佐藤君のおませな冒険

円マリ子

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101. 母さんと僕⑤

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 それから、母さんと一緒に帰宅して、着替えや歯磨きなど最低限のことだけをすませてベッドに入った。結局、母さんと会話らしい会話はなかった。
 僕はこれからどうすればいいのか、ちっとも分からなくなってしまった。寝床の中で、寝ようと目を閉じるけれど、頭の中ではぐるぐるといろいろなことが浮かんでは消え、ずいぶん眠れずにいたような気がするけれど、やがて眠っていた。

 朝、いつものように朝食をとった。僕も母さんも昨夜のことには触れず何食わぬ顔をしていたけれど、二人の間の空気はぎくしゃくしていたと思う。
 この日は母さんが遅番だから、僕が先に家を出た。その後は、いつもと同じ学校での時間。しかし、表面的にはいつもと同じでも、気がかりなことが多くて、ちっとも集中できなかった。気がつくと先生の声は僕の頭を素通りしていた。そんな僕の異変に佐藤君は気がついたみたいで、いつもより彼からの視線を感じることが多かった。
 放課後、母との交渉がうまくいかなかったから佐藤君に会うのは気が引けたけど、報告はしなくちゃと思った。以前の僕ならすっぽかしてしまっただろうが、彼が僕に大切なものをくれたから、それぐらいはちゃんとしなくちゃ、そして、佐藤君の友人として僕はふさわしくないと、もう終わりだとも伝えるつもりだった。自分の考えが極端である自覚はあるけれど、その時の僕にはそれより他にないと思えた。
 僕に友達気分を味わわせてくれてありがとう。少しだけ人間らしくなれた気がする。そんな言葉を胸の内で繰り返しながら、背中を壁に預けて、佐藤君を待った。壁の冷たさが今の僕にはとても快く、このまま壁の中に吸収されてしまえば良いのにとさえ思った。
 階段を上がる足音がした。すぐに佐藤君の足音だと分かった。足音が近付くにつれて、僕は逃げ出したい苦しさで胸一杯になった。
「西田!」と僕を呼ぶ声がした。声の主を見ると、人懐っこい黒い瞳とぶつかった。僕は直前まで別れを切り出すつもりでいたのに、佐藤君の僕を心配するような色が少し混ざった微笑を見ると、もう駄目だった。離れ難い。僕の根本は知らない間に僕が思うよりもずっと佐藤君を欲するようになってしまったらしかった。
 先生から佐藤君と友達になったらと言われたとき、絶対に無理だと思った。僕がとうの昔にはじき出されてしまった、実のところ遠くから憧れをもって見ていた世界に住む、その中でもとりわけ健康的と思われる奴だったから、会話するだけで自分が惨めで汚らしく思えた。その不快を紛らわせたくて、僕は佐藤君に意地悪な態度をとったと思う。それでも、何か心に重なるものを感じたらしく、佐藤君はこんな僕を分かろうとしてくれた。
 先生も僕のことを分かってくれるけど、佐藤君のそれとは違う。先生は俯瞰して捉えるような感じだけれど、佐藤君は自らの痛みを通して理解するような切羽詰まったものがある。それは佐藤君も切実に誰かに理解されたいと思っていたからじゃないだろうか。僕にはこの偶然の関係がとてつもないことに思えるのだ。
 ともすると泣いてしまいそうなのをぐっと堪えて、まずは当たり障りのない話をふった。
「佐藤君、腕の怪我はどう?」
 すると、佐藤君は学ランの袖を捲り上げて見せながら言った。
「触らなければなんてことないよ。血のたくさん出た割にそう深そうじゃないからすぐ治るさ。」
 僕のせいで怪我をさせてしまった。僕は佐藤君に何を返せるだろう。君は何かを返してもらおうと思っていないといったけど、どう考えてももらってばかりじゃ対等じゃない。それなのに僕は……。
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