11 / 61
移住者交流会1
しおりを挟む
交流会と言う名の食事会は「カフェ・ラ・フェリーチェ」という店で行われた。
夕方六時、七月の空は夕暮れの気配が見えるくらいだ。
それほど広くない店には三組の夫婦と店のスタッフ二名がいた。松岡と榎本がその八人と親しげに挨拶している。ひとまず席に座って榎本が三組を紹介した。
「こちらの野田さん夫妻は農業をやりたいってことで、仕事を辞めて来られて、三年目ですかね」
「そうですね。丸二年は経ちました」
灯里の向かいに座った五十前後に見える夫婦が穏やかに微笑んで会釈する。
灯里もぺこりとお辞儀を返す。
「そちらの宮路さん夫妻はパン職人で、ご夫婦でパン屋さんをされてます。とてもおいしくて人気がありますよ」
三十代前半くらいの夫婦が軽く頭を下げた。灯里も返す。
「向かいの佐野さん夫妻はお子さんがアレルギーをお持ちで、その療養のために引っ越してこられて、一年くらいですか」
「ええ、ここの空気がいいのか、あの温泉がいいのか、娘の体調がよくなりました」
まだ二十代だろう、佐野夫妻はにこにこと榎本に返事をする。
窓際のテーブルでこしょこちょしゃべりながら、お絵かきをしている子供が二人いるのに気がついた。幼稚園か小学校低学年くらいだろうか。
「宮路さんのお子さんで海斗(かいと)くんと、佐野さんのお子さんの優奈(ゆな)ちゃんです」
目線に気づいた榎本が教えてくれる。灯里はうなずいて、目線を戻した。
「それから、ここのシェフの秋本さん。お手伝いしてる細野さんは秋本さんのお友達です」
コックコートを着た小柄でやさしそうな笑顔の男が秋本で、でかくていかついエプロン姿が細野らしい。秋本はまだ二十代半ばの若いシェフで、細野はもう少し上だろう。
「細野さんはこの町にある私立高校の栄養士さんとして東京から転職してきたんですよ。開校時からいるから……もう五年目ですか? その後で秋本さんが引っ越してきたんですよね」
「ええ、細野さんのところに遊びに来たら、たまたまこのペンションが売りに出てて。で、カフェをやりたくて二年前に引っ越してきました。喘息もちなので、東京の空気はしんどくて田舎暮らしがしたかったんですよ」
秋本は感じのいい笑顔で灯里に笑いかけ、最後に榎本がみんなに向かって灯里を紹介した。
「で、こちらはきょうの主役の富和さんです。東京でデザイン関係の会社にお勤めで移住を検討されてます。きょうは皆さんの本音のところをお話しして頂けたらと思いますので、ざっくばらんにお願いします」
「富和と申します。きょうはよろしくお願いします」
榎本の紹介に灯里はぺこりとお辞儀をした。
「じゃあ紹介はこれくらいにして、食事にしましょう。みなさん、お腹もすいているでしょうから」
榎本が言うと、細野が次々に料理を運んできた。
「海斗くん、優奈ちゃん、そっちで食べる?」
秋本が子供たちに声をかけると、二人はテーブルの上を片づけた。
「うん、ここで食べる」
「ゆなのぶん、こっちにおいてー」
秋本が持っているトレイの上には、オムライスにハンバーグ、海老フライとサラダにプリンが乗っている。お子様用のメニューに二人がわあと歓声を上げた。そのまま窓際の席に二人で仲良く座って「いただきまーす」と声を揃えた。
ゆうべの持寄りの田舎料理の宴会とは打って変わって、木のぬくもりが感じられるログハウスのカフェにはおいしそうな匂いが漂っている。
ジャガイモとキノコの冷製ポタージュ、たっぶりのサラダ、エビと夏野菜のグラタン、チキンと野菜のソテー、ナスとトマトのパスタなどがテーブルに並んだ。
まずはみんなでビールで乾杯して、それぞれ料理を取り分ける。三組の夫婦はすでに仲がいいらしく和やかな雰囲気だ。
「このグラタンに使ってる野菜は野田さんから頂いたものなんです」
