佐藤君のおませな冒険

円マリ子

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57. 孤独の残響①

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 佐藤君の足音が遠ざかるのを、ポッケに手を突っ込んだまま壁にもたれて聞いていた。塾があるから帰ってしまった。さっきまで楽しく『眼球譚』の話をした時間が、踊り場の静寂に消えていく。壁の冷たさに僕の心まで冷たくなる。ポツンと残された自分のほうが本当の自分だと思うと悲しくなる。僕は前よりも寂しがり屋になってしまった。
 佐藤君が僕の孤独を気にかけてくれた交換日記を思い出し、もっと一緒にいられたらなんて柄にもなく考える。例えば同じ大学に進学できたら(前に佐藤君が一緒の大学に行けたらと書いてくれた)、僕が佐藤君の下宿に転がり込んで一緒に生活したりして。でもずっと一緒にいたらお互い嫌なところが見えて良くないのかな、なんて心配までしてみる。空想するくらいならいいだろう。淡い夢みたいなもの。
 現実を考えると、疲れた母さんの顔が浮かぶ。金銭的事情が重くのしかかる。「家から通える国公立にしてね」という母さんの静かな声が耳に残っている。本当は早く家を出たいけど、アルバイトをたくさんする自信もない。それこそ冗談のつもりだった売り専なら手っ取り早く稼げるのだろうか。現実的に考えると嫌なことがたくさんだ。
 佐藤君との時間はお祭りみたいなものかもしれない。いつまでも続くわけない。悲観的に考えてしまう。どうしてだろう。きっと寂しさがそうさせるんだ。
 そうだ、橘先生に会いに行こう。先生なら僕の心を埋めてくれる。誰かと話したかった。まだ一人に戻りたくなかった。
 しかし、こうも思う。僕は都合よく二人を利用しているだけなのかしら。佐藤君の優しさと先生の甘さにしがみつく現実逃避。僕の愛なんて、自分自身を欺く幻想かもしれない。
 乱れる思考から逃げるように、早足で化学準備室へ向かった。

 コンコン……「失礼します。」

 ノックをして化学準備室に入る。そこにはいつも通り落ち着いた佇まいの橘先生がいて僕は安堵し、肩の力が抜けた。
「西田君じゃないか。」
 僕を迎える先生の顔は相変わらず無表情だが、口調は優しかった。
「佐藤君が塾があるって帰っちゃったから暇でさ。先生の顔を見にきてあげたよ。」
 僕が先生に会いたかっただけなのに、本人を前にするとそう言えない。佐藤君には素直になれって言ったくせにと苦笑した。
「佐藤君とは仲良くしてるかい?」
「それなりにね。一緒に勉強したり本を貸し借りしたりね。佐藤君に『眼球譚』を貸して、さっき返してもらったよ。はっきりとは言わなかったけど絶対にオナニーしたよ。そんな口ぶりだったからね。だから、先生だけだよ、あの本でオナニーしなかったの、アハハ。」
「そうなのか……私が少数派か。久しぶりに読み返してみるかな。」
「佐藤君曰く、先生がエドモンド卿で僕がシモーヌだってさ。で、自分はドン•アミナドみたいに先生と僕に凌辱されたいんだって。」
「へえ、面白いね。参考として記憶しておくよ。」
 先生の口元がかすかに笑い、僕はぞくっとした。久しぶりの感覚に、これだと思った。
「あとね、少し前から交換日記してる。」
「男が交換日記なんて珍しい。どっちから言い出したの?」
「僕なわけないでしょ。佐藤君だよ。あいつ、少女趣味なんだ。案外、女装させたら悦ぶかもよ。」
「それも面白そうだね。」
 先生の切れ長の目が妖しく光って、僕は体の芯に火照りを感じた。
「先生、悪いこと考えてるでしょ。」
「どうだろうね。」
 静かに心に忍び込むテノールの声に、ついに僕は先生が欲しくてたまらなくなってしまった。僕はふしだらだ。佐藤君と互いを犯し合う仲になれたのに、先生を求めてしまうのはどうしてだろう。佐藤君は優しいから厳しい責めはできないもの、仕方ないよねと言い訳をしてみる。でも、そうじゃない。先生を欲しくなるのはそんな単純な理由だけじゃない。初めて僕を分かってくれた人だから、やっぱり僕は先生のものでもあるのだ。
「先生……。」
 かすかに揺らぐ僕の声に欲情が滲んでいることに先生は気がつくに違いない。
「なんだい?」
 先生は僕に問いかけながら僕の腰に手を回した。思わず体に力が入る。僕の心臓はすごい音で鳴り響いた。
「先生のしゃぶってあげようか。ご無沙汰でしょ。」
 今の僕はとんでもなく下品な顔をしているだろう。こんな僕を佐藤君が見たら、今度こそ嫌われちゃうかもしれないと思うと怖くて震えてしまう。それなのに、発情しきった僕にはその恐怖さえ暗い悦びになってしまうらしい。
「困った子だね。プレイは個別には行わないと決めただろ。」
 先生は僕の腰に手を回したまま、もう片方の手で僕の髪をすいた。
「プレイじゃないよ、性処理。だからいいでしょ。」
 ああ、先生のおちんちんを口に含みながら自分を慰める僕を、君は軽蔑した眼差しで見ている。その様子を想像すると、それだけで絶頂しそうだ。僕は君と交換日記をしたところで清らかにはなれないんだ。
 はしたない僕の額を、先生が子供をあしらうみたいにコンと小突いて妄想から引き戻された。
「馬鹿なこと言うんじゃない。」
「どうして、先生だって腰を触って期待させたじゃない。」
「ちょっとからかっただけさ。そうだな、今週末と来週末は空いているから、二人で好きなときに来なさい。」
「本当に?」
「本当だとも。佐藤君といつ来るか決めたら教えなさい。」
「はい、先生。あの、その時ですが、7.5センチがスムーズに入るようになったので確認してください。」
「分かったよ。それなら家からプラグを入れて来なさい。」
「はい、かしこまりました。」
 先生から指示された瞬間、既にプレイは始まったのと同じだ。僕は心が満たされる感覚と同時に、佐藤君への罪悪感を覚えた。
 佐藤君は僕と先生との関係を知っていて許してくれているけれど、実際に三人でプレイをしたらどうなるのだろう。佐藤君は先生に犯される僕をどんなふうに見るだろう。プレイと線引きしたところで性行為には違いないんだ。佐藤君との関係が崩れる不安が後から追いかけてきた。
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