78 / 116
78. 反抗④
しおりを挟む
俺は、ずっと自分の中にある、子供のころのまま泣いている俺を抱きしめ慈しみたかったのだと思う。しかし、それはできず、それどころか、その存在を黙殺していた。それが人から受け入れられたことで、初めて存在を認め、許すことができた。
目から温かいものが流れた。慈雨のようだ。
俺は眠りについた。
朝、制服に着替えて食卓に行くと恵美子と母さんがいた。親父はいつも朝早いから、一緒にはならない。俺はおはようの挨拶をしてから台所に行くと、自分のご飯や味噌汁をよそって席についた。
なんとなく母さんと言葉を交わすのが億劫で無言でいると、向こうから話しかけてきた。
「健一、お父さんだって健一のためを思っているのよ。」
「それは分かってる。」
すぐに会話は途切れた。昨日は言い過ぎたのだろうか。今日になって罪悪感がだんだんと大きくなり苦しさを覚えていた。親父が俺に厳しいだけでなく、子として大切に思っているのは十分に分かっている。分かっている……。
俺が小学生のころ、体育の授業中に骨折してしまい保健室に運ばれたことがあった。その時、迎えに来てくれたのは親父だった。普段、子供の行事のために会社を休んだり早退することは絶対なかったから、ひどく驚き嬉しかった。駆けつけたときの親父の心配そうな顔を今でも覚えている。そして、俺が予想よりも元気そうで安堵したのだろう、すこし涙目になったのにも驚いた。男なら泣くなと俺に言った親父が泣くなんて、考えてみたこともなかったのだ。
あるいは、あれは俺が中学生だったと思う。母さんが家族の介護のためにしばらく実家に帰ったことがあった。その時、親父は慣れない料理を一所懸命作ってくれたっけ。俺が美味しいと感想を言うと、ふっとかすかに笑ったのが、これまた驚きだった。親父は寡黙で表情も乏しくて何を考えているか分かりにくいが、その内に様々な思いがあるのに違いないのだ。
次はちゃんと親父と話そうと思った。俺だって自分の感情を親父に押し付けただけではないか。書斎にこもった親父は何を思ったのだろう。
俺は母さんの考えも知りたくなって、今まで疑問に思っていた事を口にした。
「母さんは、この家での生活が窮屈だとは思わない?例えば、母さんだってスーパーの惣菜ですませたいと思うこともあるだろ。でも毎日、手間をかけて料理している。」
「だって私は外で働いてないしね。」
「そうだけど、たまには手を抜いたっていいじゃないか。」
「それはそうだけど、お父さんが外で稼いでくれているんだから、それくらいはしないと悪いわよ。」
すると、急に恵美子が俺たちの会話に割り込んできた。
「お母さんはお父さんに気を遣いすぎだよ。私、そんな姿を見ていると絶対に結婚なんてしないって思っちゃう。」
「まあ、なんてこと言うの。」
「私は自分で稼いで自分で生きていきたいな。」
母さんは寂しそうな目で恵美子を見つめた。恵美子は母さんと目を合わせず食事を続けた。またしても意外だった。母さんのことをそんなふうに見ていたのか。恵美子も反抗期なのだろう。
食事が終わると歯を磨いて、髪を整えて、朝はいつも慌ただしく過ぎていく。玄関で運動靴の紐を結びながら思った。早く西田に会いたい。西田と話したい。俺は力強く玄関の扉を開け学校へ向かった。
目から温かいものが流れた。慈雨のようだ。
俺は眠りについた。
朝、制服に着替えて食卓に行くと恵美子と母さんがいた。親父はいつも朝早いから、一緒にはならない。俺はおはようの挨拶をしてから台所に行くと、自分のご飯や味噌汁をよそって席についた。
なんとなく母さんと言葉を交わすのが億劫で無言でいると、向こうから話しかけてきた。
「健一、お父さんだって健一のためを思っているのよ。」
「それは分かってる。」
すぐに会話は途切れた。昨日は言い過ぎたのだろうか。今日になって罪悪感がだんだんと大きくなり苦しさを覚えていた。親父が俺に厳しいだけでなく、子として大切に思っているのは十分に分かっている。分かっている……。
俺が小学生のころ、体育の授業中に骨折してしまい保健室に運ばれたことがあった。その時、迎えに来てくれたのは親父だった。普段、子供の行事のために会社を休んだり早退することは絶対なかったから、ひどく驚き嬉しかった。駆けつけたときの親父の心配そうな顔を今でも覚えている。そして、俺が予想よりも元気そうで安堵したのだろう、すこし涙目になったのにも驚いた。男なら泣くなと俺に言った親父が泣くなんて、考えてみたこともなかったのだ。
あるいは、あれは俺が中学生だったと思う。母さんが家族の介護のためにしばらく実家に帰ったことがあった。その時、親父は慣れない料理を一所懸命作ってくれたっけ。俺が美味しいと感想を言うと、ふっとかすかに笑ったのが、これまた驚きだった。親父は寡黙で表情も乏しくて何を考えているか分かりにくいが、その内に様々な思いがあるのに違いないのだ。
次はちゃんと親父と話そうと思った。俺だって自分の感情を親父に押し付けただけではないか。書斎にこもった親父は何を思ったのだろう。
俺は母さんの考えも知りたくなって、今まで疑問に思っていた事を口にした。
「母さんは、この家での生活が窮屈だとは思わない?例えば、母さんだってスーパーの惣菜ですませたいと思うこともあるだろ。でも毎日、手間をかけて料理している。」
「だって私は外で働いてないしね。」
「そうだけど、たまには手を抜いたっていいじゃないか。」
「それはそうだけど、お父さんが外で稼いでくれているんだから、それくらいはしないと悪いわよ。」
すると、急に恵美子が俺たちの会話に割り込んできた。
「お母さんはお父さんに気を遣いすぎだよ。私、そんな姿を見ていると絶対に結婚なんてしないって思っちゃう。」
「まあ、なんてこと言うの。」
「私は自分で稼いで自分で生きていきたいな。」
母さんは寂しそうな目で恵美子を見つめた。恵美子は母さんと目を合わせず食事を続けた。またしても意外だった。母さんのことをそんなふうに見ていたのか。恵美子も反抗期なのだろう。
食事が終わると歯を磨いて、髪を整えて、朝はいつも慌ただしく過ぎていく。玄関で運動靴の紐を結びながら思った。早く西田に会いたい。西田と話したい。俺は力強く玄関の扉を開け学校へ向かった。
14
あなたにおすすめの小説
男子寮のベットの軋む音
なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。
そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。
ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。
女子禁制の禁断の場所。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる