佐藤君のおませな冒険

円マリ子

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97. 母さんと僕①

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 母さんに相談してみる、と佐藤君と約束してしまった。とても気が重い。最後に母さんに真面目な相談事をしたのはいつだろう。もしかしたら前の受験のときの志望校に関してまでさかのぼるかもしれない。それってもう三年も前じゃないか。
 今、母さんは食卓で家計簿をつけている。話しかけるには良さそうなタイミングだ。しかし、まだ踏ん切りがつかなくて、僕はテレビの前のソファに座って横目で母さんを観察している。今日の母さんの機嫌は良いのだろうか、悪いのだろうか。僕は母さんの機嫌には敏感なはずなのに、今日に限って何故だか母さんの機嫌が分からない。
 小さいころはもっと自然に母さんと話せた気がするけれど、母さん一人で僕を育てるのはどう考えても重荷だからヒステリみたいになるのは仕方がなくて、刺々した母さんが怖くて、母さんのお荷物になりたくなくて、だんだんと何もかも心にしまうことを覚えてしまった。
 本当は母さんに話したいことは山ほどあった。学校でからかわれたこと、父さんについてのいろいろなこと、母さんの交際相手のこと、すぐに思いつくのはこれくらいだけれど、もっともっとあったような気がする。自分でも忘れてしまうくらいだから大したことではなかったのかもしれないけれど、でも、大切なことだったような気もする。ああ、なんだか自分で自分のことが分からないや。
 僕が母さんの言いつけを守らずに家を出たいと言ったら、母さんはどう思うだろう。そんなわがままを言ったらいらない子になってしまうのだろうか。これは僕の悪い癖だ。悪いほうへ考えはじめると、どんどんそちらに引っ張られて、いつまで経っても抜け出せなくなるお決まりのパターンだ。
 三年前、僕は勇気を出せたじゃないか。今の僕にとって、家を出たい、佐藤君とできたら離れたくない、という望みは、あのころの僕にとっての先生と同じ高校に行きたいと同じかそれ以上に大事だろう。でも、三年前の母さんの反応が僕を挫く。
 中学三年で今の高校に行きたいと言ったときのこと、どうしても忘れられない。母さんは僕にはそんな進学校は無理だと思ったらしくて、絶対合格する高校にしなさい(つまり目標を下げろ)と言った。確かに僕は地味でぱっとしない生徒だけど、テストの点数は案外悪くなかったんだ。母さんに相談する前から、橘先生と同じ高校と心に決めて勉強していたからね。それなのに頭ごなしに決めつけられて、母さんの僕に対する評価が分かった気がした。母さんは僕に期待すらしていなかった。
 凍結されていた傷が解凍されてしまったみたいだ。とても、しんどい。でも……傷、傷、傷、佐藤君の傷、赤い血がきらきらと輝いて美しかった。佐藤君、君はたまに僕をとてもびっくりさせる。そんなところが好きだと思う。佐藤君と僕が兄弟だったら、なんて考えてみたこともなかったけれど、もし兄弟だったらどちらが兄でどちらが弟なんだろうね。あれ、僕は今、現実逃避をしているのかな。
 母さんがペンを置いて家計簿を閉じ、立ち上がった。駄目だ、行ってしまう。狭いアパートの中、どこに行くというのだろう。それでも、そう思った。
「母さん!」と僕はとっさに呼びかけていた。
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