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過去の男2
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それで終わりにするつもりでいたのに、結局それから別れ話をするために何度か会って、口八丁手八丁の大友に口説かれたりなんだかんだとごまかされたり、最後にはセックスする羽目になった。
六年もつき合った相手だからやっぱり好きだという愛着なのか未練なのか、突き放すのは難しかった。十歳も年上の男がかわいく甘えてくるのは作戦のうちとわかっていても、会いたいと泣きつかれたら、長年の習慣でついお願いを聞いてしまう。
おまけに、仕事上でも取引先として顔を合わせる間柄だ。
こっちは避けていても、打ち合わせだと呼ばれれば出て行かざるを得ない。大友がクライアントだからだ。こうなってみて取引先なんかと関係したのはまずかったと心底思う。
元々、仕事で知り合った関係だった。
灯里の勤務先のデザイン事務所は規模は小さいながらも評判がよく、所長の永村宏平(ながむらこうへい)の明るい人柄のせいか多くのクライアントから依頼が入る。
灯里は永村の作品に惚れこんで、デザイン系の専門学校を卒業したあと、新卒は採らないというのをアルバイトでいいからと食い下がって二年粘ってそのまま就職した。
大友と出会ったのは社会人(アルバイトだが)一年目の夏だった。担当者が変更になったと連れてこられたのが大友だった。
当時三十歳になったばかりの大友は「調子がよくてチャラい代理店の男」を地で行く軽薄な言動からは想像できないくらい仕事ができた。
遊び方も派手で金も手間も惜しまない大友と組んだプロジェクトチームのメンバーに入って、灯里は「仕事って楽しい」と実感させられた。
ゲイの灯里の憧れや尊敬が恋愛感情に発展するのはすぐだった。
秋になるころにはもう灯里は大友に夢中になっていた。十歳も年下の子どもっぽい灯里の恋愛感情を大友は大らかに受け止めて、恋人としての付き合いが始まった。
とは言っても六年の間には大友は何度も浮気したし、広告代理店に勤めているだけあってやたら顔は広く、業界人らしく遊び方も派手だった。
大友に言わせれば一夜の関係なんて浮気にも入らない通りすがりの試食みたいなもんだよと、まったく気にするそぶりもなく、それが原因でよくケンカになった。
モテるゲイの大友の周囲には常に三、四人の彼氏だか浮気相手がいて、知らないものも含めたらどれだけいるのかわからないくらいだ。
そんな二人だから別れ話は何度も出たけれど、その度に大友は謝ったり宥めたり、なんだかんだと灯里が懐柔される形で続いてきたのだ。
もっとも大友ばかりを責めることはできなかった。
押されると弱い性格の灯里のほうも、惚れられて流されてしまい二股状態だったことがないわけじゃないからだ。
それでも一夜限りの火遊びなんてしたことがなく、ちゃんとした恋人としてつき合ってきたつもりだった。でも結婚するとなれば事情がまったく違ってくる。
今回も大友は強く押されると断りにくい灯里の性格をよくわかっていて、絶妙にそこを押してきて別れまいとする。でも灯里は本気だった。
結婚までする男とこれ以上続ける気はなかった。
それなのに話合いのたびにセックスに持ちこまれ、言いたいことが言えない状況に、このままでは泥沼になりそうな気がして灯里は決心した。
会社を辞めよう。
この会社は好きだし、所長の永村をはじめスタッフはみんな前向きでアグレッシブでやりがいがあったけれど、仕事で顔を合わせなくなれば大友との接点はなくなる。
幸いwebデザイナーとしての灯里の評価は悪くなく、フリーになってもそれなりに稼ぐことはできそうだった。この際だからあいつとの縁をすっぱり切って、どこか誰も知らない土地で新生活を始めよう。
それが田舎暮らしになったのは、一人ぼんやりと部屋にいたときたまたまつけたテレビでやっていたのが「楽しい移住生活、田舎でスローライフを楽しもう!」という番組だったせいなのかもしれない。
主に農業をしたくて田舎に移住と言った内容だったが、田舎暮らしを楽しみながら蕎麦屋を始めたとかネットショップで自作の洋服を販売しているなどという人もいて、灯里はこれだ!と思ってしまったのだ。
番組で紹介していた自治体は北海道だの東北だの九州だの、あまりにも縁もゆかりもなく遠すぎる気がしたのと、農業をする気はなかったからもっと都心に近めでお手頃な田舎を探そうと、インターネットで田舎暮らしとか移住とか適当に検索したら意外なくらいたくさんの自治体にヒットした。
田舎はこんなにも移住者を求めているのかと驚いた。
その中でここを選んだのは、車なら都心から三時間以内、独身者にも住宅斡旋や就業支援をするという触れこみと、どこかで聞いた地名だったからだ。
なんとなくいいイメージでその土地は灯里の脳裏にインプットされていた。
一体どこで聞いたんだったっけ?
専門学校の同期や会社や取引先のスタッフを思い浮かべたが、ここの出身という人間は思い当たらなかった。
誰と関わったときに聞いたのか忘れてしまったが、たぶんここの出身者と仕事でもして、その時に聞いた話がいい感じだったのだろう。スキー場や温泉も近くにあるようだから、それで知ったのかも。
まったく知らない地名よりは親しみがわいて、灯里はその自治体のHPから移住促進課あてにメールを出したのだ。
二泊三日の移住体験に申し込みます、と。
体験の日は奇しくも大友の結婚式の日だった。
会社にはひとまず二日の有給を申請し、週末と合せて四日間の休みをもぎ取って、六月最後の木曜日、灯里はボストンバッグに荷物を詰めて電車に飛び乗ったのだった。
※11月11日から毎日更新していきます。
ぜひご覧くださいませm(__)m
六年もつき合った相手だからやっぱり好きだという愛着なのか未練なのか、突き放すのは難しかった。十歳も年上の男がかわいく甘えてくるのは作戦のうちとわかっていても、会いたいと泣きつかれたら、長年の習慣でついお願いを聞いてしまう。
おまけに、仕事上でも取引先として顔を合わせる間柄だ。
こっちは避けていても、打ち合わせだと呼ばれれば出て行かざるを得ない。大友がクライアントだからだ。こうなってみて取引先なんかと関係したのはまずかったと心底思う。
元々、仕事で知り合った関係だった。
灯里の勤務先のデザイン事務所は規模は小さいながらも評判がよく、所長の永村宏平(ながむらこうへい)の明るい人柄のせいか多くのクライアントから依頼が入る。
灯里は永村の作品に惚れこんで、デザイン系の専門学校を卒業したあと、新卒は採らないというのをアルバイトでいいからと食い下がって二年粘ってそのまま就職した。
大友と出会ったのは社会人(アルバイトだが)一年目の夏だった。担当者が変更になったと連れてこられたのが大友だった。
当時三十歳になったばかりの大友は「調子がよくてチャラい代理店の男」を地で行く軽薄な言動からは想像できないくらい仕事ができた。
遊び方も派手で金も手間も惜しまない大友と組んだプロジェクトチームのメンバーに入って、灯里は「仕事って楽しい」と実感させられた。
ゲイの灯里の憧れや尊敬が恋愛感情に発展するのはすぐだった。
秋になるころにはもう灯里は大友に夢中になっていた。十歳も年下の子どもっぽい灯里の恋愛感情を大友は大らかに受け止めて、恋人としての付き合いが始まった。
とは言っても六年の間には大友は何度も浮気したし、広告代理店に勤めているだけあってやたら顔は広く、業界人らしく遊び方も派手だった。
大友に言わせれば一夜の関係なんて浮気にも入らない通りすがりの試食みたいなもんだよと、まったく気にするそぶりもなく、それが原因でよくケンカになった。
モテるゲイの大友の周囲には常に三、四人の彼氏だか浮気相手がいて、知らないものも含めたらどれだけいるのかわからないくらいだ。
そんな二人だから別れ話は何度も出たけれど、その度に大友は謝ったり宥めたり、なんだかんだと灯里が懐柔される形で続いてきたのだ。
もっとも大友ばかりを責めることはできなかった。
押されると弱い性格の灯里のほうも、惚れられて流されてしまい二股状態だったことがないわけじゃないからだ。
それでも一夜限りの火遊びなんてしたことがなく、ちゃんとした恋人としてつき合ってきたつもりだった。でも結婚するとなれば事情がまったく違ってくる。
今回も大友は強く押されると断りにくい灯里の性格をよくわかっていて、絶妙にそこを押してきて別れまいとする。でも灯里は本気だった。
結婚までする男とこれ以上続ける気はなかった。
それなのに話合いのたびにセックスに持ちこまれ、言いたいことが言えない状況に、このままでは泥沼になりそうな気がして灯里は決心した。
会社を辞めよう。
この会社は好きだし、所長の永村をはじめスタッフはみんな前向きでアグレッシブでやりがいがあったけれど、仕事で顔を合わせなくなれば大友との接点はなくなる。
幸いwebデザイナーとしての灯里の評価は悪くなく、フリーになってもそれなりに稼ぐことはできそうだった。この際だからあいつとの縁をすっぱり切って、どこか誰も知らない土地で新生活を始めよう。
それが田舎暮らしになったのは、一人ぼんやりと部屋にいたときたまたまつけたテレビでやっていたのが「楽しい移住生活、田舎でスローライフを楽しもう!」という番組だったせいなのかもしれない。
主に農業をしたくて田舎に移住と言った内容だったが、田舎暮らしを楽しみながら蕎麦屋を始めたとかネットショップで自作の洋服を販売しているなどという人もいて、灯里はこれだ!と思ってしまったのだ。
番組で紹介していた自治体は北海道だの東北だの九州だの、あまりにも縁もゆかりもなく遠すぎる気がしたのと、農業をする気はなかったからもっと都心に近めでお手頃な田舎を探そうと、インターネットで田舎暮らしとか移住とか適当に検索したら意外なくらいたくさんの自治体にヒットした。
田舎はこんなにも移住者を求めているのかと驚いた。
その中でここを選んだのは、車なら都心から三時間以内、独身者にも住宅斡旋や就業支援をするという触れこみと、どこかで聞いた地名だったからだ。
なんとなくいいイメージでその土地は灯里の脳裏にインプットされていた。
一体どこで聞いたんだったっけ?
専門学校の同期や会社や取引先のスタッフを思い浮かべたが、ここの出身という人間は思い当たらなかった。
誰と関わったときに聞いたのか忘れてしまったが、たぶんここの出身者と仕事でもして、その時に聞いた話がいい感じだったのだろう。スキー場や温泉も近くにあるようだから、それで知ったのかも。
まったく知らない地名よりは親しみがわいて、灯里はその自治体のHPから移住促進課あてにメールを出したのだ。
二泊三日の移住体験に申し込みます、と。
体験の日は奇しくも大友の結婚式の日だった。
会社にはひとまず二日の有給を申請し、週末と合せて四日間の休みをもぎ取って、六月最後の木曜日、灯里はボストンバッグに荷物を詰めて電車に飛び乗ったのだった。
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