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大切な存在*貴志 正宗*

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「これがこの部屋の鍵、それから生活費は全てこの財布に入れてあるからここから出していい。バイトはしたければ続けていいが、無理する必要はない。いいな?」

朝食を食べ終え、俺は仕事へ千鶴は大学へ向かう直前、部屋の合鍵と生活費の入った財布を千鶴に手渡した。

「あの、住まわせてもらう上にお金も全て出してもらうのは……」

「金の事は気にするな。第一お前は家事をやってくれる訳だから、それでチャラだろう」

「いや、でも……」

俺には気を遣う必要はないと何度も言っているのだが、コイツはどうにも気にする性格らしい。そういう所も啓太郎と明日香にそっくりだ。

「ほら、そろそろ出るぞ。大学まで送る」

「え、そんなっ!大丈夫ですよ、電車で行きますから」

「俺の職場の通り道にお前が通う大学がある。ついでだから気にするな。行くぞ」

「……はい」

まだまだ前途多難な俺達の同居生活が始まりを告げた。



***



「社長、今夜のS社との会食の件ですが……」

会社に着き、仕事の準備をしていると、部下の外園  修司がスケジュール確認にやって来た。

広告会社で働いていた俺は30歳の時に独立して、以前から興味のあったイベント企画会社を設立した。
海外に知り合いが数人いる事もあって、国内外から仕事が入ってくる程知名度が上がり、それなりの会社になった。



この歳で結婚をしないのは、仕事に打ち込む為という理由が大きいが、恋愛に興味がないのが最大の理由だ。

俺が好きになったのは、後にも先にも明日香だけ。
中学の2人が付き合ったあの日から、俺の恋心は止まったまま。


仕事で色々な企業と関わり、見合いの話も沢山貰ってきたが、全て断っている。

多分、俺はこの先もずっと結婚はしない。
独身の方が、気が楽だ。

「それから、今週末の出張の件ですが」

「出張?」

「はい、長崎のN企画との打ち合わせと会食が土曜日に入っております。夕方からなので、その日は泊まりになるかと」

今では1人だったけど、今日からは千鶴が家に居る。
家を空けると、アイツは1人になっちまう。

子供じゃねぇし、一人暮らししてたから問題ないだろうけど、なるべくなら1人にしたくない。

(これからは仕事のスケジュール、考えて組まないといけねぇな)

仕事一筋で生きていた俺が初めて仕事以外を優先しようと思った瞬間だった。
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