秋本が教えると野田が照れ笑いをした。
ズッキーニやパプリカが入った彩りもきれいなグラタンだ。
「いやまだまだおいしくできなくて、お恥ずかしいんですけど、きょうは交流会だってことで持ってきたんです」
「宮路さんのバゲットやクッペは最高ですよ。うちも仕入れさせてもらってます」
今度はブルスケッタとガーリックトーストにしたバゲットをテーブルに出した。
「このあたりはあんまりこういう洋食の店がないから、このお店があって僕たちは喜んでるんですよ。子供もここが大好きだし」
「けっこう地元の奥さんたちもランチしに来てますよね」
「そうですね。ライバル店が少ないので、けっこう来てくださいますね」
秋本は控えめな笑顔でうなずいた。給仕する奥さんの姿がないってことは、独身なんだろうか。こんなところに一人で来て、店を開くってどうなんだろう。
まあでもこういう店だし、きっと出会いは色々あるんだろう。
カウンターでドリンクを用意している細野も独身なんだろうか。子供用のジュースを運んでやり、何か話している。怖そうな顔をしているが、子供たちは懐いているようで楽しそうな笑い声が上がった。
「富和さんは独身ですか? お仕事は転職されるんですか?」
「え、はい。独身で、仕事はwebデザイナーなんで在宅勤務ができるんです」
「webデザイナーですか。よくわからないんですけど、なんかかっこいいですね」
「いえいえ、部屋に籠もってパソコンで作業するばっかりの地味な仕事ですけど」
本当のことだ。デザイナーと言っても、ほとんどが資料を探したりパソコンでそれを加工したりといった地味な作業だ。
最終的には広告としてネットや雑誌やテレビなどのメディアに載っていくけれど、クライアントの意向を聞いて修正を加えて、とその制作過程は派手さのかけらもない。
夕方六時、七月の空は夕暮れの気配が見えるくらいだ。
それほど広くない店には三組の夫婦と店のスタッフ二名がいた。松岡と榎本がその八人と親しげに挨拶している。ひとまず席に座って榎本が三組を紹介した。
「こちらの野田さん夫妻は農業をやりたいってことで、仕事を辞めて来られて、三年目ですかね」
「そうですね。丸二年は経ちました」
灯里の向かいに座った五十前後に見える夫婦が穏やかに微笑んで会釈する。
灯里もぺこりとお辞儀を返す。
「そちらの宮路さん夫妻はパン職人で、ご夫婦でパン屋さんをされてます。とてもおいしくて人気がありますよ」
三十代前半くらいの夫婦が軽く頭を下げた。灯里も返す。
「向かいの佐野さん夫妻はお子さんがアレルギーをお持ちで、その療養のために引っ越してこられて、一年くらいですか」
「ええ、ここの空気がいいのか、あの温泉がいいのか、娘の体調がよくなりました」
まだ二十代だろう、佐野夫妻はにこにこと榎本に返事をする。
窓際のテーブルでこしょこちょしゃべりながら、お絵かきをしている子供が二人いるのに気がついた。幼稚園か小学校低学年くらいだろうか。
「宮路さんのお子さんで海斗(かいと)くんと、佐野さんのお子さんの優奈(ゆな)ちゃんです」
目線に気づいた榎本が教えてくれる。灯里はうなずいて、目線を戻した。
「それから、ここのシェフの秋本さん。お手伝いしてる細野さんは秋本さんのお友達です」
コックコートを着た小柄でやさしそうな笑顔の男が秋本で、でかくていかついエプロン姿が細野らしい。秋本はまだ二十代半ばの若いシェフで、細野はもう少し上だろう。
「細野さんはこの町にある私立高校の栄養士さんとして東京から転職してきたんですよ。開校時からいるから……もう五年目ですか? その後で秋本さんが引っ越してきたんですよね」
「ええ、細野さんのところに遊びに来たら、たまたまこのペンションが売りに出てて。で、カフェをやりたくて二年前に引っ越してきました。喘息もちなので、東京の空気はしんどくて田舎暮らしがしたかったんですよ」
