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灯里の決意1
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「かっこいいな。その写真、どうしたの?」
欄間の写真をモチーフに画像を加工していたら、先輩社員の高倉が画面を覗きこんできた。
「先週末、出先で撮ってきたんです」
「ああ、有給取ってたな。どこ行ってたの?」
町の名前を告げると、高倉はどこだっけ?と首を傾げた。
「そんなとこまで有給取って欄間見に行ったのか?」
「いや、そうじゃないんですけど。ちょっと田舎の風景でも見てみようかと思って気分転換に」
まさか移住体験に行ってきましたとは言えないので、そんな言い方をしてみたが、その返事に高倉はちょっと戸惑った顔になる。
「灯里、やっぱ大友さんのことが堪(こた)えてる?」
広いようで狭い業界だから大友と灯里のことは社内では公然のことになっていた。
「堪えてるっていうか……、呆れてるというか。ああそうかよって感じですかねー」
「そんな投げやりにならなくても灯里は見た目キレイでかわいいし、仕事もそこそこだし、またいい奴に出会えるよ」
「そこは仕事もできるしって言うとこなんじゃ?」
「えー、そこまで言ってやれないかなー。ていうか、紹介しようか? 彼氏を欲しがってる友人がいるけど。キレイ系が好みだってさ」
高倉自身はゲイではないが、偏見も無いようで社内でもフラットな態度だった。
「気持ちだけもらっときます」
「そんな気分じゃない?」
「なんか恋愛が面倒になっちゃってるんですけど」
「そういう時期もあるさ。まあとりあえず仕事だな。それ納期明後日だろ?」
そうだ、とりあえず仕事だ。
都心でしか暮らしたことのない自分があんな田舎町で暮らせるとはとても思えない。
灯里は画面上の欄間の写真に向かうとキーボードを叩き始めた。
移住は取りやめと思っていたのに、松岡からはそれからもメールが届いた。
もう少し都心に近いところと口走ったせいか、他の自治体の移住体験の案内までついていた。余計なお世話だと灯里は返信しなかった。
体験から帰ってきて四日後、大友が会社に来た。
ゆうべ着信があったから、なんとなく心づもりができていて動揺はしなかったが、同僚の気遣うような目線がいたたまれなかった。
「お久しぶりですね、大友さん。新婚旅行はいかがでしたか?」
海外挙式したと知っていてその話題に触れないのも不自然だろうと、開き直って先制攻撃すると、大友もごくごく淡々と返事をした。
「蒸し暑かったよ。食事も俺には合わなかったし。嫁は満足したみたいだからいいんじゃねーの」
これ皆さんでどうぞと定番のチョコレートが渡された。
「バリっぽいお菓子とかもあったけど、そういうのはもういいかと思って。やっぱ定番が安心だよね」
そんなことを言いながら怪しい目つきで灯里に流し目を送ってくる。
こいつ、まだ懲りてないのか。
「そうですね。でも定番てどこでも手に入るから飽きるんじゃ?」
「え、逆でしょ。飽きが来ないからこその定番でしょ?」
なに言ってんだか。
バカバカしくなって灯里はチョコを手にその場を離れた。
今の担当者が帰って来たからだ。
もう少し早く帰ってきやがれ。
今の会話で事務所の気温が三度は下がったわ。
給湯室で乱暴にパッケージを開けていると、高倉がすすすっと寄ってきた。
「なんだよ、お前ら」
「なんだよって、何がです?」
「心臓に悪いわ。淡々と会話しやがって」
「他にどうしろって? 泣いて責めればいいんですか?」
「うーん…、そうじゃないけど。もう吹っ切ってんの?」
「ていうか元々あの人、他に何人もいたし、それは知ってるでしょ?」
「でもお前がいちばん長く続いて、大事にされてたみたいだからさあ」
「大事になんかされてないし、もうそういう関係でもないし」
「あれ、別れちゃったの?」
「相手、既婚者ですよ。何言ってんですか」
「でも今までもあれこれあっても、つき合ってたんだろ?」
「そうですけど。ゲイなんてとっかえひっかえの奴も多いし、大友さんはけっこう遊んでる人だったけど結婚したら話は別でしょ。とにかくもう終わった話です」
「そっか。ま、そうだよな。不倫てことになるんだもんな」
「ただの二股ならともかく、結婚した男と不倫なんてごめんですよ」
それでもやはり気持ちが揺れたのか、仕事に集中できず、灯里はさっさと切り上げて会社を出た。納期さえ守ればごちゃごちゃ言われないのが、ここのいいところだ。
会社を出た途端、スマホが震えて、相手を確認した灯里はげんなりする。話をするのも面倒くさいが、ここで無視して何度もかけて来られるのはもっと面倒で電話に出た。
