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68. 夜②
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ダボっとしたパジャマのせいだろうか。西田の背中がいつにも増して華奢に見える。ガリガリではないものの、細っそりしている。ちゃんとご飯を食べているのだろうか。そんなことを考えていたら空腹に気がついた。そう言えば、昼飯も食べずに来たのだった。
以心伝心というのだろうか。ノートを写し終えた西田が言った。
「お腹空いたよね、早いけど夕飯にしようか。」
「俺も、腹減った。昼飯食べてなくて。」
俺はいかにも空腹という感じで、お腹をさすって見せた。
「佐藤君、カップ麺でも良いかな?」
「構わないよ。」
「じゃあ準備しようか。」
台所に移動した。狭くて二人で並ぶと少し窮屈に感じた。西田はいくつかのカップ麺を棚から出してくれた。
「買い置きに大盛りがないんだよね。佐藤君、普通サイズで足りる?」
俺は大丈夫と答えながら、一番メジャーなカップラーメンを手に取った。
「これにする。」
「じゃ、僕は焼きそばにしよっかな。」
西田はこれまた、一番メジャーなカップ焼きそばを手にした。それがなんだかおかしくて笑い合った。
西田は選ばなかったカップ麺を片付けると、やかんに水を入れコンロにかけた。コンロは古そうではあるがよく磨かれて清潔だった。
「カップ麺はよく食べるの?」
「うん、母さんが夜勤のときはね。料理してみたこともあるけど、あまり食事に興味がないことに気がついてしまった。だから手間を惜しんでカップ麺。簡単で、まあ美味しいし、最高じゃない。」
カップ麺を食べるのは久しぶりだった。母さんは専業主婦だし、親父が手抜き料理を嫌がるから、せっせと料理をしている。だから、カップ麺なんて親父が出張でしばらく留守にするときにしか食べる機会がなかった。やはり俺は今の今までそれをなんの疑問もなく当然と思っていた。でも、それって当然なのだろうか。本当なら母さんだってもっと楽をしたいのかもしれないじゃないか。妹はたまに手伝っているが、俺なんて料理をしようと思ったことすらなかった。家のことは全て母さんに任せきりにしている親父といつの間にか俺も同じになっていた。嫌々強要された男らしさみたいなものが染み付いている心地悪さを感じた。
ピーと空気を切り裂く音がした。やかんの笛がお湯が沸いたことを告げた。西田は慣れた手つきでお湯を注いだ。たった三分だが待つとなると長いものだ。二人とも黙ってタイマーを見つめていた。
俺は西田の家庭での日常を垣間見て、同情していた。同情されるなんて西田は嫌がるだろう。同情とは一段高いところから見下すのと紙一重なのだから。かと言って共感はできなかった。育った環境がかなり違うのだから、想像はできるにせよ分かると言い切るのは嘘になるし、おこがましい。人はどうやって他人との境遇の差を埋めるのだろうか。
俺たちの通う学校は公立とはいえ進学校だから、教育にお金をかける余裕のある比較的裕福な家庭の生徒が多かった。そのことさえ、俺は意識しないのだが、西田の立場なら周囲の会話から常に比較し意識させられるのかもしれない。それどころか父親がいないのだ。家族についての会話が出るたび、どんな気持ちで過ごすのだろう。
タイマーが鳴り、物思いが中断された。西田がお湯を切ると、シンクがべコンと大きな音を立てた。その音が妙に冷たく耳に響いた。
麺をすする音だけが響いた。ずいぶん腹が減っていたので、あっという間に平らげてしまった俺を横目に、西田はゆっくり味わうように食べていた。
「今日は特別美味しいみたい。一人だと味気ないから。」
そう言うと、西田は穏やかな表情で一つ頷き、再び麺をすすった。俺は西田の言葉に、来て良かったと心底思ったが、それと同時に寂しさも感じた。
「また一緒に飯食おう。」
俺はできるだけ明るく言った。
「今度はカップ麺じゃなくて俺が作ってやるよ。」
「佐藤君、料理もできるの?」
「いや……料理は調理実習でしたくらいかな。」
「何それ、全然当てにならないじゃん。アハハ。」
笑う西田の声にははしゃぎが含まれ、やけに楽しそうだった。
以心伝心というのだろうか。ノートを写し終えた西田が言った。
「お腹空いたよね、早いけど夕飯にしようか。」
「俺も、腹減った。昼飯食べてなくて。」
俺はいかにも空腹という感じで、お腹をさすって見せた。
「佐藤君、カップ麺でも良いかな?」
「構わないよ。」
「じゃあ準備しようか。」
台所に移動した。狭くて二人で並ぶと少し窮屈に感じた。西田はいくつかのカップ麺を棚から出してくれた。
「買い置きに大盛りがないんだよね。佐藤君、普通サイズで足りる?」
俺は大丈夫と答えながら、一番メジャーなカップラーメンを手に取った。
「これにする。」
「じゃ、僕は焼きそばにしよっかな。」
西田はこれまた、一番メジャーなカップ焼きそばを手にした。それがなんだかおかしくて笑い合った。
西田は選ばなかったカップ麺を片付けると、やかんに水を入れコンロにかけた。コンロは古そうではあるがよく磨かれて清潔だった。
「カップ麺はよく食べるの?」
「うん、母さんが夜勤のときはね。料理してみたこともあるけど、あまり食事に興味がないことに気がついてしまった。だから手間を惜しんでカップ麺。簡単で、まあ美味しいし、最高じゃない。」
カップ麺を食べるのは久しぶりだった。母さんは専業主婦だし、親父が手抜き料理を嫌がるから、せっせと料理をしている。だから、カップ麺なんて親父が出張でしばらく留守にするときにしか食べる機会がなかった。やはり俺は今の今までそれをなんの疑問もなく当然と思っていた。でも、それって当然なのだろうか。本当なら母さんだってもっと楽をしたいのかもしれないじゃないか。妹はたまに手伝っているが、俺なんて料理をしようと思ったことすらなかった。家のことは全て母さんに任せきりにしている親父といつの間にか俺も同じになっていた。嫌々強要された男らしさみたいなものが染み付いている心地悪さを感じた。
ピーと空気を切り裂く音がした。やかんの笛がお湯が沸いたことを告げた。西田は慣れた手つきでお湯を注いだ。たった三分だが待つとなると長いものだ。二人とも黙ってタイマーを見つめていた。
俺は西田の家庭での日常を垣間見て、同情していた。同情されるなんて西田は嫌がるだろう。同情とは一段高いところから見下すのと紙一重なのだから。かと言って共感はできなかった。育った環境がかなり違うのだから、想像はできるにせよ分かると言い切るのは嘘になるし、おこがましい。人はどうやって他人との境遇の差を埋めるのだろうか。
俺たちの通う学校は公立とはいえ進学校だから、教育にお金をかける余裕のある比較的裕福な家庭の生徒が多かった。そのことさえ、俺は意識しないのだが、西田の立場なら周囲の会話から常に比較し意識させられるのかもしれない。それどころか父親がいないのだ。家族についての会話が出るたび、どんな気持ちで過ごすのだろう。
タイマーが鳴り、物思いが中断された。西田がお湯を切ると、シンクがべコンと大きな音を立てた。その音が妙に冷たく耳に響いた。
麺をすする音だけが響いた。ずいぶん腹が減っていたので、あっという間に平らげてしまった俺を横目に、西田はゆっくり味わうように食べていた。
「今日は特別美味しいみたい。一人だと味気ないから。」
そう言うと、西田は穏やかな表情で一つ頷き、再び麺をすすった。俺は西田の言葉に、来て良かったと心底思ったが、それと同時に寂しさも感じた。
「また一緒に飯食おう。」
俺はできるだけ明るく言った。
「今度はカップ麺じゃなくて俺が作ってやるよ。」
「佐藤君、料理もできるの?」
「いや……料理は調理実習でしたくらいかな。」
「何それ、全然当てにならないじゃん。アハハ。」
笑う西田の声にははしゃぎが含まれ、やけに楽しそうだった。
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