秋本は感じのいい笑顔で灯里に笑いかけ、最後に榎本がみんなに向かって灯里を紹介した。
「で、こちらはきょうの主役の富和さんです。東京でデザイン関係の会社にお勤めで移住を検討されてます。きょうは皆さんの本音のところをお話しして頂けたらと思いますので、ざっくばらんにお願いします」
「富和と申します。きょうはよろしくお願いします」
榎本の紹介に灯里はぺこりとお辞儀をした。
「じゃあ紹介はこれくらいにして、食事にしましょう。みなさん、お腹もすいているでしょうから」
榎本が言うと、細野が次々に料理を運んできた。
「海斗くん、優奈ちゃん、そっちで食べる?」
秋本が子供たちに声をかけると、二人はテーブルの上を片づけた。
「うん、ここで食べる」
「ゆなのぶん、こっちにおいてー」
秋本が持っているトレイの上には、オムライスにハンバーグ、海老フライとサラダにプリンが乗っている。お子様用のメニューに二人がわあと歓声を上げた。そのまま窓際の席に二人で仲良く座って「いただきまーす」と声を揃えた。
ゆうべの持寄りの田舎料理の宴会とは打って変わって、木のぬくもりが感じられるログハウスのカフェにはおいしそうな匂いが漂っている。
ジャガイモとキノコの冷製ポタージュ、たっぶりのサラダ、エビと夏野菜のグラタン、チキンと野菜のソテー、ナスとトマトのパスタなどがテーブルに並んだ。
まずはみんなでビールで乾杯して、それぞれ料理を取り分ける。三組の夫婦はすでに仲がいいらしく和やかな雰囲気だ。
「このグラタンに使ってる野菜は野田さんから頂いたものなんです」
秋本が教えると野田が照れ笑いをした。
ズッキーニやパプリカが入った彩りもきれいなグラタンだ。
「いやまだまだおいしくできなくて、お恥ずかしいんですけど、きょうは交流会だってことで持ってきたんです」
「宮路さんのバゲットやクッペは最高ですよ。うちも仕入れさせてもらってます」
今度はブルスケッタとガーリックトーストにしたバゲットをテーブルに出した。
「このあたりはあんまりこういう洋食の店がないから、このお店があって僕たちは喜んでるんですよ。子供もここが大好きだし」
「けっこう地元の奥さんたちもランチしに来てますよね」
「そうですね。ライバル店が少ないので、けっこう来てくださいますね」
秋本は控えめな笑顔でうなずいた。給仕する奥さんの姿がないってことは、独身なんだろうか。こんなところに一人で来て、店を開くってどうなんだろう。
まあでもこういう店だし、きっと出会いは色々あるんだろう。
カウンターでドリンクを用意している細野も独身なんだろうか。子供用のジュースを運んでやり、何か話している。怖そうな顔をしているが、子供たちは懐いているようで楽しそうな笑い声が上がった。
「富和さんは独身ですか? お仕事は転職されるんですか?」
「え、はい。独身で、仕事はwebデザイナーなんで在宅勤務ができるんです」
「webデザイナーですか。よくわからないんですけど、なんかかっこいいですね」
「いえいえ、部屋に籠もってパソコンで作業するばっかりの地味な仕事ですけど」
本当のことだ。デザイナーと言っても、ほとんどが資料を探したりパソコンでそれを加工したりといった地味な作業だ。
最終的には広告としてネットや雑誌やテレビなどのメディアに載っていくけれど、クライアントの意向を聞いて修正を加えて、とその制作過程は派手さのかけらもない。
11
あなたにおすすめの小説
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
イケメンに育った甥っ子がおれと結婚するとか言ってるんだがどこまでが夢ですか?
