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予想外の移住体験2
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「すごい欄間ですね。これいつのものですか?」
「いつだろうなあ、ここは三十年くらい前に建て替えたけど、欄間は前の家のを取り外して使ったみたいだから、それこそ百年前とかかもなあ」
不動産屋が首を傾げながら答え、見事な透かし彫りに興奮して灯里はスマホで何枚も写真を撮る。
「こんな立派な欄間、東京では残ってないですよ」
「そうかい?」
「この雪見障子もいいですね」
縁側に面した窓がすべて雪見障子になっていて、庭が一望できるのだ。と言っても庭のほうは手入れがされておらず、見るも無残な状態なのだが。
「富和さんは建築関係のデザインもするんですか?」
古い和風建築に興味津々な灯里に、榎本が問いかけた。
もらった間取り図を見ると、二軒目も古い和風の家のようだ。
「いいえ、直接には建築とは関わりません。でもこの前から、和風のデザインを使った会社のHPとweb広告を担当していて、あちこちの古民家とか古い建物を見て回ってるんです」
「はあ、そういうこともされるんですね」
広い土間で、榎本は感心したようにうなずく。
「ところで、希望の住居は広い土間や納屋がついた家ということでしたが、こういう感じでいいんでしょうか…?」
一人暮らしのwebデザイナーで農業もしないのに、おかしな希望だと思っているのだろうが詳しいことは突っ込まれず、二軒を見てまわったところで感想を聞かれた。
そんなに悪くなかったが、もう移住する気がないのでどうしても返事が鈍る。
「確か、ガラス工房をされたいということでしたよね?」
松岡が言った台詞に灯里は驚いて顔を上げた。
そんな話は一度もしていない。一体どこでそんなことを知ったのか。ぱちっと目が合って、にっこりと笑われた。
「え、そうなの? なんだ、松岡くん、それならそうと教えてくれたらいいのに」
「俺もさっき聞いたんですよ、ね、富和さん」
するか、そんな話。でも榎本もいる手前、仕方なくうなずいた。ひょっとして朝食のときの「訊いていいですか」はこの件だったのか?
「工房の立ち上げはいつ頃を考えてますか?」
「あ、いえ、具体的にはまだ……」
ていうか、なんでお前がそんなこと知ってるんだよ? もしかしてストーカーか? それに、もう移住する気は失せたって、お前はわかってるんじゃないのか。
「そうですか。次の物件はガラス工房にはちょうどいいんじゃないかと思ってるんです。家は普通ですけど、元々は小さな自動車修理場で溶接とかするんで防火設備が整った納屋と言うか別棟があるんですよ」
そういいながら連れて行かれたのは、確かに普通の洋風一軒家だった。
二階建てで二階にリビングがあるタイプの家だ。というより、一階は事務所だったようだ。応接に使ったらしい広めの部屋と、社長室だったのか腰から上がガラスの小部屋とトイレ、簡易キッチンが一階にあり、二階がリビングダイニングと和室、洋室、納戸、水回りという作りになっていた。
一階はギャラリーとか店舗にすればちょうどいい広さかもしれない。小部屋は事務室か作業場にいいだろう。間取りと言い広さと言い、灯里の希望にかなり近い物件だった。
修理工場のほうは廃業時に機材を譲ったのか、作業場の中はがらんとしていた。車二台が余裕で停められるくらいの広さがある。床はコンクリートで壁と屋根は耐火構造だった。
確かに機材を置いて作業するにはもってこいの環境だ。いいな、ここ。
…いやいや、移住しないし。
「どうですか? 今年の三月まで住んでいた物件なんで傷みも少ないし、ここはかなりお値打ちですよ」
不動産屋が自信満々に言うが、そう言われてもって感じだ。
「え、でも買うお金とかないですよ」
「もちろんですよ。移住促進のために三年間は就業補助と住宅補助が出るって、きのう説明したでしょう?」
松岡が横から説明をしてくれる。
うんそうだね、移住する気がなくなったから聞いてなかったよ。
「なのでまあ、自己負担は月二万円てとこですかね」
嘘、マジで? 月二万でここ借りれるの?
ちょっと心が動いた。いや違う。
「東京よりもろもろ物価も安いし、お金使って遊ぶような場所もないので、生活自体は安くつくと思いますよ」
松岡がにっこり笑ってそそのかす。
いやいや、マジでないから!
「それに二階も一応三部屋ありますし、誰かと一緒に住むことになっても、子供ができても大丈夫ですよ。キッチンも人気の対面キッチンですし」
「……ああ、いいですね」
不動産屋の結婚前提みたいな言葉に、灯里は投げやりにうなずいた。
「でもガラス工房って教室で教えて生活するんだろ? 生徒さん、来るかねえ? 観光地でもないから体験なんかもそんなに来ないだろうし……」
榎本さんはガラス工房と聞いて生活が成り立つのかと考えているようだが、松岡はにっこりと人を引きつける笑顔を見せた。
「でも富和さんの本業はwebデザイナーだから大丈夫ですよ、ね?」
…なにが、ね?だ。
でもそうか、こいつはおれがガラス工芸をしてることを知ってるんだった。つき合っていたときに、いくつか作品をプレゼントしたことを思い出す。
今の状況をどうして知っているのかは謎だが、言われてみれば移住体験に申し込むときに広めの土間か納屋付きの物件を希望とシートに書いたのだから、それで思いついたのかもしれない。
「いつだろうなあ、ここは三十年くらい前に建て替えたけど、欄間は前の家のを取り外して使ったみたいだから、それこそ百年前とかかもなあ」
不動産屋が首を傾げながら答え、見事な透かし彫りに興奮して灯里はスマホで何枚も写真を撮る。
「こんな立派な欄間、東京では残ってないですよ」
「そうかい?」
「この雪見障子もいいですね」
縁側に面した窓がすべて雪見障子になっていて、庭が一望できるのだ。と言っても庭のほうは手入れがされておらず、見るも無残な状態なのだが。
「富和さんは建築関係のデザインもするんですか?」
古い和風建築に興味津々な灯里に、榎本が問いかけた。
もらった間取り図を見ると、二軒目も古い和風の家のようだ。
「いいえ、直接には建築とは関わりません。でもこの前から、和風のデザインを使った会社のHPとweb広告を担当していて、あちこちの古民家とか古い建物を見て回ってるんです」
「はあ、そういうこともされるんですね」
広い土間で、榎本は感心したようにうなずく。
「ところで、希望の住居は広い土間や納屋がついた家ということでしたが、こういう感じでいいんでしょうか…?」
一人暮らしのwebデザイナーで農業もしないのに、おかしな希望だと思っているのだろうが詳しいことは突っ込まれず、二軒を見てまわったところで感想を聞かれた。
そんなに悪くなかったが、もう移住する気がないのでどうしても返事が鈍る。
「確か、ガラス工房をされたいということでしたよね?」
松岡が言った台詞に灯里は驚いて顔を上げた。
そんな話は一度もしていない。一体どこでそんなことを知ったのか。ぱちっと目が合って、にっこりと笑われた。
「え、そうなの? なんだ、松岡くん、それならそうと教えてくれたらいいのに」
「俺もさっき聞いたんですよ、ね、富和さん」
するか、そんな話。でも榎本もいる手前、仕方なくうなずいた。ひょっとして朝食のときの「訊いていいですか」はこの件だったのか?
「工房の立ち上げはいつ頃を考えてますか?」
「あ、いえ、具体的にはまだ……」
ていうか、なんでお前がそんなこと知ってるんだよ? もしかしてストーカーか? それに、もう移住する気は失せたって、お前はわかってるんじゃないのか。
「そうですか。次の物件はガラス工房にはちょうどいいんじゃないかと思ってるんです。家は普通ですけど、元々は小さな自動車修理場で溶接とかするんで防火設備が整った納屋と言うか別棟があるんですよ」
そういいながら連れて行かれたのは、確かに普通の洋風一軒家だった。
二階建てで二階にリビングがあるタイプの家だ。というより、一階は事務所だったようだ。応接に使ったらしい広めの部屋と、社長室だったのか腰から上がガラスの小部屋とトイレ、簡易キッチンが一階にあり、二階がリビングダイニングと和室、洋室、納戸、水回りという作りになっていた。
一階はギャラリーとか店舗にすればちょうどいい広さかもしれない。小部屋は事務室か作業場にいいだろう。間取りと言い広さと言い、灯里の希望にかなり近い物件だった。
修理工場のほうは廃業時に機材を譲ったのか、作業場の中はがらんとしていた。車二台が余裕で停められるくらいの広さがある。床はコンクリートで壁と屋根は耐火構造だった。
確かに機材を置いて作業するにはもってこいの環境だ。いいな、ここ。
…いやいや、移住しないし。
「どうですか? 今年の三月まで住んでいた物件なんで傷みも少ないし、ここはかなりお値打ちですよ」
不動産屋が自信満々に言うが、そう言われてもって感じだ。
「え、でも買うお金とかないですよ」
「もちろんですよ。移住促進のために三年間は就業補助と住宅補助が出るって、きのう説明したでしょう?」
松岡が横から説明をしてくれる。
うんそうだね、移住する気がなくなったから聞いてなかったよ。
「なのでまあ、自己負担は月二万円てとこですかね」
嘘、マジで? 月二万でここ借りれるの?
ちょっと心が動いた。いや違う。
「東京よりもろもろ物価も安いし、お金使って遊ぶような場所もないので、生活自体は安くつくと思いますよ」
松岡がにっこり笑ってそそのかす。
いやいや、マジでないから!
「それに二階も一応三部屋ありますし、誰かと一緒に住むことになっても、子供ができても大丈夫ですよ。キッチンも人気の対面キッチンですし」
「……ああ、いいですね」
不動産屋の結婚前提みたいな言葉に、灯里は投げやりにうなずいた。
「でもガラス工房って教室で教えて生活するんだろ? 生徒さん、来るかねえ? 観光地でもないから体験なんかもそんなに来ないだろうし……」
榎本さんはガラス工房と聞いて生活が成り立つのかと考えているようだが、松岡はにっこりと人を引きつける笑顔を見せた。
「でも富和さんの本業はwebデザイナーだから大丈夫ですよ、ね?」
…なにが、ね?だ。
でもそうか、こいつはおれがガラス工芸をしてることを知ってるんだった。つき合っていたときに、いくつか作品をプレゼントしたことを思い出す。
今の状況をどうして知っているのかは謎だが、言われてみれば移住体験に申し込むときに広めの土間か納屋付きの物件を希望とシートに書いたのだから、それで思いついたのかもしれない。
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