4 / 56
一章
04
しおりを挟む
夜。アダムは魔の森へとやってきた。
使用人であるアダムが、どうして魔の森と隣接する一軒家に住まうのか。
その理由は、アダムの能力が関係していた。
「おーい。皆、きたよー」
わざと足音を立てて声をかけると、木々がざわめく。
青白い月が照らす鬱蒼とした森はいつ見ても不気味だ。だが、アダムにとっては心地のいい場所だった。
そんなアダムの背後をめがけて、一匹の兎の魔獣が矢のように素早く飛びかかる。
慣れたようにアダムは振り返ると、白いふわ毛の体をぎゅっと受け止めた。
「こら! そんなふうに走ってきたら怪我するかもしれないだろ?」
腕の中から見上げてくる兎は、プリプリとまん丸の尻尾を振って応えた。アダムの説教などまるで聞いていない。
むしろ、大好きな母に心配された幼子のように嬉しげだ。
アダムが苦笑をもらし、あやすように兎を揺らすと、次から次へと魔獣が姿を現す。
「あっ! 今おしり噛んだやついるだろっ」
わらわらと集まってきた獣の姿をした魔獣たちが、知らんぷりをするようにそっぽを向いた。
それよりも、もっと構え、遊べとアダムの服を噛んで引っ張る始末だ。
「もう、あざといんだからなぁ」
どんなに呆れた口調でいても、アダムがまんざらでもないとバレバレなのが悔しい。
地べたに座り込むと魔獣たちがひっくり返り腹をさらす。すぐ近くにいた、獅子の魔獣を撫でると、腰をくねくね。尻尾をふりふり。たいへん、ご満悦だ。
そうして順番待ちをする魔獣を満足するまで撫で回した。
二日に一度、魔の森に棲む魔獣達と戯れるのが、アダムの本当の仕事である。
だが、あんまりにも簡単な仕事すぎて、アダムは官僚に頼み昼間の仕事を斡旋してもらったのだ。
だって、アダムは獣が好きだ。凶暴だと恐れられる魔獣でも、見た目はとても愛らしい。
それに、魔の森に棲む魔獣は知能がとても発達している。
まるで大人の獣人を相手にしているかのように賢い。
そんな魔獣たちを好きなだけモフるのが仕事だなんて、あんまりにも天国すぎて申し訳なかったのだ。
仕事というよりも趣味。もっといえばこちらが癒されているようなものである。
なのでアダムは現在、副業がもふもふタイムであると自分で納得していた。
「それじゃあ。また来るよ」
魔獣たちは起き上がると残念そうにアダムを見送る。何度も振り返り魔の森を抜けたアダムは、ぐーっと体を伸ばした。
ふと甘い匂いが鼻を擽る。匂いを辿れば、姿勢正しく伏せをしていた黒毛の狼がこちらを見て、尻尾をふわりと揺らした。
「お前はどうして魔の森から出れるんだろうな」
狼はふんっと鼻で応える。まるで「どうでもいい」とでも言っているかのようだった。
魔の森に棲む魔獣たちは、ハルデン帝国の初代帝王と盟約を交わして、城を守護してくれている。だから、魔の森から出ることが出来ないのだ。
盟約が続く限り、ハルデン帝国に住まう者は、決して魔の森に棲む魔獣達に手を出してはいけない。
昔、怖いもの知らずの貴族バカが、度胸試しに魔の森で狩りをした。
すると、様々な天変地異が起こり、厄災にみまわれたらしい。当然、その貴族は二度と帰って来なかった。
魔の森はハルデン帝国の土地にあるが、実際のところ手だし無用の無法地帯である。
だからこそ、「慰撫の手」をもつアダムが現れた時、城の上層部に位置する大臣や官僚たちは喜んだ。
これからは恐ろしい思いをして、魔獣たちのご機嫌取りをしなくて済むからだ。
アダムにとっては天国だが、他の皆にしてみれば地獄のような時間らしい。
全くもって不思議である。
魔獣達と戯れるだけでは簡単すぎるから、他の仕事を紹介して欲しいと頼んだ時の官僚の戦いた顔が忘れられない。
エリートであるアルファでも、あんな間抜けな顔をするんだなあと、思い出すたびに愉快だ。
