に解き放たれた私の魂が、あの男を呪い殺すことだけを願う




 1 変化




 手のひらサイズの葉をつけた広葉樹が幾つも並ぶ、北の森《ラビレスト》――
 空を覆う緑のカーテンの下、俺は新鮮な空気を思いきり吸い込んだ。
 樹木と土の匂いが全身を巡り、この森の一部になったような気分になる。
 次第に研ぎ澄まされる感覚。風に揺られ、さわさわと遠くから木々がそよいでいく。
 とその時、目の前の標的〈ファトム・ラビット〉の右耳がピクリと動くのが見えた。


「【遅刻】」


 手にした『ソード・ステッキ』の先端から、黄色の光が一直線に〈ファトム・ラビット〉へ向かっていく。
 対象が遠ければ遠いほど、放出速度が増すのがこの魔法の特徴だ。今回はかなり距離をとったので、抜群のスピードで標的へと襲い掛かる。そこらのモンスターであれば反応もできないだろう。
 しかし敵もさるもの、逃げることにかけてはピカ一のウサギである。迫る光のまたたきを視界に入れた刹那、さっと身をひるがえし射線上から退避する。
 奴からすれば、完璧に避けてやったといったところだろう。
 ふっふっふ、甘いよ。
 突如一陣の風が吹き抜け、魔法の光がぐにゃりと曲がる。
【遅刻】は〈ファトム・ラビット〉を追いかけるように弧を描き、その純白の体へと吸い込まれていった。
 気絶した〈ファトム・ラビット〉へ近付いてステッキの隠し剣でぷすっと一突ひとつき。仕留めたウサギを【チェンジ】で肉と毛皮に変えて……ふぅ。
 やっぱりファトム狩りは楽しいね。息を潜めて近付き魔法を放つまでの緊張感と、それがヒットした時の爽快感はたまらない。
 特に「計算通り」に当たってくれるとそれはもう、ね。


   † † †


 俺――出家旅人でいえたひとがこの異世界《ラフタ》の大国《ルーデン》に召喚され、〈旅行者〉として過ごすようになって三十二日が過ぎた。
 与えられた職業はまさかの「はけん」。加えて国王ハロルド・ルーデンから「〈旅行者〉諸君に、この世界のモンスターを駆除して欲しい」と聞かされた時は何を無茶なとも思ったが、なんだかんだ我ながら短期間でよく成長したものだと思う。
 それを分かりやすく表しているのがレベルだ。
《ラフタ》で生き抜く上で、レベルは重要な要素。昨日一つ上がって現在のレベルは6。
 レベルが1から2に上がったくらいではほとんど違いが感じ取れなかったけれど、6にまで上がるとはっきり分かってくる。
 片道歩くだけでかなり疲れた《ラビレスト》への道のりも、今では全力で走り切っても「ちょっと汗かいたかな」程度にしか感じないぐらい体力がついた。
 単純に力や俊敏さといった運動能力も上がっている。その結果、《南の草原》でかつて苦戦していた〈アンティ・アント〉や〈ニル・ビー〉といった虫モンスター達も瞬殺できるようになった。
 ほぼ毎日狩りに出かけているので、相手の攻撃パターンを読み、それに対応する体の動かし方が分かってきたという部分もある。それと、購入した『スモール・ソード』のおかげで硬い甲殻を持つ敵を倒せるようになったのも大きい。


 でも、レベルが魔法に対してどう影響するのかはまだよく分からない。
 とりあえず【Excilエクシル】の効果時間が十秒から十六秒に延びた。他は変わりなし。
 とはいえ、魔法の扱いそのものには大分慣れてきた。それも日々の実験の賜物。
 癖の強い破賢はけん魔法を扱う以上、実験はかかせないし、失敗も多い。正直、もっと分かりやすい魔法にして! と思う時もある。火の玉が飛んだり、雷がドーンと落ちたりみたいな?
 だけど、不可解な魔法を追究していく時間は苦ではなく、実のところとても楽しい。それは今までの人生で感じたことがなかった感覚だ。実験にのめり込んでいるうちに、面白い使い方も発見できた。
 今みたいに【遅刻】を風に乗せてみたり、鏡で反射させてみたり……思いつくままに試してみてはそれを実戦に取り込んでいくのが本当に楽しい。
 いろいろな人との出会いもあった。
 宿屋の親父や武器屋のお爺さんには良くしてもらっているし、同じ〈旅行者〉のコトワリ兄妹や、異世界出身のルーツ君といった気の置けない仲間達にも巡り合えた。
 孤立していた派遣社員時代は嘘のようで、最近は気付けば一人でいることのほうが少ない。
 それはもしかしたら、《ラフタ》に来て一番の驚くべき出来事かもしれない。
 こんな感じで異世界生活はいたって順調。おかしな職を言い渡され、不安たっぷりで城を飛び出したのが懐かしくすらあるね。
 今の俺は、《ラフタ》の生活を楽しんでいる。もはや何の不安もない。
 ただ一つを除いて――


 ガサガサッと茂みが揺れ、反射的に杖を向ける。
 モンスター? ――いや……まさにその不安の種だ。
 茂みから黒いローブが顕わになると、俺は構えた杖を下ろした。

「ツララか……驚かすなよ」

 少しばかり非難めいた口調で言ってみたが、ツララ・シラユキには通じなかった。
 この世界のキャリア組といえる「賢者」の職を持つ少女は、素知らぬ顔で言う。

「時間よ」
「おっと、もう昼か」

 太陽はてっぺんをやや過ぎたあたり。
 これまでなら、ここから昼食タイムに入るところだ。しかし本日の狩りはこれで終了と事前に決めてあった。

「じゃ……」

 差し出した俺の手を、無言のままツララが握る。そのひんやりとした感触を確認して杖を一振り。

「【早退】」

 ぐるぐると景色が回って空き地へ到着。ここは何かの建物の跡地らしく、周囲を木で囲まれているほかは見事なまでに何もない。
 街中まちなかの空白ともいえるこの場所が、狩りを終えた俺達の「帰宅先」。人目につかないし、ギルドに近くて便利だからここに設定してある。
 あとはギルドへ行って【チェンジ】したアイテムを換金して、という流れだが――

「お疲れさま」
「あ……お疲れ」

 ツララはくるりときびすを返して歩き出す。
 ギルドがある方向ではなく、どこか別の場所へ。そして彼女を引き留める訳でもなく、ただその後ろ姿を眺める俺。
 ここ数日、こんな毎日が続いている。
 早めに狩りを切り上げて、この空き地で「さよなら」のパターン。
 このあとどこへ行くのか、何の用事があるのか、ツララは何も教えてくれなかった。
 まぁ……愛想がある奴ではないけれども。
 それにしても、ちょっとひどいんじゃないか? 仮にもコンビだし? シュバイツ何とかという御大層なコンビ名もあるし?
 もっとこう、コミュニケーションとってもよいと思うの。
 ……これじゃあ、出会った頃に逆戻りしたみたいだ。
 ふと視線を感じて前を向くと、ツララが立ち止まってこちらを見ていた。

「どうした?」

 何かを期待してそう尋ねると、ツララはすっと俺を指差す。

「それ」
「ん?」
「杖……傷ついてる」
「……本当だ」
 『ソード・ステッキ』の先端部分、隠し剣の射出口付近に小さなヒビが入っていた。

「じゃ」
「あ、あぁ……ありがとう」

 今度こそ去っていくツララ。
 うん……あの頃と違って、会話がない訳ではない。
 だけど何だか事務的で、よそよそしいのだ。目も全く合わそうとしないし。
 何か賢者様の気にさわることでもしたのだろうか?
 思い当たるふしはない……とは言い切れなかった。


 さかのぼること七日前。俺達はこの異世界で初めて冒険を敢行した。行き先は、《南の草原》の先にある《ラシアの洞窟》。
 そこでしか手に入らないというラシアの花を採取するために、いつものメンバー――ツララ、ハジク、シズク、ルーツ、そして俺――に案内役のクロガネを加えた六人で向かったのだ。
 道中出くわしたモンスターを危なげなく振り払い、一日半かけて目的地へ。そこで出合ったナユと名乗る不思議な少女には面喰らったものの、目的は果たせた。
 そこまではよい。
 問題はそのあと……《ラシアの洞窟》からの帰り道だ。
 ツララと二人、夜の見張りをしていたところ、俺は突然気を失ってしまったらしい。
 翌朝目覚めても、夜の記憶が飛んでいて何も思い出せない。とはいえ特に体に違和感はなかったから、街に帰ってきてそのまま皆とは別れたのだけれど――ツララの態度がおかしいと思ったのは、それからだった。
 他の皆には変わらないのに、俺と会話する時だけ妙によそよそしい。