「はい」
「向かいのカフェにいるから来いよ。食事に行こうぜ」
見上げると、ビルの二階のカフェから能天気にもひらひらと手を振る大友が見えた。
欄間の写真をモチーフに画像を加工していたら、先輩社員の高倉が画面を覗きこんできた。
「先週末、出先で撮ってきたんです」
「ああ、有給取ってたな。どこ行ってたの?」
町の名前を告げると、高倉はどこだっけ?と首を傾げた。
「そんなとこまで有給取って欄間見に行ったのか?」
「いや、そうじゃないんですけど。ちょっと田舎の風景でも見てみようかと思って気分転換に」
まさか移住体験に行ってきましたとは言えないので、そんな言い方をしてみたが、その返事に高倉はちょっと戸惑った顔になる。
「灯里、やっぱ大友さんのことが堪(こた)えてる?」
広いようで狭い業界だから大友と灯里のことは社内では公然のことになっていた。
「堪えてるっていうか……、呆れてるというか。ああそうかよって感じですかねー」
「そんな投げやりにならなくても灯里は見た目キレイでかわいいし、仕事もそこそこだし、またいい奴に出会えるよ」
「そこは仕事もできるしって言うとこなんじゃ?」
「えー、そこまで言ってやれないかなー。ていうか、紹介しようか? 彼氏を欲しがってる友人がいるけど。キレイ系が好みだってさ」
高倉自身はゲイではないが、偏見も無いようで社内でもフラットな態度だった。
「気持ちだけもらっときます」
「そんな気分じゃない?」
「なんか恋愛が面倒になっちゃってるんですけど」
「そういう時期もあるさ。まあとりあえず仕事だな。それ納期明後日だろ?」
そうだ、とりあえず仕事だ。
都心でしか暮らしたことのない自分があんな田舎町で暮らせるとはとても思えない。
灯里は画面上の欄間の写真に向かうとキーボードを叩き始めた。
移住は取りやめと思っていたのに、松岡からはそれからもメールが届いた。
もう少し都心に近いところと口走ったせいか、他の自治体の移住体験の案内までついていた。余計なお世話だと灯里は返信しなかった。
体験から帰ってきて四日後、大友が会社に来た。
ゆうべ着信があったから、なんとなく心づもりができていて動揺はしなかったが、同僚の気遣うような目線がいたたまれなかった。
「お久しぶりですね、大友さん。新婚旅行はいかがでしたか?」
海外挙式したと知っていてその話題に触れないのも不自然だろうと、開き直って先制攻撃すると、大友もごくごく淡々と返事をした。
「蒸し暑かったよ。食事も俺には合わなかったし。嫁は満足したみたいだからいいんじゃねーの」
これ皆さんでどうぞと定番のチョコレートが渡された。
「バリっぽいお菓子とかもあったけど、そういうのはもういいかと思って。やっぱ定番が安心だよね」
そんなことを言いながら怪しい目つきで灯里に流し目を送ってくる。
こいつ、まだ懲りてないのか。
「そうですね。でも定番てどこでも手に入るから飽きるんじゃ?」
「え、逆でしょ。飽きが来ないからこその定番でしょ?」
なに言ってんだか。
バカバカしくなって灯里はチョコを手にその場を離れた。
今の担当者が帰って来たからだ。
もう少し早く帰ってきやがれ。
今の会話で事務所の気温が三度は下がったわ。
給湯室で乱暴にパッケージを開けていると、高倉がすすすっと寄ってきた。
「なんだよ、お前ら」
「なんだよって、何がです?」
「心臓に悪いわ。淡々と会話しやがって」
「他にどうしろって? 泣いて責めればいいんですか?」
「うーん…、そうじゃないけど。もう吹っ切ってんの?」
「ていうか元々あの人、他に何人もいたし、それは知ってるでしょ?」
「でもお前がいちばん長く続いて、大事にされてたみたいだからさあ」
「大事になんかされてないし、もうそういう関係でもないし」
「あれ、別れちゃったの?」
「相手、既婚者ですよ。何言ってんですか」
「でも今までもあれこれあっても、つき合ってたんだろ?」
「そうですけど。ゲイなんてとっかえひっかえの奴も多いし、大友さんはけっこう遊んでる人だったけど結婚したら話は別でしょ。とにかくもう終わった話です」
「そっか。ま、そうだよな。不倫てことになるんだもんな」
「ただの二股ならともかく、結婚した男と不倫なんてごめんですよ」
それでもやはり気持ちが揺れたのか、仕事に集中できず、灯里はさっさと切り上げて会社を出た。納期さえ守ればごちゃごちゃ言われないのが、ここのいいところだ。
会社を出た途端、スマホが震えて、相手を確認した灯里はげんなりする。話をするのも面倒くさいが、ここで無視して何度もかけて来られるのはもっと面倒で電話に出た。
「はい」
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