不器用に惹かれる

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29.デート 

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 楽しい日々はあっという間に過ぎる。

 九時三十分。

 電車から降りた俺はスマホを確認した。

 うん、三十分もあれば余裕で待ち合わせ場所に着くな。

 夏休みももう終わりに近づいてきた頃。俺は夜宮とデートすることになった。
 別に初めてじゃないけど、ドキドキする。

 遊園地に遊び行った日から潮鳴と花岡さんを含め、四人で遊ぶことはままあった。だけど、夜宮と二人きりでという状況は図書館で数回夏休みの宿題を一緒にしたり、その帰りにアイスや晩ごはんをどっかの店で一緒に食べたりしたくらい。
 遊びを目的としてどこかに二人で出かけるのは今回が初めてだ。

 覚悟しておいてと言った割に、とてつもなく健全な距離の詰め方だ。
 それが面白くて優しくて周囲の目が怖いと言う俺への夜宮の気遣いと思いやりを感じた。

 友達だと思ってた時には平気だった距離をな、どうしても意識してしまうんだ。それがいい意味でも悪い意味でも……。

 それでも、もう夏も終わるからと赤面しながらも一生懸命誘ってくれた夜宮に一も二もなく俺は頷いた。

 ここですぐに頷いてしまうほどに、俺も夜宮と恋人らしいことをしたいと思ってるんだよな。
 なのに、ぐだぐだと考える自分に自分で疲れる。

「よっと」

 逸る心のまま改札から出ると俺は階段をテンポよく降り、待ち合わせ場所へと急いだ。

 場所は一年の冬、約束してて結局行けなかったショッピングモール。前回と同じで午前十時にモール近くにある時計台に集合だ。
 今度は夜宮は遅刻して来なかったようだ。というかーー

「早すぎ」

 約束の時間の十分前に着けば、夜宮はもういた。

 爛々とさす太陽の光を浴びながら、スマホを片手に立つ夜宮は俳優顔負けの佇まいで、人の視線を集めていた。
 ミルキーブロンドの髪の輝きは相変わらず健在で、そよ風に揺れる姿が爽やかな夜宮の持つ魅力を数段アップしているようにも見える。

 これは絶対好きな人への欲目ではない……と思う。
 集まる夜宮への視線に足が躊躇するのは、俺が夜宮を好きだからかも。

 深呼吸をし、なんとか平静を装って夜宮の元へ行けば、夜宮は約束の一時間半前から待ってたらしい。

 そこはせめて三十分とか二十分にしろよ。

「ご、ごめん。緊張して落ち着かなくて……。今度遅刻したらどうしよって」

「今日まで何回か遊んだけど遅刻したことなかったじゃん」

「そうなんだけどね……」

 どうやらあの日の出来事は夜宮の軽いトラウマになってるらしい。

 苦笑を浮かべる夜宮の額に手を持っていけば当然のように汗をかいていて、額が熱い。

「つ、月影君?」

「汗、めっちゃかいてるじゃん。薄ら隈もあるし、寝れてもなかったのか? せめて待つなら日陰かカフェとか涼しいところで待ってろよ。熱中症で倒れたらどうすんだ」

 連絡くれたらよかったのに、と俺はひとまず夜宮を日陰へと連れて行き、周囲を見渡して近くにあったカフェを指さした。

「とりあえずあそこで休憩するか」

「え? でも集合したあとすぐに遊びに行こうって……」

「別に今じゃなくてもいいし、この後にも時間はあるんだ。寝不足の上ずっと陽の光に当たってたんじゃいきなり身体を動かして遊ぶのはキツイろ?」

 合流後、俺達はショッピングモールの中にあるスポーツとVRを使った体験型のアクティビティ施設に行く予定だった。
 これは俺が退屈しないようにと、ただの買い物デートより身体を動かすのが好きな俺への夜宮の気遣いじゃないかと俺は思ってる。

 こんなことなら俺も早く来たらよかった。
 前の時、張り切りすぎて田賀さん達に笑われたのが頭に残ってて、十分前くらいでいいかなって思ったんだよな。潮鳴達と遊ぶ時もそれくらいでいけたし。でも、今回はあの時と何もかも違うんだから。

「ちょっと顔色も悪いし、これは一回寝不足から熱中症で運ばれた俺からの助言だ」

 胸を張って言えば、夜宮はきょとんとした後吹き出す。

「ふっ、そうだったね。僕からすれば役得でもあったんだけど」

「なら俺に背負われてみるか?」

「はは! 遠慮しとくよ。背負われるより背負いたい派だから。……ありがとう月影君。じゃあ悪いんだけど休憩させてもらってもいい?」

「ああ。……そんな心配しなくても、こんなことくらいで嫌いになったり幻滅したりしないって」

「!」

 もう夜宮がいい加減なやつじゃないって知ってるし、軽くないのも知ってる。俺をどれだけ大切に想ってくれてるかとかも知ってるし……。

 ボソッと言った言葉に夜宮は大きく目を見開いた。顔を見られるのは恥ずかしくて俺は前だけを向いて夜宮の手を引いた。

「お前、俺には感情出過ぎてるからわかりやすすぎんだよ」

「え、あ、そ、そう?」

「ああ」

 会った時は嬉しそうだったのに今はちょっと元気がない。
 俺も今だからわかるけど、夜宮の前で体調が悪くなって保健室に運ばれた時、すごく落ち込んだ。あれはもう夜宮に惹かれてて、好きな人に情けない姿を見せたって落ち込んだからだ。

「ありがとう、月影君」

「……おう」

 四十分ほど、軽い昼食も兼ねて俺達はカフェで休んだ。その後アクティビティ施設に向かって遊ぶも、隙あらば夜宮が写真を撮ってくる。

 連写ってほどじゃないけど、夜宮ってこんな写真撮るような奴だっけ?

「夜宮、写真撮りすぎじゃない? そんな面白いことしてるか、俺?」

「せっかく二人で遊びにきたから思い出をたくさん残しておきたくて。元気いっぱいに遊んでる月影君可愛いし。それに……ふふ、月影君のアルバムも僕でいっぱいになりそうだから」

「へ?」

 リズムゲームが終わり、今度は夜宮の番とゴーグルを渡せば夜宮は俺の手を見て漫画みたいなウィンクをしてくる。
 俺は自分の手に持つスマホを見た。だって夜宮がいっぱい写真撮ってくるから俺も撮らなきゃとか思って、もう何枚も撮ってる。

「……」

 そっか。これ、作戦か。
 俺の返報性の心理を逆手に取るとは。

「うわっ! ちょっ、月影君!? なんかすっごく連写の音してるんだけど!?」

「……気のせい気のせい。ほら、集中しないと俺に点数負けるぞ」

 俺はゴーグルをつけリズムを踏む夜宮を後ろから横から撮りまくった。焦りながらでも華麗にステップを踏む夜宮の写真うつりはどれも完璧だ。ズルくない?

 ゲームが終わり、ゴーグルを取った夜宮は疲れた様子がありながらもどこか清々しく嬉しそうであって、負けたような恥ずかしいような変な気持ちにさせられた。

 そうして施設で思う存分遊び終わった俺達は、モールの地下にあるグルメストリートに行ってカップに入ったアイスを買った。でも人がいっぱいで座るところがなく、どこか座れるところと彷徨う。

「夜宮、何買ったの?」

「練乳いちご。一口いる? 月影君のももらうけど」

「いる。俺のもいいけど王道バニラだぞ?」

「ふふ、いいよ。好きな人と一口交換ってやってみたくて」

「……なるほど。アーンはやらないからな?」

「それは付き合ってからにする」

 ……そうか。

 正直な返しに口元をムズムズさせていると、

「ぁっ……」

 後ろからか細い声が聞こえた。

「?」

 振り向き見てみれば、女の人がどうしよう……といったようにこっちを見てる。
 正確にはたった今、俺の隣を通り過ぎて行ったスーツの男性を、だ。女の人の手にはタオルがある。もしかして落とし物か?

 女の人はもう一度「あのっ」と声をあげるも、気付かずスーツの男性は歩いていく。追いかけようとしてるんだけど、人混みで上手く進めないようだ。

「……あの」

 めっちゃ声が震えた。

 駆け足で俺はスーツの男の人に駆け寄って声をかけて女の人を指差した。ここで言葉が出ない小心者さよ。

 スーツの男の人は突然声をかけてきた俺に怪訝な顔をするも、指差した方を見て、追いついてきた女の人が「タオルを落として」と言ったあたりで「え? ああ!」とパッと表情を明るくさせた。

「すみません! ありがとうございます!」

「いえ」

 そうやって二人が会話を交わし、女の人がぺこりと俺に頭を下げるのに、こっちも軽く下げ返して俺は夜宮の元にそそくさと戻った。

 うわー、何が「あの」だよ。もっと他にいい言葉の掛け方あっただろ。タオル落としてないですか、とか呼ばれてますよとか! 声震えてたし恥ずかしかった! 

「月影君」

「夜宮。急にごめん」

「ううん。よく落とし物がわかったね」

「声が聞こえたから」

「僕は全然聞こえなかったよ」

「…………なんで笑ってんの?」

 夜宮の元に戻れば不思議なほどニコニコと笑っていて嬉しいそうだ。なんだよと、睨みつければ「ふふ、いや月影君って人に話しかけるのが苦手だっていう割に、今迷わず行ったよね」と。そしてーー

「優しいね」

 と、優しく微笑む。

「っ、優しいってこれは当たり前だろ。困ってたし、ちょうど俺の近くに相手がいたんだから。それに知らない人だったし」

「そんなこと関係ないよ。優しいを当たり前で片付けちゃダメだし、勇気を出した行動を知らない人だったからって理由をつけて否定するのもだめだよ。苦手だからこそ、その行動にどれだけの勇気が必要かは僕も知ってるし。僕は月影君の今の行動を見て、すごいなって思ったよ?」

「……っ」

 夜宮は俺が喜ぶ言葉をよくわかってる。それを本心で言ってくれてるってわかるからこそ、夜宮といると自分にどんどん自信がついていくのがわかる。

 ありがとう。
 そう言おうとした時、

「ッ」

 エスカレーターの向こうに京橋と田賀さんを見つけた。近い夜宮との距離に反射的に顔を背け一歩下り距離を取る。しまったと思った時にはもう手遅れで、露骨に避けた態度をとってしまった。




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