 夜の見張りの間に何かあった――そう思わざるを得ない。
 しかし思い出せるのはやたら星が綺麗だったことと、ツララの瞳が物凄く近くにあったことだけ。
 一体何があったんだ……というか、何やった? 俺。
 まさか、な――
 不吉なイメージが頭をよぎる。これこそが不安の正体。
 まさか、やらかしてないよな……ツララが怒るような、粗相そそう的な何かを。
 満天の星空の下、女の子と二人。冒険を終えた解放感と、おかしな雰囲気に流されて、ツララに迫ったとか……ないよな!?
 ゾワゾワと背筋に悪寒が走る。ふぅ……考えただけでも恐ろしい。
 そんなことはなかったと信じてる、信じてるぞ、俺。
 そう言い聞かせて、ギルドへ向かった。


   † † †


 ギルドで換金を終えての帰り道。
 ツララに指摘された『ソード・ステッキ』の傷を見てもらうために、武器屋に立ち寄る。

「こんにちはー」

 ……あれ? 返事がない。

「こんにちはー」

 おかしいな、お店は開いてるんだけど。

「こんにちはー!」
「……ふぁ~い」

 ようやく聞こえてきたのは欠伸あくび混じりの返事。それも、いつものお爺さんの声ではない。
 ややあって、店の奥から姿を現したのは女の子――以前にもこの店で見かけた子だった。

「ん~……お客さん?」

 まぶたをこすりながら首を傾げる。


 どうやら寝起きらしいその少女は、ほのかに青みがかった白色のショートカットに幼な顔。丈をだぶだぶに余らせた白いパーカーを羽織っている。
 背格好から中学生くらいに思えた。

「えーっと……」

 思わぬ展開にまごついていると、少女が先に言った。

「ダハじいなら今日はお休み~」
「ダハ爺?」
「ダハクのおじーさんだからダハ爺。そんでこの店は『ダハクの武器屋』」

 ちょいちょいっと少女が指差すほうに目をやると、店の隅に小さな看板が掛けられており、確かにその名が記されていた。

「……ほんとだ。今まで全然気付かなかった」
どんくさいねー。ちゃんと見なよ」
「え? ……ま、まぁそうかもね。それで、君が店番をしてるの?」
「そんなとこ。あ、でも商品の値段とかよく分かんないから、買うんだったらこの辺の物にしてくれる?」

 面倒臭そうに少女が紹介したのは5000マーク均一の値札が下がったテーブルだった。
 なんだこの子……。いくらなんでも態度がひどい。

「いや、買いに来た訳じゃなくて、修理して欲しくて――」
「あー、無理無理。それは無理。ダハ爺が戻ってからにしてよ」
「……戻るって、いつ?」
「さぁ?」

 プチッときたね。
 うん、ちょっと教育が必要だ。

「あのね……一人で店番してるのはお利巧りこうさんだけど、お客さんにはもう少しちゃんとしようね。怖い人だったら怒られちゃうかもしれないよ?」

 お兄さんっぽく言ってみたが、少女はふくれっつらで反論した。

「怒りたいのはこっちだよ。せっかく気持ちよーくお昼寝してたのに。完全に目が覚めちゃった」

 うーむ、こいつは手強い。

「店番してたんだよね? だったら寝てちゃ、ダメだよね?」
「なんで?」
「……へ? なんでって……ダメでしょ。寝ている間に何か、商品を盗られたりするかもしれないし」
「万引きなんてこの世界ではほとんどないよ。知らないの? さてはおにーさん、初心者でしょ?」
「なっ」
「それにさー。お客さんは自由に、好きなタイミングでお店に来れるでしょ? 来る途中で休憩するのも自由だよね? だったらこっちも、お客さんが来るまでは自由に寝る権利があると思うんだよね~。ぼくだけじっと待ち構えてるなんて不公平じゃない? 疲れるし」

 真顔で言い切る少女。
 うわぁ……この子、本当にダメな子だ……。早いうちに更生させないと、ろくな大人にならないぞ。

「あと、子供扱いはやめてくれる? ぼく、これでも二十歳はたち超えてるから」
「嘘っ!?」
「ホント」

 手遅れだー。

「じゃ、そーゆーことで」

 くるりと背を向けてそのまま店の奥へと戻ろうとする少女。何がそーゆーことなの……
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