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はじまり*名村 千鶴*

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「そうか。悪かったな、引き止めて」

「いえ。それじゃあ、失礼します」

軽く会釈をして彼の元を去ろうとした、その時、

「もし、何か困った事があればいつでも連絡してくれ……力になりたいんだ」

そう言いながら彼は私を引き止め、スーツの胸ポケットから1枚の紙を取り出すと、それを手渡して来た。

「ありがとうございます」

受け取った私は上着のポケットにしまい、もう一度会釈をしてその場を後にした。



電車に乗り込み、椅子に座った私は先程手渡された紙をポケットから取り出した。

『株式会社 MK企画 代表取締役社長 貴志  正宗 』

渡されたのは名刺で、どうやら貴志さんは会社の社長らしい。

(お父さんとお母さんの、友人か……)

両親と過ごしたのは幼い頃だし、思い出もそんなに沢山はない。

(中学からの付き合いって言ってたっけ)

父も花束も親は亡くなっていたし、兄弟もいなかったから私には祖父母や叔父叔母もなく、親戚といえば遠縁にあたる人しかいなかった。葬儀の時に現れた人達は初めて見る顔ぶればかりで馴染めなかったのを覚えている。

幼かった私は両親の死をすぐに受け入れられず、施設に預けられた時も状況が理解出来なかった。

(機会があった、お父さんとお母さんの昔話、聞きたいな)

恐らく、私から連絡する事はないだろうけど、今日みたいに偶然会う事があったその時は、色々な話を聞いてみたいなという思いを胸に抱きながら、最寄り駅に着くまでボーッと名刺を眺めていた。



***



貴志さんとの出逢いから数日後、私は高校を卒業した。

卒業と同時に、大学近くにある学生向けのアパートを借りた私は施設を出た。

初めての一人暮らし、期待と不安が入り混じる。

私には家族がいない。
施設を出た今、何があっても1人で生きていかなければならないのだから、しっかりしなきゃ。
そう何度も自分に言い聞かせた。

(大丈夫、今までも辛い事や悲しい事がっても乗り越えて来れたんだから)

お父さんとお母さんはいつも傍で見守ってくれていると信じながら、私の大学生活は幕を開けたのだった。

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