使用人であるアダムが、どうして魔の森と隣接する一軒家に住まうのか。
その理由は、アダムの能力が関係していた。
「おーい。皆、きたよー」
わざと足音を立てて声をかけると、木々がざわめく。
青白い月が照らす鬱蒼とした森はいつ見ても不気味だ。だが、アダムにとっては心地のいい場所だった。
そんなアダムの背後をめがけて、一匹の兎の魔獣が矢のように素早く飛びかかる。
慣れたようにアダムは振り返ると、白いふわ毛の体をぎゅっと受け止めた。
「こら! そんなふうに走ってきたら怪我するかもしれないだろ?」
腕の中から見上げてくる兎は、プリプリとまん丸の尻尾を振って応えた。アダムの説教などまるで聞いていない。
むしろ、大好きな母に心配された幼子のように嬉しげだ。
アダムが苦笑をもらし、あやすように兎を揺らすと、次から次へと魔獣が姿を現す。
「あっ! 今おしり噛んだやついるだろっ」
わらわらと集まってきた獣の姿をした魔獣たちが、知らんぷりをするようにそっぽを向いた。
それよりも、もっと構え、遊べとアダムの服を噛んで引っ張る始末だ。
「もう、あざといんだからなぁ」
どんなに呆れた口調でいても、アダムがまんざらでもないとバレバレなのが悔しい。
地べたに座り込むと魔獣たちがひっくり返り腹をさらす。すぐ近くにいた、獅子の魔獣を撫でると、腰をくねくね。尻尾をふりふり。たいへん、ご満悦だ。
そうして順番待ちをする魔獣を満足するまで撫で回した。
二日に一度、魔の森に棲む魔獣達と戯れるのが、アダムの本当の仕事である。
だが、あんまりにも簡単な仕事すぎて、アダムは官僚に頼み昼間の仕事を斡旋してもらったのだ。
だって、アダムは獣が好きだ。凶暴だと恐れられる魔獣でも、見た目はとても愛らしい。
それに、魔の森に棲む魔獣は知能がとても発達している。
まるで大人の獣人を相手にしているかのように賢い。
そんな魔獣たちを好きなだけモフるのが仕事だなんて、あんまりにも天国すぎて申し訳なかったのだ。
仕事というよりも趣味。もっといえばこちらが癒されているようなものである。
なのでアダムは現在、副業がもふもふタイムであると自分で納得していた。
「それじゃあ。また来るよ」
魔獣たちは起き上がると残念そうにアダムを見送る。何度も振り返り魔の森を抜けたアダムは、ぐーっと体を伸ばした。
ふと甘い匂いが鼻を擽る。匂いを辿れば、姿勢正しく伏せをしていた黒毛の狼がこちらを見て、尻尾をふわりと揺らした。
「お前はどうして魔の森から出れるんだろうな」
狼はふんっと鼻で応える。まるで「どうでもいい」とでも言っているかのようだった。
魔の森に棲む魔獣たちは、ハルデン帝国の初代帝王と盟約を交わして、城を守護してくれている。だから、魔の森から出ることが出来ないのだ。
盟約が続く限り、ハルデン帝国に住まう者は、決して魔の森に棲む魔獣達に手を出してはいけない。
昔、怖いもの知らずの貴族バカが、度胸試しに魔の森で狩りをした。
すると、様々な天変地異が起こり、厄災にみまわれたらしい。当然、その貴族は二度と帰って来なかった。
魔の森はハルデン帝国の土地にあるが、実際のところ手だし無用の無法地帯である。
だからこそ、「慰撫の手」をもつアダムが現れた時、城の上層部に位置する大臣や官僚たちは喜んだ。
これからは恐ろしい思いをして、魔獣たちのご機嫌取りをしなくて済むからだ。
アダムにとっては天国だが、他の皆にしてみれば地獄のような時間らしい。
全くもって不思議である。
魔獣達と戯れるだけでは簡単すぎるから、他の仕事を紹介して欲しいと頼んだ時の官僚の戦いた顔が忘れられない。
エリートであるアルファでも、あんな間抜けな顔をするんだなあと、思い出すたびに愉快だ。
29
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる