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しおりを挟む特に授業中に何か起こることはなかった。終礼までは、至って平和で、平凡な1日だった。終礼が始まる前、僕は彼女のにこっそりテキストを送った。
「今日は早く帰ろう」
こう言ったのにも、もちろん理由はある。一つは彼女がいじめに巻き込まれる前に、帰ってしまおうという狙い。もう一つは足早にここを去れば誰にも見られないかしれない、という保身。彼女は理由を聞いてくることなく、ただ分かった、と返事した。
終礼が終わって、僕らは足早に学校を後にした。下校中、最寄りの駅までスマホを介して話しながら歩いていた。歩きスマホはいけない、ってもちろん分かってはいるけど、こうしないと彼女と意思疎通ができないから仕方ない、と割り切っていた。
『初めてかも』
「何が?」
『誰かと一緒に歩いて帰るの』
そう言われてみれば、僕も誰かと帰るのは初めてだった。
「そういえば、僕も初めてだ。なんかごめんね、初めて誰かと帰るのが僕なんかで」
『ううん、嬉しい。翔くんと帰るの楽しいよ。だって』
だって、で終わったテキストに疑問を抱き、僕はパッと顔を上げた。すると、歩行者用の信号が赤だったので、僕は止まった。しかし、彼女はスマホを持ったまま止まる素振りを見せない。もしかして、気づいてないのか。どんどん交差点に近づく夏海。僕は咄嗟に声をかけて教えようとしたが、そんなのは無意味なことにすぐに気付く。どうすればいいのか、結局頭では思いつかなかったが、体が先に動いた。僕は彼女の手を握ってぐいって引っ張った。なんとか体が車道に出る前に引き止められた。
彼女は驚いた表情をしてこっちを振り返った。僕が信号を指差してようやく何があったのか気づいたようだ。
「大丈夫?ごめんね、腕引っ張って。痛くない?」
『大丈夫。ありがとう。危うく轢かれちゃうところだった。やっぱりながら歩きは危ないね』
「じゃあ、続きは駅に着いてからにするか」
『そうだね、もうすぐ着くし。あ、青になったよ』
僕はスマホをポケットにしまって、歩きはじめた。彼女も僕について行くように歩き始めた。それから駅に着くまでの5分間は無言の状態が続いた。いや、無言なのは最初からずっとだが、何だか隣にいるのに話せないもどかしさは感じた。
ようやく駅について、僕はポケットから定期を出す。改札を通ろうとする前にふと後ろを振り向くと、彼女は改札の前でたじろいていた。何やらあたりをキョロキョロし始めて、どうしたのかと思って、彼女に聞くと
『乗り方分からない…どこでお金払うの?』
と返ってきたので、おそらく彼女はほとんど電車に乗ったことがないらしい。まあ、それもそうか。いつも車で帰っていた彼女にとって、切符の買い方なんて知る必要もない。
「じゃあ、買ってきてあげるよ」
と送って、僕は券売機の方に向かって、切符を買った。ここから高浜まで430円。そして、買った切符を彼女に渡す。
『え?お金はどうしたらいいの?』
「いいよ、僕からの奢り、ってことで」
彼女は申し訳なさそうにこっちを向いて、
『え、本当にいいの?本当に?』
「いいよ、そのお金で何か甘いものでも買えばいい」
『ありがとう』
「いいよ。早くしないと、電車が出発しちゃうよ」
夏海は頷いて、その足で改札を潜った。僕は定期をかざして通りぬけた。階段を登ってホームに向かうと、ちょうど電車が走り去ってしまった。次の電車は8分後。来るまで、ホームの椅子に座って待つことにした。
『ごめん、私が遅かったから、乗り遅れちゃった』
どこまでも謙虚な彼女に好意を持ったっが、別に彼女のせいで乗り遅れたわけじゃない。
「いやいや、夏海のせいじゃない。まあ、いいんじゃない?ゆっくり帰ろう」
『そうだね』
そうだね、で話が途切れてしまった。僕は何か話そうと適当な話題を探していると、彼女から話題を振ってくれた。
『翔くんはいつも家で何しているの?』
「本とかかな。あんまり趣味とかないから」
『そうなんだ。どんな本?面白い?』
そう聞かれ、僕はカバンに入っていた小説を取り出して彼女に手渡した。
「これとか面白いよ。少し長いかもだけど。よかったら貸してあげるよ」
『え?いいの?』
彼女は目を輝かせていた。たかが本一冊、しかも借りるだけなのに。
「いいよ、僕はまだ他に読みたいのがあるから」
『ありがとう!』
彼女はニコッと笑ってみせた。少し胸がドキッとした。なんだか目を合わせるの恥ずかしくなって、咄嗟に僕は違う話題を振った。
「夏海はいつも家で何しているの?」
『私?』
「そう」
『そうだね…何もしてないかも…ただ、家に帰って、宿題やって、ご飯食べて寝るだけ、かな?』
『あ、でも、翔くんと話すのが最近の日課かな?』
「僕と話すのそんなに楽しい?僕そんなに話し上手じゃないから」
『楽しいよ!今まであんまり友達とか作れなかったから…翔くんが初めての友達』
夏海に友達と呼ばれて、嬉しかった。でも、同時に猛烈な罪悪感も感じた。ああやっていじめられている友達を見殺しにする人は、果たして友達と呼べるだろうか。いじめられる苦しみ、友達に裏切られる悲しみは身をもって体感したはずなのに、僕はそれをいかせてない。いや、逆にその経験のせいで、今こうやって罪悪感を感じる羽目になっているのか。そう悩んでいるうちに、電車が来るアナウンスが聞こえた。取りあえず何か返信しないと。どう返せばいいのか分からずただありがとう、とだけ送った。そして間髪入れずに
「電車がきたよ」
と送った。彼女は顔をあげて頷き、スマホをポケットに仕舞った。僕らは同時に立ち上がって、電車に乗り込んだ。隣同士に座って、僕がふっと顔を上げた瞬間だった。ホームで立っている人と目があった。目が合った人間は、夏海をいじめていた奴だった。一気に背筋が凍る思いをした。一瞬、呼吸も止まった。しかし、そのままドアは閉まって、電車は動き出す。
最後、あいつは笑っているようにも見えた。
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