藤吉めぐみ
BL
会社員の巽は、二年前から甥の灯希(とき)と一緒に暮らしている。
小さい頃から可愛がっていた灯希とは、毎日同じベッドで眠り、日常的にキスをする仲。巽はずっとそれは家族としての普通の距離だと思っていた。
そんなある日、同期の結婚式に出席し、感動してつい飲みすぎてしまった巽は、気づくと灯希に抱かれていて――
「巽さん、俺が結婚してあげるから、寂しくないよ。俺が全部、巽さんの理想を叶えてあげる」
……って、どこまで夢ですか!?
執着系策士大学生×天然無防備会社員、叔父と甥の家庭内ラブ。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法
あと
BL
「よし!別れよう!」
元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子
昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。
攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。
……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。
pixivでも投稿しています。
攻め:九條隼人
受け:田辺光希
友人:石川優希
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグ整理します。ご了承ください。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
忠犬だったはずの後輩が、独占欲を隠さなくなった
ちとせ
BL
後輩(男前イケメン)×先輩(無自覚美人)
「俺がやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね…」
退職する直前に爪痕を残していった元後輩ワンコは、再会後独占欲を隠さなくて…
商社で働く雨宮 叶斗(あめみや かなと)は冷たい印象を与えてしまうほど整った美貌を持つ。
そんな彼には指導係だった時からずっと付き従ってくる後輩がいた。
その後輩、村瀬 樹(むらせ いつき)はある日突然叶斗に退職することを告げた。
2年後、戻ってきた村瀬は自分の欲望を我慢することをせず…
後半甘々です。
すれ違いもありますが、結局攻めは最初から最後まで受け大好きで、受けは終始振り回されてます。
【完結済】キズモノオメガの幸せの見つけ方~番のいる俺がアイツを愛することなんて許されない~
つきよの
BL
●ハッピーエンド●
「勇利先輩……?」
俺、勇利渉は、真冬に照明と暖房も消されたオフィスで、コートを着たままノートパソコンに向かっていた。
だが、突然背後から名前を呼ばれて後ろを振り向くと、声の主である人物の存在に思わず驚き、心臓が跳ね上がった。
(どうして……)
声が出ないほど驚いたのは、今日はまだ、そこにいるはずのない人物が立っていたからだった。
「東谷……」
俺の目に映し出されたのは、俺が初めて新人研修を担当した後輩、東谷晧だった。
背が高く、ネイビーより少し明るい色の細身スーツ。
落ち着いたブラウンカラーの髪色は、目鼻立ちの整った顔を引き立たせる。
誰もが目を惹くルックスは、最後に会った三年前となんら変わっていなかった。
そう、最後に過ごしたあの夜から、空白の三年間なんてなかったかのように。
番になればラット化を抑えられる
そんな一方的な理由で番にさせられたオメガ
しかし、アルファだと偽って生きていくには
関係を続けることが必要で……
そんな中、心から愛する人と出会うも
自分には噛み痕が……
愛したいのに愛することは許されない
社会人オメガバース
あの日から三年ぶりに会うアイツは…
敬語後輩α × 首元に噛み痕が残るΩ
器量なしのオメガの僕は
いちみやりょう
BL
四宮晴臣 × 石崎千秋
多くの美しいオメガを生み出す石崎家の中で、特に美しい容姿もしておらず、その上、フェロモン異常で発情の兆しもなく、そのフェロモンはアルファを引きつけることのない体質らしい千秋は落ちこぼれだった。もはやベータだと言ったほうが妥当な体だったけれど、血液検査ではオメガだと診断された。
石崎家のオメガと縁談を望む名門のアルファ家系は多い。けれど、その中の誰も当然の事のように千秋を選ぶことはなく、20歳になった今日、ついに家を追い出されてしまった千秋は、寒い中、街を目指して歩いていた。
かつてベータに恋をしていたらしいアルファの四宮に拾われ、その屋敷で働くことになる
※話のつながりは特にありませんが、「俺を好きになってよ!」にてこちらのお話に出てくる泉先生の話を書き始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる