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はじまり*名村 千鶴*

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父と母の思い出の赤と白のアネモネの花束を墓前に置いた私は、手を合わせて目を閉じた。

「お父さん、お母さん、私、無事に大学合格したよ」

私の父と母は私がまだ幼い頃、事故で亡くなり、身寄りのない私は施設に入れられた。

施設ではみんな協力し合い、それなりに楽しく過ごしてきた。
学校では、施設育ちを馬鹿にされたり、それを理由にいじめられた事もあったけれど、それに負ける事なく学校に通い、保育士になるのが夢だった私は大学進学を目標に掲げ必死に勉強した。

高校卒業後には施設を出なくてはならない為、高校に入ってからはバイトもしてお金を貯めた。

努力が実を結び、見事希望の大学に合格する事が出来た。

今日はその報告をしに、久しぶりに父と母の墓参りにやって来たのだ。

「次は頑張って夢を叶えるからね、見守っててね」

暫く2人に語り掛け、最後にそう誓った私は帰ろうと振り向くと、

名村なむら……千鶴ちづるか?」

少し離れた場所に1人の男の人が立っていて、私の名前を口にしたのだ。

「……そう、ですけど……どちら様ですか?」

彼は私の事を知っているみたいだけど、私は彼に覚えがない。
こう言ってはなんだけど、見知らぬ人に名前を知られている事を少し気持ち悪く感じてしまう。

私の考えている事を察したのか彼は

「悪い。俺の事は――覚えてないか。俺は貴志きし  正宗まさむね。お前の父さんと母さんの、友人だ」

「え……父と母の?」

突然の事態に私は驚きを隠せない。

しかし、そう言われて「そうなんですか!」という話には持っていけない。
本当に父と母の友人だと確認する術がないからだ。

けれど、よく見ると彼の手元には花束が握られている。

それも――赤と白のアネモネの。

「その花束……」

「2人の思い出の花だからな」

「……知ってるの?」

「言ったろ?友人だって。2人とは、中学からの付き合いだったんだ」

言いながら彼――貴志さんは私の横を通り、父と母の墓前で止まり、私が供えた花束に重ねて自分が持って来た花束を添えて手を合わせた。

どうやら彼が2人の友人というのは事実の様だ。

赤と白のアネモネの花束。
これはお父さんがお母さんにプロポーズする時に贈った花束。
お母さんは私にその話をよくしてくれた。

幼かった私だけど、その話はずっと覚えていて、お墓参りには必ず供えていた。


「随分大きくなったな」

父と母に暫く語り掛けていた貴志さんは、私の方に向き直り、そう口にする。

「あ、えっと……もうすぐ、高校卒業します」

「そうか。もう、そんな歳になったのか」

貴志さんは感慨深い様子で私を見つめてくるけれど、私は彼に覚えがないからどうしたらいいのか分からない。

「あの、私、そろそろ帰らないといけないので……」

戸惑いの中、そろそろここを後にしないと電車の時間に間に合わない事を思い出した私はそう口にした。
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