29 / 37
29.デート
しおりを挟む楽しい日々はあっという間に過ぎる。
九時三十分。
電車から降りた俺はスマホを確認した。
うん、三十分もあれば余裕で待ち合わせ場所に着くな。
夏休みももう終わりに近づいてきた頃。俺は夜宮とデートすることになった。
別に初めてじゃないけど、ドキドキする。
遊園地に遊び行った日から潮鳴と花岡さんを含め、四人で遊ぶことはままあった。だけど、夜宮と二人きりでという状況は図書館で数回夏休みの宿題を一緒にしたり、その帰りにアイスや晩ごはんをどっかの店で一緒に食べたりしたくらい。
遊びを目的としてどこかに二人で出かけるのは今回が初めてだ。
覚悟しておいてと言った割に、とてつもなく健全な距離の詰め方だ。
それが面白くて優しくて周囲の目が怖いと言う俺への夜宮の気遣いと思いやりを感じた。
友達だと思ってた時には平気だった距離をな、どうしても意識してしまうんだ。それがいい意味でも悪い意味でも……。
それでも、もう夏も終わるからと赤面しながらも一生懸命誘ってくれた夜宮に一も二もなく俺は頷いた。
ここですぐに頷いてしまうほどに、俺も夜宮と恋人らしいことをしたいと思ってるんだよな。
なのに、ぐだぐだと考える自分に自分で疲れる。
「よっと」
逸る心のまま改札から出ると俺は階段をテンポよく降り、待ち合わせ場所へと急いだ。
場所は一年の冬、約束してて結局行けなかったショッピングモール。前回と同じで午前十時にモール近くにある時計台に集合だ。
今度は夜宮は遅刻して来なかったようだ。というかーー
「早すぎ」
約束の時間の十分前に着けば、夜宮はもういた。
爛々とさす太陽の光を浴びながら、スマホを片手に立つ夜宮は俳優顔負けの佇まいで、人の視線を集めていた。
ミルキーブロンドの髪の輝きは相変わらず健在で、そよ風に揺れる姿が爽やかな夜宮の持つ魅力を数段アップしているようにも見える。
これは絶対好きな人への欲目ではない……と思う。
集まる夜宮への視線に足が躊躇するのは、俺が夜宮を好きだからかも。
深呼吸をし、なんとか平静を装って夜宮の元へ行けば、夜宮は約束の一時間半前から待ってたらしい。
そこはせめて三十分とか二十分にしろよ。
「ご、ごめん。緊張して落ち着かなくて……。今度遅刻したらどうしよって」
「今日まで何回か遊んだけど遅刻したことなかったじゃん」
「そうなんだけどね……」
どうやらあの日の出来事は夜宮の軽いトラウマになってるらしい。
苦笑を浮かべる夜宮の額に手を持っていけば当然のように汗をかいていて、額が熱い。
「つ、月影君?」
「汗、めっちゃかいてるじゃん。薄ら隈もあるし、寝れてもなかったのか? せめて待つなら日陰かカフェとか涼しいところで待ってろよ。熱中症で倒れたらどうすんだ」
連絡くれたらよかったのに、と俺はひとまず夜宮を日陰へと連れて行き、周囲を見渡して近くにあったカフェを指さした。
「とりあえずあそこで休憩するか」
「え? でも集合したあとすぐに遊びに行こうって……」
「別に今じゃなくてもいいし、この後にも時間はあるんだ。寝不足の上ずっと陽の光に当たってたんじゃいきなり身体を動かして遊ぶのはキツイろ?」
合流後、俺達はショッピングモールの中にあるスポーツとVRを使った体験型のアクティビティ施設に行く予定だった。
これは俺が退屈しないようにと、ただの買い物デートより身体を動かすのが好きな俺への夜宮の気遣いじゃないかと俺は思ってる。
こんなことなら俺も早く来たらよかった。
前の時、張り切りすぎて田賀さん達に笑われたのが頭に残ってて、十分前くらいでいいかなって思ったんだよな。潮鳴達と遊ぶ時もそれくらいでいけたし。でも、今回はあの時と何もかも違うんだから。
「ちょっと顔色も悪いし、これは一回寝不足から熱中症で運ばれた俺からの助言だ」
胸を張って言えば、夜宮はきょとんとした後吹き出す。
「ふっ、そうだったね。僕からすれば役得でもあったんだけど」
「なら俺に背負われてみるか?」
「はは! 遠慮しとくよ。背負われるより背負いたい派だから。……ありがとう月影君。じゃあ悪いんだけど休憩させてもらってもいい?」
「ああ。……そんな心配しなくても、こんなことくらいで嫌いになったり幻滅したりしないって」
「!」
もう夜宮がいい加減なやつじゃないって知ってるし、軽くないのも知ってる。俺をどれだけ大切に想ってくれてるかとかも知ってるし……。
ボソッと言った言葉に夜宮は大きく目を見開いた。顔を見られるのは恥ずかしくて俺は前だけを向いて夜宮の手を引いた。
「お前、俺には感情出過ぎてるからわかりやすすぎんだよ」
「え、あ、そ、そう?」
「ああ」
会った時は嬉しそうだったのに今はちょっと元気がない。
俺も今だからわかるけど、夜宮の前で体調が悪くなって保健室に運ばれた時、すごく落ち込んだ。あれはもう夜宮に惹かれてて、好きな人に情けない姿を見せたって落ち込んだからだ。
「ありがとう、月影君」
「……おう」
四十分ほど、軽い昼食も兼ねて俺達はカフェで休んだ。その後アクティビティ施設に向かって遊ぶも、隙あらば夜宮が写真を撮ってくる。
連写ってほどじゃないけど、夜宮ってこんな写真撮るような奴だっけ?
「夜宮、写真撮りすぎじゃない? そんな面白いことしてるか、俺?」
「せっかく二人で遊びにきたから思い出をたくさん残しておきたくて。元気いっぱいに遊んでる月影君可愛いし。それに……ふふ、月影君のアルバムも僕でいっぱいになりそうだから」
「へ?」
リズムゲームが終わり、今度は夜宮の番とゴーグルを渡せば夜宮は俺の手を見て漫画みたいなウィンクをしてくる。
俺は自分の手に持つスマホを見た。だって夜宮がいっぱい写真撮ってくるから俺も撮らなきゃとか思って、もう何枚も撮ってる。
「……」
そっか。これ、作戦か。
俺の返報性の心理を逆手に取るとは。
「うわっ! ちょっ、月影君!? なんかすっごく連写の音してるんだけど!?」
「……気のせい気のせい。ほら、集中しないと俺に点数負けるぞ」
俺はゴーグルをつけリズムを踏む夜宮を後ろから横から撮りまくった。焦りながらでも華麗にステップを踏む夜宮の写真うつりはどれも完璧だ。ズルくない?
ゲームが終わり、ゴーグルを取った夜宮は疲れた様子がありながらもどこか清々しく嬉しそうであって、負けたような恥ずかしいような変な気持ちにさせられた。
そうして施設で思う存分遊び終わった俺達は、モールの地下にあるグルメストリートに行ってカップに入ったアイスを買った。でも人がいっぱいで座るところがなく、どこか座れるところと彷徨う。
「夜宮、何買ったの?」
「練乳いちご。一口いる? 月影君のももらうけど」
「いる。俺のもいいけど王道バニラだぞ?」
「ふふ、いいよ。好きな人と一口交換ってやってみたくて」
「……なるほど。アーンはやらないからな?」
「それは付き合ってからにする」
……そうか。
正直な返しに口元をムズムズさせていると、
「ぁっ……」
後ろからか細い声が聞こえた。
「?」
振り向き見てみれば、女の人がどうしよう……といったようにこっちを見てる。
正確にはたった今、俺の隣を通り過ぎて行ったスーツの男性を、だ。女の人の手にはタオルがある。もしかして落とし物か?
女の人はもう一度「あのっ」と声をあげるも、気付かずスーツの男性は歩いていく。追いかけようとしてるんだけど、人混みで上手く進めないようだ。
「……あの」
めっちゃ声が震えた。
駆け足で俺はスーツの男の人に駆け寄って声をかけて女の人を指差した。ここで言葉が出ない小心者さよ。
スーツの男の人は突然声をかけてきた俺に怪訝な顔をするも、指差した方を見て、追いついてきた女の人が「タオルを落として」と言ったあたりで「え? ああ!」とパッと表情を明るくさせた。
「すみません! ありがとうございます!」
「いえ」
そうやって二人が会話を交わし、女の人がぺこりと俺に頭を下げるのに、こっちも軽く下げ返して俺は夜宮の元にそそくさと戻った。
うわー、何が「あの」だよ。もっと他にいい言葉の掛け方あっただろ。タオル落としてないですか、とか呼ばれてますよとか! 声震えてたし恥ずかしかった!
「月影君」
「夜宮。急にごめん」
「ううん。よく落とし物がわかったね」
「声が聞こえたから」
「僕は全然聞こえなかったよ」
「…………なんで笑ってんの?」
夜宮の元に戻れば不思議なほどニコニコと笑っていて嬉しいそうだ。なんだよと、睨みつければ「ふふ、いや月影君って人に話しかけるのが苦手だっていう割に、今迷わず行ったよね」と。そしてーー
「優しいね」
と、優しく微笑む。
「っ、優しいってこれは当たり前だろ。困ってたし、ちょうど俺の近くに相手がいたんだから。それに知らない人だったし」
「そんなこと関係ないよ。優しいを当たり前で片付けちゃダメだし、勇気を出した行動を知らない人だったからって理由をつけて否定するのもだめだよ。苦手だからこそ、その行動にどれだけの勇気が必要かは僕も知ってるし。僕は月影君の今の行動を見て、すごいなって思ったよ?」
「……っ」
夜宮は俺が喜ぶ言葉をよくわかってる。それを本心で言ってくれてるってわかるからこそ、夜宮といると自分にどんどん自信がついていくのがわかる。
ありがとう。
そう言おうとした時、
「ッ」
エスカレーターの向こうに京橋と田賀さんを見つけた。近い夜宮との距離に反射的に顔を背け一歩下り距離を取る。しまったと思った時にはもう手遅れで、露骨に避けた態度をとってしまった。
11
あなたにおすすめの小説
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
俺の幼馴染が陽キャのくせに重すぎる!
佐倉海斗
BL
十七歳の高校三年生の春、少年、葉山葵は恋をしていた。
相手は幼馴染の杉田律だ。
……この恋は障害が多すぎる。
律は高校で一番の人気者だった。その為、今日も律の周りには大勢の生徒が集まっている。人見知りで人混みが苦手な葵は、幼馴染だからとその中に入っていくことができず、友人二人と昨日見たばかりのアニメの話で盛り上がっていた。
※三人称の全年齢BLです※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる